竜将、猛る
79-①
「聞いてくれよー、アイツら問答無用だぜ……ったく」
「いや、それより影光お前……矢を抜け、矢を」
「そうよ、さっきからチビ共がギャン泣きなのよ!! うるさいったらないわ!!」
ヨミはウニ怪人……もとい、影光に突き刺さりまくっている矢に手を伸ばそうとしたが……
「おい馬鹿やめろ!! ちょっと体を動かすだけでもめちゃくちゃ痛いんだからな!?」
「痛いって……アンタ影魔獣でしょうが、痛みを感じないんじゃないの?」
「多分……あのクソ聖女が小細工しやがったんだ。今の俺は痛みも感じるし、疲労も感じる」
「ふーん?」
“スポンッ!!”
「へぎゃぁーーーっ!?」
ヨミは 矢を抜いた!
痛恨の一撃!
影光は 悶絶した!
「んふふ、良い声で鳴くじゃない……岩男!!」
「ゴアッ?」
「影光を取り押さえなさい!! 矢を抜くわよ!!」
「グゴゴ………」
「つべこべ言わない!! これは影光のためなのよ。私だって……影光が苦しむのを見るのは辛いのよ…………うっ……うっ……」
「惑わされるなレムのすけ、アレ絶対に嘘泣きだぞ!? お、おい離せレムのすけ!! 分かった、抜くならせめてキサイに──」
「えいっ♪」
“スポンッ!!”
「ぎにゃーーーーー!? ちょっ、待てヨミ、抜くならもっと優しく──」
「それっ♪」
“スポンッ!!”
「のへーーーーー!?」
「しっかりして影光!! アンタならきっと大丈夫……私はそう信じて……信じて…………ブッハ!!」
「噴き出してんじゃねぇかーーー!? この鬼ーっ!! 悪魔ーっ!!」
「違いますぅぅぅぅぅ!! 私は妖禽族ですぅぅぅぅぅ!! さーて……ガンガン行くわよ?」
「や、やめ──」
“スッポンスポン……スポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポンッ!!”
「おおお……あああああ………!!」
ヨミは、嬉々として影光に突き立った矢を全て引き抜いた。
影光はあまりの激痛にしばらくの間悶絶した後、ゆっくり立ち上がると、双竜塞の方を睨みつけた。
「ちっくしょー、もう怒った!! 野郎共……予定変更だ!!」
「予定変更だと……何をするつもりだ、影光?」
ガロウの問いに、影光は吐き捨てるように答えた。
「通らせてもらうだけのつもりだったが……あの砦、俺達で奪ってやろう!!」
79-②
一方その頃、双竜塞では、軍議の間にて、白い鎧を纏った青年が、一人の女性の前に跪いていた。
青年は、一見ただの人間のようだが、猛々しい光を宿す金色の瞳と……左右の側頭部に水晶のような美しい角を持っていた。
彼は、竜と人の姿を併せ持つ魔族、《竜人族》の戦士だった。
その肉体は引き締まって逞しく、その顔立ちは精悍で凛々しく、安直な表現ではあるが、まさに『美しき若武者』といったところか。
そして、『姫君』と呼ばれた女性は……美しかった。
本当に美味い料理を食べた時……
本当に恐ろしい体験に遭遇した時……
本当に素晴らしい芸術作品に出会った時……
そういった時に、気取った美辞麗句など出て来ない。そういった類の言葉で彼女を表現する事は、却って彼女の美しさを削いでしまうとすら言える。彼女は……ただ美しかった。
若武者が女性に告げる。
「姫君、双竜塞に近付いて来た不審者を追い払って参りました」
「ご苦労様です、リュウカク殿……リュウカク殿には苦労をかけますね?」
女性は、伏し目がちに頭を下げた。
「とととととんでもない!! ふふふ不肖このリュウカク……姫君の御為ならば、百万の敵とて討ち払ってみせましょうぞ!!」
戦の時の冷静沈着ぶりからは想像もつかない狼狽えぶりを見せる竜人の青年……リュウカクを見て、姫君の隣りに立っていた黒髪の女性がクスリと笑った。
歳の頃は20代前半というところか、艶やかで長い髪を持ち、ぱっちりとした目と、穏やかで優しげな雰囲気が印象的な美しい女性である。見た目は人間のようだが……
黒髪の女性に笑われて、リュウカクはムッとした表情をした。
「ムッ……巫女殿、何か?」
「ごめんなさい、何か……カワイイなぁと思って」
「か、カワイイ!? 巫女殿、私は武人で男です!! からかうのはやめて頂きたい、私を愚弄するのなら……敵が襲撃してきても、貴女だけ守って差し上げませんからね!!」
まるで子供のような事を言い出したリュウカクを見て、今度は姫君がクスリと笑った。
「まぁまぁ、リュウカク殿、そう仰らずに。彼女は私の友人で恩人です、私共々守って頂けませんか?」
「…………では、十人くらいまでなら敵を討ち払います」
「えー、姫様の時は『百万の敵とて討ち払ってみせましょうぞ!!』って言ってたのに、わたしはたったの十人だけ? お姉さん悲しいなぁ」
「……では、五人で」
「減ってるよ!?」
そんなやりとりをしていた三人の前に、少年兵と言っても差し支えない若い竜人の兵士が駆け込んで来た。
「リュウカク様!! た、大変です!!」
「どうした!?」
「て、敵襲です!!」
報告を受けたリュウカクの表情は、瞬時に引き締まり、武人のそれとなっていた。
「数は?」
「二百……いや、三百はいるかもしれません!!」
「それほどの数の敵が今までどこに隠れていたというのだ……? まぁ良い、すぐに行く!!」
リュウカクは姫に向き直ると頭を下げた。
「姫君、ご安心あれ、すぐに敵を討ち払って参ります!!」




