北方山岳部族を追え
「おはよう、修一」
修一が目を覚ますと、眼の前にアメリアの顔があった。地面に横たわって寝ていたはずだが、頭の下に柔らかい感触がある。アメリアの膝枕だと気付いて、慌てて起き上がった。
「お、おはようございます。アメリア様に膝枕してもらってたようで、恐縮です」
昨晩、修一は、ふらふらになりながらも、群れの焦点までたどり着き、着いたと同時に地面に倒れ込んだ、その記憶はある。
「たった二人でスタンピードに挑んだ仲じゃないか。これからは敬語は無し、名前も呼び捨てでいい」
「からかわないで下さいよ。状況はどうです?」
「本気だけど。まあいい。火炎壁の向こうはよく見えないが、殆ど焼き尽くしたようだな。私は久しぶりにレベルアップしたよ。共鳴魔法をかけただけの修一には戦闘経験にならないから残念だったな。そろそろ埋まっているものを取り出してくれ」
「アースレイズ」
修一が地面に手を添えて土魔法を唱える。何度も魔法をかけて、地中深く埋まっている「何か」を少しずつ押し上げていく。
地面に露出したのは球体状の人工物で、アメリアが片腕で抱えられるくらいの大きさだ。拳大の大きな魔石が三つはめ込まれている。
「魔物寄せの魔道具。今の世界でこんな物を作れるのは創造の賢者しかいない。彼でないなら、人工遺物だな」
そう言いながら、魔石を外していく。
「あ、魔石を外したらマナの妙な揺動が止まりましたね。この揺動パターンが魔物を引き寄せるのか」
「うむ。何人かこちらに近づいて来る。状況は落ち着いたようだな。スフィアを解こう」
フレイムスフィアが消失すると、朝の日差しの中、一帯は炭化した魔物で埋め尽くされていた。
「はは、凄い光景だな」
修一は驚きを口にしつつ見回すと、ネイサンやニール達が炭化した魔物をかき分けながらやって来た。
互いの状況を確認してから、今後について、アメリアが予定を話す。
「この魔道具の来歴を知る必要がある。ゴウロック族を追う理由が一つ増えたな」
「アシュレイの旦那が追跡しながら目印を残してます。それによると、北西方向への街道は使わずに山岳地を直接北上してますね。奴らはロックリザードに乗っていました。ロックリザードは馬より遅いが、馬では登れない急峻地帯も進めます」
既に周辺探索を済ませてきたネイサンが説明する。
「追跡に馬が使えないとなると、私と修一で走るしかないな。さらに、もう二人にヘイストをかける余裕があるが、高レベル順でネイサンとニールか」
「あだしはヴァイマック種だから、体力もあるし、この先の山岳地は慣れてる。ヘイストがなくてもついていける」
シズルの言い分に一同は納得し、一人追加する。
「あたしも行きます。自分にヘイストするだけで精一杯だけど」
マノラが名乗りを上げる。
「初級魔法使いのレベルだと体力が保たないよ。ボクのレベルでもかなりキツイと思うし」
「ふうむ。マノラの阻害魔法の発動時間は相当に早かったな。あれは集団戦にはかなり役立つ。やる気があるなら連れて行こう。バテたら修一が背負えばいい」
「はは。俺は充分休めたので背負いましょう」
「うむ、私の膝枕でスヤスヤと寝ていたからな」
「勘弁して下さい……」
「はぁ、修一は大物だな」
ネイサンが呆れながら、からかう。ニールは苦笑い、マノラはジト目、シズルはちらりとニールを見て頬を染めた。
****
山岳地に慣れているシズルは、宣言通りヘイストをまとっている仲間と遜色ない軽快さで、斥候のネイサンと共に先導役を務めている。昼時を過ぎてからはマノラの体力が尽きたので修一が背負っていた。
――追跡二日目(誘拐七日目)
「アシュレイの旦那とゴルバスのおやっさんのことだ、足止め工作をしているのは間違いない。おれ達のペースも早いし、上手く行けば今晩にも合流できるかもな」
日はもうすぐ落ちようとしている。野宿の準備をしながらネイサンが話す。
「合流の方法は?」
まだ体力に余裕のある修一が、ぐったりして声も出せないニールとマノラに回復魔法をかけながら聞く。
「向こうが見つける。修一、光球をあの木より少し高く上げて、三回点滅させてくれ。一旦しばらく消灯して、今度は二回点滅、これを繰り返せ。反応が無ければ今晩の合流は無理だ」
修一が光球を操作するとすぐに、グギョギョギョ、と鳴き声が聞こえてきた。
「合図の笛だ。タートルクロウの鳴き声に似た音がする。追い付いたな!」
しばらくすると、薄暮の中から、アシュレイが現れた。挨拶もそこそこに状況説明をする。
「お嬢と姫は拘束されているが無事だ。足止め工作で二日稼いだ。人質二人、本隊三十三人。移動する時はロックリザードの背中に取り付けた輿に四、五人ずつ分乗して移動している。ロックリザードは八体いる。今はゴルバスが見張っている」
「ゴウロック族の居住域から大分逸れでる。この方向はロディア湖だ。ここから北西に歩いて一日の距離だッペ」
この一帯に詳しいシズルが指摘する。
「そうだな。昨日、道を崩して本隊を足止めしてる中、五人の別隊が先に徒歩で出発した。同じロディア湖の方向だ。別隊にゴウロック族はいなかった。そして残った本隊はゴウロック族だけだ」
「その別隊が怪しいな。ゴウロック族が我が国と敵対してると言っても小競り合い程度。姫をさらったり、魔道具を使った工作まではしない。帝国が裏で糸を引いてるのかもしれない」
アメリアが装備を確認しながら言う。
「ロディア湖から帝国領まで距離はかなりあるけんど、湖から出たトレンツ川は帝国まで流れてる。船があれば行き来はできるっぺ」
「魔道具に関しては別隊に聞いた方が良さそうだな。修一、すまんが人質より、魔道具の件が優先だ。私一人で別隊を追う。上手くいったらロディア湖で会おう」
アメリアはそう言うと、空中に飛び上がる。そして星明りの下、かろうじてシルエットが見える大木の枝から枝へと風魔法を使って、空を駆けて行った。
「早いな。もうマナ探知の範囲外だよ。人質が本隊にいるなら、別隊も湖で待ってるんじゃないかな。慌てなくても」
「いや、そうとも限らんからな。それに、賢者が国外に出るのはマズい。早目に追い付いてケリを付けねばならん」
「ああ、賢者の国内縛りがあったんだっけ」
「修一は賢者の恐ろしさを知らんから呑気だな。まあいい。皆の調子はどうだ? 夜明け前に奇襲したいところだが」
「正直、クタクタだけどね。やるさ。この為に来たんだからね。少し休んで回復魔法かけてもらえば動けるよ」
ニールはぐったりした様子ながらも、力強い眼で答えた。
「あたしは近接戦闘できるほど体力は残ってないけど、阻害魔法はきっちりかけるから」
「ゴウロック族は新しい長になってから、色々問題起こしてる。叩ける時に叩いた方がええな」
「最初に移動手段を潰すのが良いだろうな。ロックリザードが潰れて混乱してるとこをオレ達が飛び込んで乱戦状態に持ち込む。修一がその隙にお嬢達を救出する」
「ああ、やってやるさ」
修一の目に決意が宿った。




