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マラカイ砦の殲滅戦

 一同は馬車に乗って北部マラカイ砦に向かっている。御者席には、マノラとネイサン。マノラが時おり馬にヘイストをかけ、ネイサンが手綱を握っている。


 車内には、啓示の賢者アメリア、修一。そして、コーエン騎士団からは修一達と立ち会った二人の騎士、小隊長レイモンドともう一人がいる。


「君は面白いな、修一。私達も宮廷魔法士になる前は、実力を見せろとよく絡まれたものだけど、あの様なやり方で対処するとはね、フフッ」


「魔法は発動に時間がかかるから、近距離の対決なら、普通は戦士職が初手を取りますよね。どうやって対応したのですか?」


「開始合図の直前からマナ錬成を始めるだけさ。開始直後に射殺だね」


「ええぇ、そんなズルしたら立会人にバレるでしょう?」


「元々、魔法使い相手に近接試合を強要すること自体が茶番だろ。異議があればヴィクターにどうぞ、と言えば黙るしかない。当事者は死んでいるし」


「殺さなくてもよかったのでは?」


「手加減したこともあったけれど、後で政治的に嫌がらせをされたことが何度かあってね」


 そう言ってちらりとレイモンドを見る。小隊長は憮然とした顔で、黙って中空を睨んでいる。



****

 マラカイ砦までは、街道はあるが宿場町ができるほどの人の往来はない。領都から徒歩二日のロズリア村が宿を借りられる最後の中継地だ。一行は、日没には少し間がある時間帯に、この村に着いた。しかし、この先に集落もなく、今夜はここで泊まることになる――といった状況を、小隊長が賢者に説明したのだが、賢者は宿泊を拒否した。


「マラカイ砦は、魔物の氾濫(スタンピード)の渦中にある。一晩の遅れが砦を滅ぼしかねない。しばらくここで休んだら、今晩のうちに砦まで行く」


「馬鹿な。馬が潰れてしまいます」


「そうかもしれない。馬も馬車もコーエン騎士団のもの。行程の最終決定権は君にあるね」


「ご理解いただけて良かったです」


「ではここでお別れだ。私と修一は先に向かう。二人だけなら今晩中に砦に着くだろう」


「まさか? 徒歩なら二日かかる距離です。無理ですよ」


「何を言っている? 修一は、昨夜サラトガから領都まで徒歩四日の道程を走り通して朝には着いていた。聞いてないのか」


「い、いや。冒険者がよくするホラ話かと」


「まあいい。とにかく馬車と君達は置いて二人だけで向かう」


「ま、待って下さい。私の任務は、アメリア様の護衛です」


「護衛と馬、どちらを優先するかは、君の問題だ。しばらく休んでいるので、その間に決断してくれ」


 勿論、小隊長に選択肢はなかった。休憩後、馬車は夕暮れの中、出発する。御者席には修一とアメリアがいる。


 ロズリア村を過ぎると、街道周りの風景は、草木が少なくなり、地肌の見えた荒涼としたものになる。既に日は落ちた夜の帳の中、修一が操作する光球と共に、馬車が速歩トロットの速さで街道を北に進んでいる。


 目的のマラカイ砦は周囲の三つの副砦と連携している。北にロックシェイド砦、西にウエストデイル砦、南にカラドク砦がある。領都方面から来て最初に目にするのは、カラドク砦だ。副砦なので規模は小さく、周囲より少しだけ隆起している土地に土塁を積んで簡素な石壁で囲っている。普段の常駐員は五十人に満たない。


「見えた! カラドク砦」


 御者席の修一が叫ぶ。砦はまだ遠く、星明りの下、小さな黒いシルエットが浮かんでいるだけだが、松明らしき明かりも微かに見える。


「馬に回復魔法が効かなくなっている。ここで止める」


 アメリアはそう言って馬を止めた。そして砦の方向に顔と掌を向け半眼になり、一帯のマナの動きを探る。


「ここから砦まで殆ど魔物はいない。修一と私で先行しよう」


「分かりました」


 修一とアメリアは、ネイサンや騎士達と状況確認をしてから、ヘイストをまとい、砦に向けて駆けていく。


 砦の輪郭が見えるまでの距離に近づくと、アメリアは走りながら、中級風魔法「ラウドボイス」を発動して声を上げる。


「こちらは宮廷魔法士アメリアと中級魔法士の修一だ。南門周辺に魔物はいないが、開門に時間がかかるなら、開けなくてよい。飛び越える」


 二人は土塁を駆け上がった。すると門が開いて、中から銀髪の少年が真っ先に出てきた。


「修一!」


「ニール、シズル、無事か」


「無事だよ。救援に来た冒険者達は皆、ここで足止めされている。この砦から北側は、魔物の大群がひしめいて、とてもマラカイ砦まで行けない」


「修一、ここに来て、マナ探知をしてみろ」


 すでに見張り台に上っていたアメリアから声がかかる。修一は見張り台に上ってマラカイ砦を見る。暗くてよく見えないが、二キロほど先の高台にある砦の周りが、様々な種類の魔物で埋め尽くされていた。


