竜将、突撃する
80-①
「やはりな……」
双竜塞の城壁の上に立ったリュウカクは、遠くに見える敵勢を見据え、そう呟いた。
慌てていると、敵の数が実際より多く見えたりするものだ。報告に来た少年兵が『二百……いや、三百はいるかもしれない!!』と言ったのを聞いて、その慌てぶりから、おそらく実際は百五十人程度だろうと思っていたが、果たしてその通りであった。
「だが……」
リュウカクは再び呟いた。
数は問題ではない。問題は進軍してくる軍勢が、まるで影が実体を持って起き上がってきたかのような、黒一色の不気味な軍勢である事だ。
「あ、あれは影魔獣だ……!!」
誰かが絞り出すように呟いた。
「ど、どうする……奴らには剣も矢も術も効かない、奴らは不死身の怪物だ……!!」
「ここ数ヶ月で、魔王城の周囲の五つの砦が、奴らに襲われて守備隊が全滅したらしい……」
「おいおい……こ、ここもヤバイんじゃないのか!?」
誰かが発した一言で動揺が広がり始めたのを見て、リュウカクは即座にそれを一笑に付した。
「フッ……笑止!! 影魔獣何するものぞ!! 少し、待っていろ!!」
しばらくして戻って来たリュウカクは全身に武器を装備していた。
左の腰に真紅の柄の青龍刀、右の腰に瑠璃色の柄の細剣を差し、背中には翡翠色の柄の両刃槍と藤黄色の柄の片刃の戦斧を交差させて斜めに背負っていた。
リュウカクが装備している武器の数々は、三年前の大戦で散った竜人軍団の精鋭……風竜将・『疾風』のリュウヨク、水竜将・『静寂』のリュウビ、火竜将・『侵掠』のリュウズ、そして地竜将・『不動』のリュウソウからなる《竜人四天王》の遺品であった。
リュウカクの猛々しく勇壮な出で立ちを見て、城壁の上の兵士達は息を呑んだ。
「案ずるな、あの程度の敵……我々の敵ではない!!」
とは言ったものの……正直な所、リュウカク自身も影魔獣に対抗する策があるわけではない。しかし、ここはとにかく兵達の動揺を抑える事が肝要である。そう判断したリュウカクは、自信満々な素振りを見せたが、それでも未だ半数近くの兵士は不安な表情をしている。
かくなる上はと……リュウカクは高らかに笑った。
「フハハハハ!! 良かろう、あの影魔獣共……このリュウカクが見事蹴散らしてみせようぞ!! はあああああ……っ!!」
リュウカクは全身に力を込めた。全身の筋肉が倍近くに膨れ上がり、体表は強固な鱗に覆われ、爪や牙は鋭さを増してゆく……これこそ竜人族の持つ特殊能力、《竜身化》である!!
戦う為の姿へと変貌を遂げたリュウカクは、兵達の方に向き直ると、ニヤリと笑った。
「お前達……我が武勇、特等席から見るが良い!!」
リュウカクは、高さ10mはあろうかと言う城壁から飛び降りた。
迫り来る敵軍を前に、リュウカクは竜人四天王の事を思い浮かべていた。
リュウソウ殿……私が挫けそうになった時、貴方はいつも力強く励ましてくれました。
リュウヨク殿……貴方には、様々な軍略や戦術を教わりました。
リュウズ殿……貴方には、それはもう厳しく鍛えて頂きました。
リュウビさんは……何かやたらと触られたり撫でられたり……可愛がられて(?)……いや、あれは、からかわれていたのか……?
「四天王の方々……私に力を──」
言いかけて、リュウカクは小さく頭を振った。
「駄目だな……こんな事を言っていては、あの方達に追い付く事など、永久に出来ん!!」
貴方達から教わった全てを発揮してこの砦を守り抜いて見せる……竜人四天王の魂よ、我が戦いぶりを照覧あれ!!
リュウカクは天に向かって猛々しく吼えると、リュウズの青龍刀を構えて突撃した。




