聖将、待ち構える
50-①
影光が四天王達と離れて単独行動を取る二日ほど前……ウルエ・シドウ大洞穴の最奥部に設営された採掘拠点に、暗黒教団の六幹部、《聖将》エイノダ=イチュウハはいた。
「おのれ……薄汚い魔族共め……!!」
ここ数日、この言葉を呟かない日はなかった。
あと一歩でマイク・ターミスタを陥落させられるところだったのに、突如として乱入してきた五人組の魔族によって影魔獣軍団は壊滅、自身も奴らに取り囲まれて危うく殺されかけた。
その時は、影を通じて離れた場所へ移動する《影転移》で現れた聖女シルエッタに、同じく影転移を使ってこの場所まで連れて来られて助かったのだが……『常勝不敗の神将』である自分の戦歴に傷が付いてしまった。
そして今、自分が命じられている任務は、百体の影魔獣軍団を利用した採掘作業だ。
ここで採れた鉱石や貴金属や宝石などは信徒達に配る操影刀の材料になったり、闇市場で取り引きされて、暗黒教団の活動資金の資金源となっている。
確かに、影魔獣に毒は効かない。この猛毒の霧が噴き出しまくっているウルエ・シドウ大洞穴でも、影魔獣ならば何の支障も無く採掘作業が行える。
だからと言って、常勝不敗の神将である自分が、鉱夫の真似事をせねばならないとは……それもこれも、全て奴らのせいだ!!
「おのれ……薄汚い魔族共め……!!」
「エイノダ様」
「うわっ!?」
本日、十度目の恨み言を吐いていたエイノダの背後に、突如として聖女シルエッタが影転移で現れ、エイノダは驚きの声を上げた。
「な、何だ聖女殿か……」
「すみません、驚かせてしまったようで……」
「い、いや……それより、何の用かな?」
「あの魔族共が一直線にこちらに向かっているようなのですが……心当たりはありませんか?」
シルエッタは穏やかな微笑を浮かべたが、疑われていると感じたエイノダは不機嫌な表情で首を左右に振った。
「知らん!! 奴らに『操影刀の製造拠点はどこだ』と聞かれた時も……私は断じて口を割ってはいない!!」
エイノダの言っている事は真実だったが、彼は(ウルエ・シドウ大洞穴の事は、口が裂けても言うものか!!)という思考を、ヨミの読心能力によってまんまと読み取られていたのである。
「……そうですか。今の進軍速度だと、およそ二日ほどでここに到達するでしょう。引き続き、ここの守備をよろしくお願い致します。この場所は我々にとって大切な場所……お任せできるのは常勝不敗の神将であり、聖将たるエイノダ=イチュウハ様しかいないのです」
「う、うむ……当然だ!! この私に任せておくがよい!!」
シルエッタは、エイノダの扱い方をよく心得ていた。全くもって軽い男である。自尊心を少しくすぐってやれば、風に吹かれた木の葉のように、簡単に舞い上がる。
……これでほんの一欠片でも、武将としての才があればよかったのだけれど……というシルエッタの思考は、微笑みの陰から姿を見せる事は無かった。
「では、私はこれで……貴方様に、黒き王の加護と祝福のあらんことを」
祈りの言葉を残し、シルエッタは影転移でウルエ・シドウ大洞穴を去った。
「そうか……奴らが来るか……いいだろう、薄汚い魔族の分際で私の輝かしき戦歴に傷をつけた事を後悔させてくれる!!」
エイノダは、聖将配を握り締めた。




