勇者の剣
賢者が騎士達に頷くと、一人が近づいて、言葉をかける。
「出発の準備が整いました。明日までには砦に着きたいですね。馬車に乗って下さい」
騎士は賢者に言葉をかけた後、ネイサンに向き直る。
「予定変更だ。調達できた馬車は御者席を含めて六人乗りだ。二人は置いていけ」
「レイモンド小隊長。パーティ『大食い』からは、三人が同行すると話が付いてるはずですがね」
ネイサンが柔らかく抗議する。
「我々は斥候の経験が豊富だ。ネイサン、貴様は多少は知られているが、何の実績もない新参者二人より、こちらの二人を加えるべきだ。まだ従騎士だが十分な訓練はしている」
ネイサンと修一は困惑して顔を見合わせた。マナ感知に優れていれば、実力差は明確だ。賢者、修一が抜きん出たマナ量で、次がネイサン、そして小隊長、騎士、マノラの順だ。残り二人の従騎士は明らかに格下だった。
「ネイサン、なんなら貴様も来なくて良いぞ」
修一は苛立つ。斥候が得意だと言うのにマナ感知能力が劣っているのか、それとも、実力を分かっている上で騎士のプライドから冒険者を排除するつもりなのか。どちらにせよ、今回の任務には相応しくない。
「俺の魔法を披露するので、実力を判定してもらえませんかね」
「平静時なら魔法を使える一般人は幾らでもいるからな。たとえそこの岩を穿っても戦闘評価にならん」
人間大の大岩を指しながら、レイモンド小隊長が修一の代替案を拒否する。
「小隊長、君自ら試せばよい。時間がないから、二対二で。大抵の怪我なら私が治す」
面倒そうな態度で賢者が試合を提案する。
「アメリア様には失礼ですが、コーエン辺境騎士団の権限で判断しています。新参冒険者と試合する必要は認めません」
「修一の方が君より強いと私は言っているのだがね。まあ、君が怖いなら仕方ないな」
「そこまで愚弄されては引けませんな」
レイモンドの瞳に殺気がこもる。
「あたし、騎士一人だけなら大丈夫」
マノラは修一に言う。その様子は落ち着いている。修一はネイサンを見る。
「問題ねえぜ。マノラとは組んだことがある。阻害魔法の発動速度と命中精度は、初見じゃまず避けられねえよ」
ネイサンが騎士に聞こえないよう小声でマノラの戦力を保証する。
「そうか。なら俺も試してみるかな」
修一は少し意地の悪い笑みを浮かべる。
「分かりました。俺達は魔法と武器、両方使って全力でやりますよ」
修一がレイモンドに声をかける。
「全力で構わん。私とこいつが相手をする。とどめだけは刺さんから安心しろ」
レイモンドは一人の騎士を手招きする。
(こっちの台詞だ。命は奪わんが、そのプライドはへし折る)
修一は小さく呟いて、マノラと共に戦闘体勢を整える。抜剣はしない。
「どうぞ」
修一が声をかける。
二人の騎士は抜剣し、魔法を警戒して小盾を掲げながら、駆けてくる。
修一はマノラと騎士、どちらからも離れる方向に駆けた。騎士が二人ともこちらに来るならそれでいい、二人ともマノラに行くなら、ストーンバレットで一人は狙撃する。
騎士は二手に分かれた。レイモンドは修一に、もう一人はマノラへと向かう。マノラは十分に引き付けて魔法を唱えた。
「スロウ」
マノラまであと一歩。剣の間合いに入った騎士が剣を振りかぶる。だが、その瞬間、騎士にスロウがかかった。マノラは、スロウのかかった剣を余裕を持って躱しながら、戦棍で騎士の膝を打つ。
――ガシャアァ
脚甲がひしゃげた。打撃は膝まで達したらしく、騎士は蹲って苦悶の声をあげている。戦闘不能一人目。
修一はマノラの戦果を見ながら、まだ駆けている。高レベルで身体能力に勝る修一に、レイモンドが追い付けるはずもない。とは言え、騎士が魔法使いに追い付けない、という構図は完全に小隊長の面目を潰している。
しばらく翻弄して、レイモンドの息が上がっているのを確認して、ようやく修一が止まる。面目を潰された彼は真っ赤になって、全力で真っ直ぐ修一に向かって来た。
(ヘイスト)
修一は小声で運足を速める強化魔法を小隊長にかける。
「ぐはぁ」
レイモンドは風魔法をかけられて急に加速し、脚がもつれて盛大に転んだ。マナ感知が不得意な者には、修一が魔法をかけたのではなく、勝手に転んだ様に映るだろう。
彼が起き上がろうとした時には、既に修一が足元にいる。修一は両腕で、仰向けになっているレイモンドの両足を抱える。そのまま持ち上げて――
「うおりゃああ」
いわゆる「ジャイアントスイング」。修一は咆えながら、レイモンドの両足を抱えたまま、その場で三回転して遠心力を付け、彼の身体を放り投げる。レイモンドは、騎士の膝の治療をしている賢者の脇まで飛んでいった。
ドガッ、と地面に叩きつけられた衝撃音が響く。レイモンドは意識はあるようだが、呻いたまま、動かない。戦闘不能二人目、勝負は決した。一同は修一の膂力に唖然として声が出ない。
「何なんだ、その戦い方は? 魔法使いでも、剣士でもねえだろうが」
ネイサンが我に返って、呆れた声を出す。
「魔法も武技も関係ない。体力が尽きて転んだ者を、力任せに放り投げただけだっ」
修一が傲然と声を張り上げた。
修一は、レイモンドが転んだ際に落とした剣を拾って大岩まで行く。人の背丈ほどの大きさがあるが風化が進んでいる。表面を軽く叩いて硬さを確かめる。
「なかなか良い剣だ。小隊長、大岩を穿つ程度なら誰でもできると言ったな? これならどうだ」
(スタブ)
刺突の武技スキルで剣を大岩に刺した。
「うん。刃が折れずに岩の奥まで挿し込めたな」
修一が満足そうに頷く。
「何してるの?」
マノラが不思議そうに聞く。
「勇者の剣! これを引き抜いた者は勇者となり、伝説の秘宝を手にするだろう」
この世界にも、アーサー王伝説と似たような神話『勇者の剣』がある。そのことをニールから聞いていた修一は、その一節を朗じたのだった。
「おおー、やるやる」
だがマノラの力でも取れない。
「ど、どけっ」
賢者に治療魔法をかけてもらった小隊長は、ふらつきながらも歩いて大岩まで来て、マノラを退かす。
「家宝の剣がっ、くっ、むっ」
レイモンドが剣を抜こうと力を込めるが、ビクともしない。怪力のマノラでも抜けないのに、小隊長では抜ける訳がない。
「レイモンド」
修一は呼び捨てにする。
「プリシラがさらわれて五日も経っている。厳しい追跡になるだろう。だから――」
そう言いながら、大岩に刺さった剣に近付き、レイモンドを下がらせる。
(スマッシュ)
武技スキルを用いた修一の蹴りで大岩が砕け散った。瓦礫の中から剣を拾って、呆然としているレイモンドに渡す。
「足手まといは要らない」
修一は冷たくレイモンドに言い放った。