 修一は、細く息を吐きながら精神を集中し、マナ探知を行う。


「マラカイ砦より少し手前の地点……マナの揺動に妙なパターンを感じるな……気持ちがざわつく感じがする。この距離からマナ揺動を感じるのもおかしい。何ですかこれ」


「分からない。だが、スタンピードは五日間も一箇所に留まるものではない。魔物を引き寄せる何かがあそこにある。もしや魔物寄せの魔道具でも埋まっているのかもしれない。そんな魔道具は伝説でしか聞いたことがないがな」


「暗くて、どんな様子か分かりませんね」


「火魔法で照らそうにも射程外だしな。ふむ、上級射撃魔法を実演してやろう」


 アメリアは鞄から明かりの魔道具を取り出して床に置く。三十センチほどのランタンのような形と大きさで、魔石をはめてわずかな共鳴魔法をかけると明かりが灯る。


 彼女はこの魔道具を見つめながら、魔法名を唱え、マナ錬成を始めた。すると、床から魔道具が浮かび上がり上がり、アメリアの頭上で止まった。


「上級射撃魔法アースキャノンは、マナ錬成で生成した弾だけでなく、既存の物体でも砲弾として使える。威力も射程もマナで生成した砲弾の方があるので使い道があまりないがな。今からこれをあそこのマナ揺動地点に射出するぞ。着弾したら壊れるから、目を離すなよ。サン、ニ、イチ」


 アメリアがカウントを終えると、魔道具は夜の帳の中、ほんの一瞬だけ光の軌跡を描いて飛んでいった。


「見えました! あのマナ揺動地点、魔物の密度が高い。やはり魔物を引き寄せる何かがありますね。どうします? ここから範囲魔法を撃ちまくって数を削っていきますか?」


「魔物が引き寄せられる場所が分かっているのなら、やりようはある」

 アメリアは息を大きく吐き、覚悟を決めた表情で微笑んだ。


「上級魔法フレイムスフィアを使う。これは術者を中心に半球状に形成される火炎の防御壁だ。壁に近づく魔物を焼き尽くす攻性の防御魔法だな。ただし発動後は固定され、中の術者が動いても追尾はしない」


「確か、上級防御魔法は一旦発動したら、維持するのに術者の負担は殆ど無いんですよね?」


「そうだ。大気中のマナを取り込んで防壁が維持されるから、術者の集中力もマナ消費も僅かで済む。だからあのスタンピードの焦点にフレイムスフィアがあれば、魔物が次々とスフィアに向かって焼死体になっていくのを見ているだけでいい」


「あそこまでの道を開けるのが厳しいと思いますが?」


「修一の共鳴魔法で私のマナ錬成能力を強化して、スフィアを無理やり動かす。そして中にいる私と修一ごとスタンピードの焦点に向かう」


「うは。凄まじいことを考えつきますね。でもスフィアを動かすのは相当の精神力が必要でしょう。自分自身が歩ける余裕はあるのですか?」


「勿論、そんな余裕はないさ」


 アメリアはニヤリと笑って修一を見た。



****

 カラドク砦の北門が開いて、冒険者の一団が出てくる。


「俺がやる必要あるんですかね。他に力のあるヤツにやってもらった方が、俺も共鳴魔法に集中できるんですが」


「移動中に失敗してスフィアが消失したら、私と修一以外はまず助からないから、二人だけで行くしかないな。フフッ」


「背負うのはダメなんですかねえ」


「ダメだ」


「頑張ってよ修一。ボク達はここから魔物の間引きをして、少しでも援護するから」


 ニールが励ます。


「ハァァ、分かりましたよ」


 ため息をついてから、修一はアメリアに向き、彼女を抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこである。アメリアは左腕を修一の首に回し、右手には杖を持っている。修一はアメリアを抱いたまま数歩進み、見送りに出たニール達は砦に下がる。


「フレイムスフィア」


 アメリアが唱えると、彼女と修一を中心に、半径三メートルほどの半球状となった火炎が現れる。


 火炎の半球は北のマラカイ砦に向かって、魔物を焼き尽くしながら、群れの中を進む。修一が共鳴魔法をかけると、アメリアがスフィアを動かし、また修一が共鳴魔法をかけ直すと、再びアメリアが動かす。これを繰り返して進んでいる。


 スフィア内は暑くは無いが、非常な精神集中をしている為、二人とも額からうっすらと汗が浮かんでいる。


 修一は何度も集中が途切れそうになる。頭の中も体もグラグラしている。


 この世界で初めての上級魔法、昨晩からの疲労、睡眠不足、修一に押し付けられたアメリアの柔らかい身体、アメリアの薄っすらと紅潮した顔、アメリアの荒い息遣い、アメリアの体臭……


 オルトゥス世界に来てから修一の精神力が最も試される時間が過ぎていく。やがてアメリアの存在だけが、修一の精神を占めると、魔法の発動がスッと楽になった。


 半径三メートルの火球が倍に膨れ、発散する熱量も増していく。火球は魔物の群れごと一瞬で焼き尽くしながら、止まることなく、スタンピードの焦点に向かっていった。

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