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射撃魔法と古武術でまかり通る異世界英雄譚  作者: 丸山きゅうたろう
第二章 迷宮街の新人冒険者
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迷宮のデスペラード

 ニールを宿の前で見送る。宿に入ろうとすると、路地の暗がりから出て来たノビアに声をかけられた。


「こんばんは修一さん」


「あれ、いたんだ? 遠慮せずにニールに声をかければよかったのに」


「いいえ。修一さんに緊急指名依頼があります。修一さんのお部屋でお話しさせて下さい」


 近づくノビアを改めて見ると、青白い顔色で、表情が全く無い。ノビアの態度を不審に思いつつ、部屋に案内する。


「これはギルドを介さない私と修一さんの個人契約です。報酬は前払い。依頼内容はダモン達三人の殺害」


 その言葉には、何の感情も込められていない。


「ノビア、俺に人殺しをさせるのか」


「修一さんがギルドでダモンを投げた後、脅しではなく、蹴り殺すつもりでしたよね。私からは見えたのです。ダモンが首を振ってギリギリで避けたのを」


「殺すつもりはなかった。身体が勝手に動いたんだ」


「そうですか。些細なことです。修一さんがダモンを殺せるなら何でもよいです」


「……ニールが心配していた。別れ際にノビアの様子を見てくれと頼まれたよ。ノビアだってニールのことを信頼しているんだろ? 何故、彼に相談しなかった?」


「あの人の心を、私のことでけがしたくない」


 涙が一筋、流れ落ちた。ノビアが初めて感情を見せた。


「ニールのことを見くびるなよ。アイツの懐は深い。何もかも話して飛び込めばいい」


 ノビアの眼から涙が溢れてきた。ノビアは静かに泣き始めた。


「詳細は聞かないが、君自身が被害者なんだな?」


 ノビアが頷く。


「すまんが依頼は断る。だけど次にダモンが絡んできたら殺す。この覚悟はさっきニールにも伝えてある」


「そうですか。分りました」


 ノビアの涙は止まったが、うつ向いて、暗い声を出す。


「ニールの明るさは伝染する。今回の件は話さなくてもいいから、一緒にいる時間を作るといい」


「いいえ。ニールさんが帰って来るまでに、私はギルドを辞めて、街を出ます。ニールさんの負担になりたくない。それだけが私に残った最後の矜持きょうじ


「ノビア、もしダモンのことを忘れることができるなら忘れたいか? 俺は精神魔法で催眠暗示をかけることができる」


「そんなことができるのですか?」


「本人の意思に反する暗示はかけられない。ノビア自身が望むなら暗示はかかると思う」



****

 翌日。迷宮上層に幾つかあるゴブリン部屋の一つ。修一は、ゴブリン達をほふった後、魔石を回収する作業をしている。


「ゴブリン部屋」


 今朝、ダモンとすれ違う際、この一言だけささやいた。来ないならそれでいい。来てもルカスの勧告に従うならそれでいい。


 先ほどから人間のものと思われるマナの揺動を感じている。おそらく三人。この部屋に向かっている。初心者冒険者でさえ寄り付かないこの部屋に、わざわざ来るのは彼らだけだろう。


 修一は短剣を鞘に納めてから、部屋の奥に向かい入口からの距離を稼ぐ。ざわつく気持ちを鎮めようと蹲踞そんきょの姿勢をとり、フードを深めに被る。


 修一は居合術はできない。であるならば、揉め事に備えて抜剣しておくべきだろう。にも関わらず、今、修一は無手であることを強く欲した。短剣を手にすれば、気持ちの重心が僅かに偏る。そんな気がするのだ。


 頭上後方にライト魔法で光球を浮かす。マナの供給を増やして通常より光量を強める。予期される闘争に備えて、逆光状態を作ってせめて地の利を得ておく。


 やがて予想通りダモン達の姿を入口に見ると、修一は大きく息を吐いて立ち上がる。迷宮を歩いて来たダモン達は既に剣を抜いている。


「チッ、なんだァ? 眩しいな」


 ダモン達は逆光に目を細める。


「ヨォ、ノビアから何か聞いてンのか」


「朝一番にギルマスと話した。ギルマスからの勧告だ。街から出て行けとさ」


「勧告なら従う必要はねぇな。新参のよそ者がギルマスの使いっ走りか?」


「勧告に従うよう説得すると請け負ったよ」


「ハッ、断わったら俺達をどうしようってんだ?」


「逆に俺が聞きたいな。三対一、目撃者は誰もいない状況。新参のよそ者が、ギルマスの威を借りて偉そうに出ていけと言っている。お前らは、どうするんだ?」


「威勢がいいじゃねえか。ここは迷宮だぜ、誰も助けちゃくれねえぞ」


 言いながらダモン達が修一に向かおうとする。


「止まれ。剣を抜いたまま近づけば攻撃とみなす」


 修一は最初で最後の警告をする。


「ああん? 今さら衛兵気取りか? くだらねえ」


 とダモンは構わず一歩踏み出す。


(フォーカス)


