斬られ役(影)、しゃくれる
96-①
リュウカクに連れられて、影光は双龍塞の練兵場までやって来た。
双竜塞は二つの巨大な岩山の間に築かれた砦である。上から見た姿を図で表すならば、まず円を描き、更にその真下、少し離れた位置に同じくらい大きさの円を描く。そして、その二つの円の右端と右端、左端と左端を縦線で結んだ図形を想像して頂きたい。
二つの円が地元の人間から《兄弟山》と呼ばれている切り立った岩山で、上が《兄山》、下が《弟山》である。そして、円と円を結ぶ縦線が竜人達が築いた城壁であり、円と線で区切られたスペースの中央に双竜塞の本塞が築かれている。
影光が連れて来られた練兵場は本塞と兄山の間に作られており、サッカーコートくらいの広さがあった。
練兵場では八十名ほどの竜人兵達が武芸の訓練をしていたが、彼らはリュウカクがやって来たのに気付くと、訓練の手を止め、右の拳を心臓の前に持ってくる竜人式の敬礼をした。
リュウカクは兵士達を見回すと自分も敬礼を返した。
「皆、楽にしろ。訓練の途中すまないが、場所を空けてもらう、今から私はこの男と決闘する!!」
リュウカクの言葉に兵士達は騒ついた。そして、どこで話を聞きつけたのか、騒つく兵士達をかき分けてオサナが現れた。
「聞いたで影光っちゃん!! リュウカク君と対決するんやて!?」
「いや、俺にその気は無いんだが……カクさんがやる気満々なんでな、どうやらそういう事になりそうだ」
「よ、よーーーし、それじゃあ……弓術対決ぅぅぅーーーーー!!」
「オイ!?」
「巫女殿!?」
影光はオサナの肩を抱くようにして、呆気に取られているリュウカクに背を向けると小声で話しかけた。
「待てや!? 何でお前が仕切んねん!?」
「いや、だってこのまま放っといたら……どうせ殴り合いでもする気なんやろ? 言うとくけどリュウカク君めちゃくちゃ強いから、殴り合いしたら、またボッコボコの鼻血ブー太郎なるで? そんなん嫌やもん!!」
「誰が鼻血ブー太郎やコラー!! 子供の頃と一緒にすんなや、俺かてめちゃめちゃ強なってるっちゅうねん!!」
「いや、でも──」
その時、何かを思い出したオサナは『あ、やば……』と言わんばかりに自分の額をぺちんと叩いた。
「おい……何やそのリアクション!?」
「うん……あのな影光っちゃん……そんな大した事とちゃうんやけどな……」
「お、おう」
「咄嗟に『弓術対決』って言うてしもたんやけど……その……リュウカク君は武芸百般を修めてて、中でも弓術は得意中の得意やねん……」
「めちゃくちゃ大した事あるやんけーーー!?」
「さっきから何をコソコソと話している!!」
リュウカクに声をかけられた影光とオサナはギクリとした。
「ようし、それでは……あの的を射よう」
リュウカクの指差した先には、弓術の練習用の的があった。的までの距離はおよそ30m、的の大きさは直径およそ40cmといったところか。
「誰か弓を!!」
「リュウカク将軍、これを──」
“ヒュン!!”
リュウカクは兵士が差し出した弓と矢を手に取るなり、すぐさま矢を放った。弓を手に取ってから矢を放つまで3秒にも満たない早業であったが、放たれた矢は見事に的のど真ん中に突き立っていた。
「げげっ!?」
「今のは余興だ。どうだ、これでも私に弓術で挑むというのか?」
「お、おうよ!! やってやらぁ!!」
影光の返答を聞いて、オサナは慌てて影光の袖を引っ張った。
「ちょっと影光っちゃん!? ウチが言うのもなんやけど、弓術の経験あるん!?」
「弓兵役の経験……多数!!」
「ちょっと待って!! それ、お芝居での話やんな!?」
二人のやりとりを聞いてリュウカクは失笑した。
「フッ……笑止な。それで私に挑もうとは……なんなら私は目隠しして射てやっても構わんぞ?」
「ナメやがって……ハンデのつもりかコノヤロー!! むしろ俺がお前にハンデをくれてやるってんだ!!」
子供の頃からまるで変わっていない。(アカン……これ、完全に勢いだけで言うてもうてるやん……)と、オサナは焦った。
「ほう?」
「お前が目隠ししながらやるってんなら、俺は…………アントニオ◯木のモノマネしながらやってやらぁ!!」
「影光っちゃん!? それハンデになってへんから!!」
「フフン……よし、そこまで言うのなら……私が勝ったら天驚魔刃団とやらは解散し、私の傘下に入ってもらう!!」
「ほう、じゃあ俺が勝ったら……俺のダチになってもらおうか!!」
「小っさ!?」
影光の要求を聞いて、オサナや周りにいた兵士達はズッコケ、それを見た影光はリュウカクを指差した。
「バカヤロウ!! 小さくねぇわ、お前らの大将は一廉の男だ!! 天驚魔刃団の解散を賭けてでも仲間に欲しい!! そして、その男が信頼するお前らもだ」
「お前……まぁ、いい。とにかく勝負だ!!」
「応ッッッ!!」
リュウカクは足で地面に線を引いた。
「一本勝負だ。ここから的を射て中心に近い方が勝ちだ!!」
「……そのルールで良いんだな? 後から文句を言わないな?」
「……? 無論だ!! では私からゆくぞ!!」
そう言うと、リュウカクは本当に目隠しをして矢を放った。そして……放たれた矢は再び的の真ん中に突き立った。
リュウカクは目隠しを外し、満足げに頷くと、影光の所まで歩いてゆき、影光に弓と矢を渡した。
「次はお前の番だ」
「おう!!」
弓と矢を受け取った影光は、アゴをしゃくれさせ、途中でリングロープをくぐるパントマイムを入れつつ、先程リュウカクが立っていた場所に立った。
影光は定位置に立つと兵士達をぐるりと見回し、両手を高々と上げ……そして叫んだ!!
「元気ですかーーーーー!?」
異世界の住人……それも人間ですらない種族にアントニオ◯木のモノマネが通じるはずなどない。しかしながら……その場にいた全ての男達は感じていた、この男には『燃える闘魂』が宿っていると!!
「元気があれば弓術も出来る!! この矢を射ればどうなるものか……!!」
影光は的を見据えた。
「危ぶむなかれ……危ぶめば道は無しッッッ!!」
矢を番え、弦を引き絞る。
「踏み出せばその一矢が道となり、踏み出せばその一矢が道となる……迷わず射れよ!! 射れば分かるさ!!」
影光は渾身の力でアゴをしゃくれさせた。
「行くぞーーー!! イーーーチ!! ニーーー!! サンッッッ──」
運命の矢が……放たれた!!




