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プロローグ

「うわっ」


 ひいらぎ修一は鏡に映った自分の姿を見て叫び声を上げた。


 鏡には二十歳くらいの精悍せいかんな顔つきの若者がいる。ローブ姿で、腰のベルトにはポーチと剣の納まった鞘。


 その顔は若かりし頃の自分の顔だった。だが自分は二十八歳。日々のサラリーマン生活でくたびれた顔をしているはずだ。


 今までゲームをしていたはずなのに、気がついたら椅子に座って目前の鏡を見ている。周りを見渡すと見覚えのない古びた部屋だった。かつては上品な部屋だったようだが、今は、壁や天井が所々壊れ、外から日が差し込んでいる。木造邸宅の廃墟だった。


(ここはどこだ? こいつは俺なのか?)


 立ち上がると、鏡の中の若者も立ち上がる。右掌みぎてのひらを鏡に押し付けると、若者も左掌を鏡に押し付けた。


「フゥ」


 あり得ない考えが浮かんで動悸が高まる。修一は「知っている」。この若者が誰なのか、ここがどこなのか。


(まさか――)


 若者の名は「シュウイチ」。二十歳、黒髪黒目。ミスリル糸を編み込んだローブ、マジックポーチ、アダマンタイト製の短剣。


 ここはオルトゥス大陸ラトレイア王国コーエン辺境領ノルン村。邸宅の持ち主は賢者ヴィクター。


(まさか、俺はゲーム世界にいるのか?)


 予備知識もないまま始めたゲームだった。タイトルは『オルトゥスの賢者』。主人公キャラには自分と同じ名前の「シュウイチ」と名付けた。


 主人公は日本人。異世界オルトゥスから地球に来た魔法使いの弟子となる。師匠は、魔法使いの最高位の「賢者」。だが、地球で魔法使い同士の抗争が勃発。


 そして、師匠の賢者と恋人は敵対組織に倒される。主人公もあわやというところで、師匠が残した転移魔法陣に乗って逃亡した。転移先は異世界オルトゥスの師匠の邸宅。ゲームの記憶はここまでだ。


 腰のポーチに視線を移す。素材は革でデザインに奇抜なところはない。少しためらってから手を入れた。


「うひょ」


 驚いて手を引っ込めた。手が無事なのを確かめると、もう一度、恐る恐る手を入れる。


 ズズッと腕が丸ごと入っていく。魔法効果で内部収納量が増加しているマジックバッグだ。ゲーム内では使っていたが、現実で試してみるとやはり驚く。


 収納物を取り出す。生活雑貨やキャンプ用品らしき物が多い。内部は拡張されていてもポーチ幅以上の物は入らないので、あまり大きな物はない。


 気になる物が一つ。片手に収まる程度の小箱。師匠との最期の別れの時に渡された。中には賢者の石があって、これを手にすると大いなる力を得るが、その代償に生涯解けない呪いがかかる、という。


 実際、箱を見ているだけで、動悸が激しくなる。とても開ける気になれない。


(忘れよう……)


 捨てるのも問題がありそうなので、再びポーチにしまう。


(ポーチは本当にマジックバッグだった。やはり俺はゲーム世界に転生したのか? そしてこの身体はシュウイチなのか、ならば――)


「……ライト」


 照明用途の初級火魔法を唱えた。すると体の中から何かがうごめいてその感触がフッと消える。直後、頭上やや前方に拳大の光球こうきゅうが浮かぶ。


「うおおっ」


 思わず吠えた。昔買ったLEDランタン並みの明るさだ。魔法は「マナ」を体内で練り上げることで発動する。光球発動前に感じた体内の「うねり」はマナ錬成だったのか。


(動け!)


 修一が念じると、光球が空中でくるくると動き回る。体内にあるマナと光球が繋がっている感覚がある。


(もっと明るく!)


 輝きが増していくが体内のマナ量がどんどん減っていく。慌てて、消えろと念じる。光は消え、マナの減少も止まった。


(俺が魔法使い? いや、ゲーム通りなら魔法剣士のはず……)


 鞘から短剣を抜く。黒光りしている刀身はアダマンタイト製。柄を両手で握ってみるが、しっくりこない。片手で握ったほうが手に馴染む。


(スラッシュ)


 鏡を見ながら、初級武技(アーツ)「スラッシュ」を袈裟斬りに放つ。斬撃の際の体重移動もスムーズにできた。素人の動きではない、と自賛しつつ、剣を鞘に納める。


 武技アーツとは、近接戦闘での攻防の際、マナを瞬間的に身体と武具にまとわせる技だ。広い意味では魔法だが、修得に武術の才能と時間がかかるので、魔法と武技の両方を使える者は殆どいない。だがゲーム内の主人公シュウイチは、古武術の達人だった。そして、もともと古武術を習得していた主人公が、魔法使いの賢者と出会って、魔法だけでなく、武技アーツの才能も開花していく。その過程をゲーム内で経験していた。修一自身は武道の経験はないが、この身体は確かに武術を「覚えている」。


(魔法も武技アーツも使える! 凄い! 魔法剣士の身体なんだ!)


 気分が高揚している修一は、今度は攻撃系の魔法も試そうと、屋敷から出る。外に出た瞬間、大型犬ほどの大きさの動物と目があった。


「グルルゥ」


 こちらを睨んで唸っている。狼のような姿だが、非現実的な燃えるような紅毛をまとっている。この世界には魔法や武技を放つ「魔物」と呼ばれる敵性生物がいる。


 突然の遭遇に思考停止し、呆けて魔物を見ていたが、さっきと同じく「マナ」と思われるうねりを感じた。


 直後、魔物の口先から火球が飛び出した。とっさに腕で顔をかばう。


――ボウッ


 火球は、かばった両腕に直撃し、爆散した。その衝撃によろめく。


「アチッ」


(……ん、それだけ? ちょっと熱かっただけ?)


 直撃した腕に痛みはなく火傷跡もない。ローブには焦げ目すらない。爆散時に顔にも火を浴びたはずだが、軽い衝撃以外感じなかった。


(幻覚か?)


 しかしよく見ると、ローブの下のシャツの袖が少し焦げていた。


(幻覚じゃない。火魔法なのか?)


(ゲームでは、キャラの身体とローブには高い魔法耐性があった。だから無事だったのか?)


 自分が無事だったことに落ち着きを取り戻し、得意だったはずの魔法で反撃を試みる。


「ストーンバレット!」


 魔物に向かって、初級射撃魔法を唱えた。一拍おいて石弾が魔物へと射出される。


 朱狼は石弾が射出される直前に、魔法発動の気配を察して横に飛んだ。だが、石弾は魔物を追尾し、胴体を貫き心臓を破壊した。


「ギャウン」


 朱狼は末期の悲鳴を上げて、その場で崩れ落ちた。

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