領都へ
――ダモン達と決着した翌夜
修一は夕食後、部屋で装備の確認をしていたところに来客があった。ギルドマスター本人である。
「アシュレイさんから、修一さんに緊急指名依頼が来ています」
「ルカスさん、ギルマス本人がわざわざ俺の宿まで来るようなことなんですか?」
「はい。依頼内容は、『至急、領都で大食いメンバーと合流せよ。プリシラの件』です。辺境伯令嬢が絡んでいることから、重要性と緊急性が高いと判断しました」
「はあぁ? 大食い大会でもやるんですかね?」
「おや、『大食い』とはアシュレイさんのパーティ名ですよ、聞いてませんでしたか」
「なんだそりゃ! 聞いてないですが、後回しにしましょう。昨日中にはニール達は領都に着いてるでしょうが、何か関係あるんですかね」
「もし同じ案件なら、急ぎで腕の立つ冒険者を集めているのでしょうね」
「貴族家のことなら、コーエン領騎士団が担当しないのですか?」
「コーエン辺境領内で収まる案件ではない、ということです。キナ臭いですね。覚悟しておいて下さい」
「覚悟します。では今から出ますよ。荷物整理なんて鞄に入れるだけですしね。保存食も有りますし」
「私の方で馬の手配をしましょうか」
「普通の馬にヘイストをかけると、かえって走れなくなると聞いたのですが」
「そうですね。ヘイストに適性のある馬は希少です。この街では手配できません」
「じゃあやっぱり自分の脚で走るか。歩いて四日、馬を乗り継いで二日でしょ。俺なら朝には着くかな」
「馬より速いんですか! 修一さん、とんでもないですね」
「全速力の馬よりは速くないですよ、多分。でも俺は休憩しないから」
「はは、アシュレイさんからお呼びがかかる訳ですね。頼もしい。明かりの魔法を点灯していれば、街道は迷うことはないと思います」
「それは良かった。では行って来ます」
「修一さん、私がここに来たもう一つの理由があります。ギルドマスターの仕事を肩代わりして頂いた謝罪とお礼です」
「いや、俺は何も」
「はい。これ以上詳細を述べるのは控えましょう。私は修一さんに大きな借りを作りました。いつかお返しします。ではお気を付けて」
****
既に日は落ちて大分経っていたが、星明かりもある晴天で、光球を進行方向に浮かせると、足元に不自由はない。ヘイストをかけ直しながら、軽快に街道を駆けて行く。
一切の休憩を取らず、三つの宿場町を経由し、ついに修一は、まだ夜明け前、夜の帳の中で黒黒とした領都の外壁を見た。開門待ちの旅人が何人か野宿をしている。
「はあー、さすがに疲れた」
修一は独りごちて、中級水魔法の「体力回復魔法」をかける。道中何度もかけているので、効果は逓減しているが、それでも疲労感は大分抜けた。
中級風魔法「エアシールド」を発動して横になった。この魔法は自分の周囲に空気膜を形成する。断熱効果があり雨風程度は避けられる。マナ消費は僅かなので長時間の発動が可能。野営には便利な魔法だ。
****
開門まで横になって休んだ修一は、短いが睡眠も取れたので、心身の体調は悪くない。入街手続きを済まして、大通り沿いにあると言われた冒険者ギルドに向って歩いている。
「よお、そこの魔法使いの兄さん、ちょっとツラ貸してくれないかな」
背の高い革鎧の男が声を掛けてきた。冒険者にしては痩せ気味だが、物腰に隙がない。
「マントに革鎧の俺の格好を見て、魔法使いと判断するのは無理があるんじゃないかな。俺の情報を持ってれば別だけどね」
「黒髪黒目で、マナ保有量がAランク冒険者並みの魔法剣士と聞いてるな。アシュレイの旦那と同じパーティのネイサンだ。Bランク。よろしく頼むぜ。ほら、依頼料」
言いながら、親指で銀貨を弾いて修一に投げ渡す。
