冒険者ギルド
――迷宮街サラトガ
オルスク大森林に接するサラトガ丘陵に、迷宮が発見されたのは六年前だ。その後、永続的な資源採取を見込んで、管理迷宮に指定された。そしてこの迷宮に潜る冒険者に利便を供する店が、丘陵の麓にボチボチと増える。やがてわずか六年で、コーエン領では二番目の規模の街となった。流れ者の冒険者が多く、出自の怪しい修一が最初の拠点とするにはちょうど良かった。
修一は、ちょうど昼時にサラトガに着いた。休憩もせずに歩き通したが、レベル四十七の身体能力のおかげで余裕がある。
街の周囲は防柵で囲ってあり門もある。門番は居たが、魔物への警戒の為で、人間相手に審査はしない。軽く挨拶をしてギルドと雑貨店の場所を聞いてから、街に入った。
雑貨店で購入した背嚢とマントを着用する。これで見た目は、よくある戦士職の冒険者だ。
通行人を見渡すと、黒髪黒目は珍しいが、全くいないわけでもなかった。体格については、日本では平均身長だった修一だが、こちらの世界の平均身長からするとやや低い。
途中買い食い等をしながら、一通り街を歩いて土地勘を養う。いくつか武具店を覗いたり、こちらの世界の日用品を試しに買ってみるうちに、午後も遅い時間になった。夕方になるとギルドが混雑すると聞いていたので、冒険者ギルドに向かう。
ギルドは木造三階建てで、一階に、受付カウンター、掲示板、打合せ用のテーブルが幾つかある。今の時間、三人の職員が受付に居る。男性一人に女性二人。修一は、金髪碧眼で若くて可愛くて胸の大きな受付嬢のいる列に並ぶ。
(プリシラから勧められたので、しょうがなく彼女の列に並んでいるのだ)
と修一は自分に言い訳をしながら並んでいる。
この受付嬢の名前はノビア。平民だがプリシラの遠縁で、同性で年齢も近いこともあり、プリシラと親しい。どんな見た目なのか聞いたらアシュレイが、職員の中で一番若くて可愛くて胸がデカイからすぐ分かる、とこっそり教えてくれた。
修一は次の順番だが、さっきから前の男がノビアを口説いている。ノビアはやんわりと断り続けている。
「ダモンさん、並んでいる方もいますので、これ以上はご遠慮下さい」
そう言ってノビアは修一に視線を向ける。
「ああん?」
ダモンと呼ばれた男が修一へと振り向く。
「ちっ、他の受付が空いてるだろうが」
ダモンは修一を睨む。
修一はダモンに視線を向けて軽く頷き、すぐノビアに向き直る。
「ノビアさんですよね? お二人がよろしくと言ってました」
ダモン越しに、懐から出した二通の推薦状を渡す。
「あ、はいノビアです。あ、プリシラ様とアシュレイ様ですね……しばらくお待ち下さい」
席を外して、奥へ向かう。
「待てよノビア……チッ」
ダモンは奥へ向かうノビアに声をかけるが、ノビアは小走りで行ってしまう。
「テメエ、割り込んでんじゃ――」
今度は修一の方に振り返りながら文句を言う。しかし修一は既に受付カウンターに背を向けて掲示板に向かって歩き出していた。気勢をそがれたダモンはブツブツと独り言を言いながら、仲間が待っているテーブル席に向かった。
修一が掲示板にある依頼や各種告知を読んで過ごしているとノビアから声がかかった。
「お待たせしました。こちらがギルドカードになります」
金属製で名刺大のプレートを渡してくる。発行日、ギルド名、名前、性別、年齢、冒険者ランクが記されていた。年齢はプリシラと相談の上、二十歳と申告することにして、カードにも二十歳と記されている。
「ギルドマスターと私が推薦状を拝見しました。カードは推薦状の内容に沿って作りましたが、それでよろしかったでしょうか? 魔法職を示す刻印は入れませんでしたが」
「ありがとうございます、これで結構です。冒険者ランクはDなんですね。初登録時はEランクからと聞いていましたが」
「人物保証があってゴブリン程度を倒せるならDランクからになります」
「管理迷宮に入る資格はDランクからですよね」
「そうです。そして、依頼受注はランク制限があるものが多いですね。Cランクまでは、トラブルもなく依頼をこなして実績を積み上げていけばなれます。上級冒険者と呼ばれるBランク以上は個人としての強さや特質を証明しなければなりません」
「へえ、強さの証明ですか」
ギルド試験とか武道大会があるのかな、と小さく呟く。