 小さく呟くとマナが錬成され始める。極限の集中状態「ゾーン」に入る魔法だ。だが中級魔法なので発動まで時間がかかる。


 修一のマナ錬成を微かに感知したダモン達は、どんな魔法かは分からないが、突進し、修一との間合いを潰しにくる。


 魔法が発動される前に潰す、間に合わず一人が魔法をくらっても、残り二人がとどめを刺せばいい。ダモン達は魔法使い相手の戦いも経験していた。


――臆して足を止めたヤツから死ぬ

 ならず者達の本能がそう囁く。


 初手。ダモンによる袈裟斬り。修一は無手のまま、避けずに体当たりをかます。剣の根本が修一の肩に当たるが、浅い衝撃のみ。物理耐性に優れたローブに切れ目はない。そしてダモンが体勢を崩す隙に修一は抜剣した。


 二手。グスタフの槍による刺突。身をよじりつつ短剣で受け流す。槍は修一の脇腹をかすっていく。


 槍を受け流した直後にゾーンに入った修一は、三人目が位置取りを直して剣を振りかぶった時には、逆袈裟に斬り上げていた。


 加速する時間感覚の中、修一は次に、槍を受け流されて体が泳いでいるグスタフの腰を押してダモン側に体勢を崩してやる。そしてグスタフに気を取られたダモンの脇腹に短剣を突いた。


 最後にグスタフに向かい、剣を振るう。その斬撃は頚椎まで達した。


 修一は入口まで駆けていき、ライトの魔法を消しフードを外して、「フォーカス」を解いた。


 ダモンはうずくまって唸っている。後の二人は地面に倒れたまま動かない。


「テメエ……ハァハァ……覚えてろよ」


「いや、お前らを生きて帰すつもりはない」


「勝負はついただろ。動けねえ相手に攻撃しようってのかよ」


「このまま街を出て、二度と俺にその臭いツラを見せないと誓うなら助けてもいい」


 ダモンは荒い息遣いをしながら、しばらく修一を睨んでいた。そして彼なりの決意を込めて返答をした。


「誰がテメエの指図に従うかよ、次は絶対殺してやる」


「そうか」


 修一は納剣する。


「ファイアストーム」


 中級火魔法。炎嵐がダモン達三人を呑み込んだ。



 迷宮で死ねば、遺体も遺品も残らない。この部屋も半日もすれば一切の痕跡が消える。迷宮が異物をゆっくりと飲み込むからだ。そして、明日になればゴブリン達だけが部屋に満ちる。


 修一はこの世界に来て初めて、レベルアップを体験した。



****

「買取りお願いします。ゴブリン魔石ばかりだけどね」


 修一は小袋から魔石をカウンターに出した。


「はい、承ります。実は心配していました。迷宮上層に居たんですよね? ダモン達が中層でなく、上層奥に向かったのを冒険者達が目撃しています。絡まれなかったですか?」


「いや。見なかったな」


「そうですか。でも彼らには気を付けて下さいね。ここだけの話なのですが、私の友達の女の子が、ダモン達に乱暴されたそうです。本人は公にしたくないからと泣き寝入り。結局、仕事を辞めて街を出て行きました」


 ノビアが声をひそめて言う。だが、ダモンに乱暴されたノビアの友達は存在しない。実際はノビアの身に起きたことだ。修一がノビアの同意を得て、友達が乱暴されたと記憶を書き換えた。


「友達は気の毒だったな。ノビアもだいぶやつれてるぞ。ニールが帰ってきたら色々、相談したらいい。アイツは身体は小さいけど懐が深いからな。甘えちゃえ」


「ウフフ、ありがとうございます修一さん。本当にそうしようかな」

 ノビアから笑顔が見えた。



 偽の記憶を持つ人間が幸せを感じる時、その幸せは偽物なのだろうか、それとも本物なのだろうか。

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