「Dランクの修一だ。そういえば腹減ったな。依頼料で朝飯食うか」
修一は苦笑いしながら受け取る。
「そこの屋台で朝飯買うといい。銀貨一枚は冗談さ。正式な依頼料はギルドで受け取ってくれ。結構な額だぜ。足りない装備品を買っておけってさ」
二人は屋台の串焼きを買い、食べながら歩く。
「足りない装備って言われてもなあ。俺、冒険者始めたばかりで宿と迷宮の往復の毎日だったし」
「修一は、土魔法の射撃が得意なんだろ。魔法じゃないけど、投擲の方はどうなんだ?」
「おおー。それ試してない。投げナイフ買うか!」
「そんな簡単じゃないが、牽制にはいいかもな。普通の装備品はギルドの近くで揃うから後で寄ろう」
ギルドに着いた二人は、そのまま受付カウンターに行く。
「アシュレイの指名依頼完了だ。修一が到着したぜ」
「まさかもう? 昨日の午後に代理であなたが依頼書を作成して、ギルド間通信で送ったばかりじゃないですか」
「全く信じられねえよな。アシュレイの旦那から、依頼書出したら翌日の開門時には修一が着いてるから、朝一番でギルドで合流しろと言われてよ。半信半疑だったが、宿からここに来る途中で、大通りを修一が歩いているとこを見つけたんだよ」
「俺からすれば、俺の行動を読み切ってるアシュレイがすごいけどな」
「旦那の戦闘力評価は定評があるからな」
****
依頼完了手続きを終えてから、二人はギルドの個室にいる。
「修一、ここからは内密の話だ」
「結論から言ってくれ。覚悟はしてる」
「分かった。マラカイ砦の北部、国境を超えてすぐの山中で魔物の大氾濫が発生した。その混乱の中、砦付近で、お嬢と第四王女が北方山岳民のゴウロック部族にさらわれた。五日前だ。国外だが、おれ達が救出に行く」
「そうか。生きていれば俺が絶対に助ける。プリシラからマラカイ砦に視察に行くという連絡はきていた。アシュレイ達も同行したんだよな」
「そうだ。正確には視察するのは第四王女でお嬢は付き添いだ。砦は辺境領にあるが、砦そのものは王国軍直轄なんだ。騎士団が護衛をして、俺達は案内役だった」
「マラカイ砦は領都から北に向かって歩いて四日だったか。アシュレイは?」
「アシュレイの旦那と、もう一人が奴らを追跡してる」
「もしかしてニールのパーティも同じ依頼?」
「そうだ。マラカイ砦の守備隊だけじゃ魔物の大氾濫の対応だけでもギリギリだ。だから、砦から辺境伯に救援要請がいって、辺境伯が領都ギルドマスターに依頼。そしてギルマスが腕利きを招集した。皆んな砦に向かってるよ。修一は無名だから招集から漏れた訳だ。それを見越して旦那がおれを派遣した」
「俺が無名なせいで、ネイサンはしなくていい苦労をしたな。時間を二日無駄にしたか」
「そうでもねえ。『大食い』の新規メンバーと合流することになってたんだ」
「四人目ってこと?」
「ああ。今旦那と一緒に追跡してるパーティメンバーの娘さ。成人して十五歳になったんだ。ドワーフでな、親子で大食いだから食料調達に頭が痛いぜ」
「ハァ、それがパーティ名の由来か。それで、これからの予定は?」
「ああ、今からその娘と合流して、昼にお偉いさんと待ち合わせて出発だ。砦までの案内役をする」
「時間が勿体ないな」
「大丈夫だ。ヘイスト適性のある馬車に同乗させてもらえる。砦辺りでニール達に追い付くさ」
二人が話していると、扉が開いて、十歳位の童女が、袋を両手で抱えて入ってきた。その袋からサンドイッチや串焼きを出して並べる。
「朝食の出前頼んだの?」
とネイサンに聞くうちに、童女は自分でバクバク食べ始めた。
「よお、マノラ。お前さん挨拶くらいしてから食べろよ」
「お、おわかかわわって」
食べながら話しているので何言ってるか分からない。パーティ「大食い」、四人目のメンバーだった。