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魔法使いと剣士

「ハァハァ……」


 戦いを終えて、動悸が治まっていく。気持ちが落ち着き、改めて周囲を見回す。


 屋敷は高台にあり、眼下に村落が見える。距離があるのに家屋の造りがよく見える。


(ゲームキャラだから視力も良いのか?)


 質素な木造家屋の周りで、畑仕事や家事をする人々がいた。トラクター等の工業製品は見当たらない。遅い午後の日差しを感じ、顔を上げて空を見る。


(あぁ、ここ異世界で間違いないわ。ドラゴンだろアレ)


 遠くに見える森林地帯の上を地球ではあり得ない生物が悠々《ゆうゆう》と飛んでいる。大きすぎて距離感がつかめない。大型旅客機というより大型客船。大型客船に尻尾と翼と四肢が付いている、そんな規模感。


 やがて巨竜は森林地帯にある岩山に着地する。口を開けて咆哮する動作が見えたが声は聞こえてこない。しばらくすると振動を感じた。それは修一の身体の内にあるマナの塊を無理やり揺らして、集中力、思考力を乱す。


 ふらふらとした心持ちで見続けていると、岩山にアリの大群が群がり始めた。いや、アリではない。一体一体が人間以上の大きさの魔物である。魔物の群れは巨竜に向かっていく。


 巨竜は足元に群がる魔物に対して、口から何かを放射した。この「ドラゴンブレス」によって、魔物の群れが一瞬に炭化していく。


(あの量のマナを喰っているのか!?)


 朱狼を倒した時に、わずかにマナを取り込んだ感覚があった。それを巨竜はあの規模でやっている。咆哮で魔物を引き寄せて、群がる魔物をブレスで一掃する。そして、掃除機が塵を吸い込むようにマナを取り込む。


「ふはぁ」


 気がついたら、尻もちをついていた。ため息しか出なかった。



****

 遠くに見える大森林の岩山で、巨竜が群がる魔物をブレスで蹂躙じゅうりんしている。呆然と見ていた柊修一だが、黄昏時が迫っていることに気付いて腰を上げた。


 ここがゲームの中なのか、ゲームとよく似た世界なのかは分からない。だが一つだけ確信がある。もう日本の日常には戻れない。修一の深層意識に封じられている「シュウイチ」が、そう感じている。


 もし帰還できるとしても、ゲームでは賢者だけが異世界転移魔法を使えた。そう考えると、こちらの世界で転移の魔法や装置に出会えるのは簡単ではないだろう。


 この世界で生きていくために、まずは自分の強さを確かめるべきだ。数値上の強さならレベル四十七。事前知識無しでゲームを始めたので、最高レベルは知らない。


 だが師匠のヴィクターによれば、この世界には、レベル五十以上の人間は殆どいない。宮廷魔法士だけらしい。この世界でも同じかどうか。


 ゲームでは、レベルが上がると、体内保有マナが増え、魔法の威力が増す。それだけでなく、身体能力全般もレベルに比例して上昇する。ゲームでは、主人公「シュウイチ」は現実離れした速度と威力で戦っていた。


 剣を抜く。武技アーツは使わず、素の身体能力を試したい。朱狼の死骸を左手でつかむ。大型犬並みの重さだ。それを片手で軽々と持ち上げると――


「フンッ」


 真上に放り投げる。落下してくる朱狼に向けて、剣を振るった。


「シッ」


 一呼吸で三度の斬撃を放つ。


――ドサアッ


(よし!)


 狙い通りの三箇所に切れ目が入っていた。


 眼下の村を見た。師匠のヴィクターによれば、この世界の科学技術は発展していないが、魔法があるため、衛生的だし、機械がない割には生産性がそこそこ高いらしい。


 ゲーム内でオルトゥス共通語を教えてもらうシーンがあった。英語やドイツ語に似たような言語で、記憶を探ると確かに覚えている。単語の一つ二つどころではなく、言語丸ごと習得していた。


(魔法だけでなく言語まで脳にインストール済みだったのか……)


 記憶領域まで改変されていることに僅かな恐怖を感じるが、この世界に適応することを優先する。別れ際に師匠から、宮廷魔法士を頼れと言われた。だが、政治的に面倒なことになりそうなので止めておく。この辺境領で、そこそこ無双して生きていければそれでいい。まずはあの村に行こうと決めた。


 屋敷から村へと続く道を下り始めると、木立の中から、気配を感じる。朱狼のマナ錬成の気配。慌てて身体をひねった直後に、火球が背後の木に当たった。


 木々の中に四体の朱狼が見えた。緊張してゴクリと喉を鳴らす。一体相手なら追尾効果のあるストーンバレットで倒せる。だが魔法は連射ができない。残りの三体を剣で倒せるだろうか。鞘から剣を抜いて、魔法を撃つタイミングを探っていると――


「ファイアボール」


 狼の群れとは別方向から、魔法名を唱える女性の声が聞こえた。想定外の人の声に、修一は棒立ちとなるが、狙われたのは狼だった。だが狼達は火球を避けた。


「そこのローブの方、道の真ん中にいてはいけません。木々を盾にするのです。こちらに来なさい。大丈夫。私はB級冒険者、魔物は必ず倒します」


 オルトゥス語で話しかけられた。声の方向には二人の男女がいる。男は三十歳くらい、革鎧姿に長剣を持っている。女は十代後半くらいだろう、ローブ姿に胸の高さの杖を持っている。


 魔法を唱えて修一に声をかけてきたのは少女の方だ。修一は二人に向かって駆けだす。途中でマナ揺動を感じた。狼の口先に火球が発現して二人の男女に飛んでいく。


「フシュ」


 少女をかばって一歩踏み出した男は、気合一閃きあいいっせん、剣で火球を「斬った」。火球は消失。


(おおぅ)


 攻撃魔法を剣で切り裂く、という豪壮華麗な剣技をみて、内心で感嘆している修一に、男は声をかけた。


「よう、兄ちゃんは短剣使いか。そのマナ量なら武技アーツを使えるレベルだよな。お嬢が中級火魔法を撃つから、二人で援護するぞ」


「あ、俺は――」

「ファイアボルト」


 実戦で武技を使ったことはない、と言おうとしたが、少女は既にマナ錬成を始めている。中級魔法は、より錬成時間がかかる。彼女のマナ錬成中に二体の狼からほぼ同時に火球が放たれた。


(俺だってできるはず!)


 男と一緒に彼女をかばう位置に出て、火球に向かって剣を振り下ろす。


(斬った!)

――ボンッ


 だが火球は消失せず修一の胸に着弾した。


「アチッ、ええぇ?」


 武技でなければ魔法は「斬れない」。剣を火球に当てることに頭がいっぱいで、武技の発動を忘れていた。身体は無事だったが、格好がつかない修一だった。


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