「いえ、ぶっちゃけ、Cランクまでの実績があって、実戦で武技か魔法を使えればBランクになれますよ。緊迫状況でマナ錬成できる人は少ないですから。図太い人間ならできる訳でもないので、才能なんでしょうね」
ノビアが苦笑いして答える。
「Bランクの冒険者はあまりいない?」
「レベル上げとお金を貯める為に、Bランクになってもしばらくは続けますが、いずれは魔法使いなら職人や治療士、武技使いなら商会の専属護衛等に転職しますね。Bランク冒険者のいるパーティは今は三つほどです。そろそろ迷宮から戻ってくると思います」
「まあ冒険者は、危険で生活も安定しない仕事ですからねえ」
「修一様は、Cランクになった時点で、Bランクに内定です。推薦人からの戦闘評価は最低でもBランクとありましたから。迷宮下層ボスを倒すなんて、修一様は凄腕なんですね」
ノビアは少し声を潜めて修一を賞賛する。
「いやあ、何の実績もないのに、様付けはよして下さいよ。冒険者ギルド自体、初めての登録で、自分に何ができるか分かりません」
「では修一さんとお呼びしますね。東方からいらしたそうですが、あちらにはギルドの仕組みは、ありませんでしたか。ちなみに他国や他領の冒険者ギルドとは、ある程度の連携もしていますが、組織は領ごとに独立しています。つまり他領ではここでのランクは通用しませんのでご注意下さい」
「ええー、そうなんですか」
「冒険者ランクって、登録した領地にあるギルドへの貢献度なので、他領で貢献されても意味はないのです。評価の参考にはするので、一度目より早くランクは上がると思いますが」
「ハァ、諸国漫遊して冒険者ギルドを渡り歩くなんて簡単にはできませんねぇ」
「フフ、なんでそんなことをしたいのですか、変なの」
小さくクスクス笑う。
「えーと、食べ歩きするため?」
「もう、フフ、冗談よして下さい。冒険者が所属するとしたら、せいぜい二つくらいです。このギルドは歴史が浅いので流れ者の冒険者ばかりですが、他のギルドなら信用を得るのは時間がかかりますよ」
修一の非常識な問いかけに、硬かった受付嬢の態度が柔らかくなっていく。修一は他にも幾つか基本的なことから教えてもらった。最後に礼を言った頃には二人は大分打ち解けていた。
「じゃあまた明日」と挨拶して、出口に向かうところで先の男に声をかけられた。
「よお、割り込み野郎が、ずいぶんと長くノビアとしゃべってやがったな」
テーブル席に三人組で座っている一人、ダモンが絡んでくる。
「流れ者だから、彼女には色々教えてもらっていたんだ」
「へっそうかよ。推薦状まで持ってきやがって、テメエは何モンだよ?」
「言った通りの流れ者なんだけどな」
修一は煽る気はないが、プリシラ達との関係を公言する気もないので、素っ気のない返事を返す。
「テメエ、俺ごときに話すことなんかねえってか……」
ダモンは立ち上がって、修一に近づく。
「過去のことは詮索されたくない」
修一はマントの下で、左手で短剣を半分ほど鞘から引き抜いた。マント内の動きを察したダモンは歩を止める。
「……チッ、顔は覚えたからな」
ダモンは修一をしばらく睨んでから、捨て台詞を残して踵を返した。その直後――
ギルドのドアが開き冒険者の一団が入って来た。そして空気の流れが生じる。修一はダモンの風下となり、ダモンの汗ですえた臭いが鼻についた。
「クサイな」
思わず修一が呟く。その声は小さく誰にも聞こえなかった、ダモン以外には。ダモンはカッとなって振り向き、その勢いのまま修一に殴りかかる。
(パリィ)
修一は無手の右手で、受け流しの武技を放つ。マナを纏った武技は強烈だ。互いの腕同士の接触は一瞬だったが、ダモンは背負い投げをされたようにその場で半回転して仰向けに倒れる。
「ガハァ」
間髪をおかず修一は、背中を打って息を洩らすダモンの頭に向けて、踵を蹴り下ろす。
――グシャァ
(頭を踏み潰した!?)
その場の皆が思ったが、修一が蹴り抜いたのは床だった。ダモンの頭のすぐ側の床に穴が空いている。ダモンを含めてその場にいる全員が息を呑んだ。床は木造とはいえ、相当に頑丈な造りであり、簡単に蹴り抜けるものではない。
テーブル席に座っていたダモンの仲間二人が立ち上がった。剣に手をかけている。修一は、マントの下では既に短剣を抜いている。
「そこまで! ここで剣を抜いたら取り返しがつかないよ」
制止したのは十二歳くらいの銀髪の美少年だった。