聖将、蹂躙(じゅうりん)する。
33-①
マイク・ターミスタの南にある廃村に暗黒教団の信徒達が集まっていた。
数は十五人……彼らはマイク・ターミスタを襲撃し、対影魔獣用兵器の開発を阻止するよう命じられた者達で、一応は『信徒』という扱いとなっているが、その実態は食い詰めた傭兵崩れや、脱走兵などの集まりだった。
村の広場に集まり、車座になって今後の対策を話し合っていた。
「チッ……何なんだあの男は!?」
「まさか影魔獣を斬る事が出来るとは……」
「あの黒い髪……もしかしてあの男が、聖女が言ってた異界人じゃねぇのか!?」
「厄介だな……敵を消耗させてきたとこだってのに……」
「フン……まだマイク・ターミスタを陥せないのか……無能共め」
突如、声がした。男達が慌てて声のした方に注目すると、木の陰から一人の男が現れた。
暗黒教団のロングコートを身に纏い、フードを目深に被っていて顔はよく見えないが、声から察するに若い男で、右手には軍配のようなものが握られている。
「あぁ!? 何だテメェは!?」
突如として現れた男を信徒達は睨みつけた。
「やれやれ、聖女様も人を見る目がない……いくら人手が足りないからと、重要拠点の攻略をこんな連中に任せるとは。それとも……自分の作った影魔獣があればバカでもマイク・ターミスタを陥せるという自信かな?」
人を食った青年の態度に信徒達は殺気立ったが、青年は意にも介さない。
「雑魚がごちゃごちゃうるさいなぁ、私を誰だと思っている。私は……暗黒教団六幹部が一人、《聖将》エイノダ=イチュウハだぞ!!」
男はフードを脱いだ。中から出てきたのは神経質そうな青年だった。
「……あっ、テメェは!!」
エイノダの顔を見ていた達の内の一人が声を上げた。男は、かつて王国軍に所属していたが、軍を脱走した脱走兵であった。
信徒の一人が声を上げた脱走兵の男に聞いた。
「おい、アイツの事知ってんのか?」
「ああ……成金貴族のイチュウハ家の長男で、アイツは俺が所属していた軍団の軍団長だった……」
「何でそんな奴が暗黒教団に……」
戸惑う男達に、エイノダが答える。
「フフン……王国軍には私の天才的な軍略の才に気付く者も、活かせる者もいないからな」
不敵な笑みを浮かべるエイノダに対し、先程の脱走兵が忌々しげに吐き捨てる。
「ケッ、何が『天才的な軍略の才』だ!! 敵の策に翻弄されて、疑心暗鬼に陥ったテメェのお粗末な指揮のせいで、俺達は敵の罠にかかって壊滅したんだ。大した能力も無ぇクセに、軍団長になったボンボンのせいでなぁ!!」
「き、貴様……ッ!! あの戦いは貴様らが命を捨てて戦っていれば勝てたんだ!! 私のせいではない!!」
それを聞いた脱走兵は失笑した。
「オイ、聞いたか皆? 俺が脱走した理由が良く分かるだろう?」
それを聞いた周りの男達がゲラゲラと笑う。
「テメェみたいなのを幹部に据えるようじゃあ、暗黒教団も先は見えたな……おい兄弟、コイツを捕らえて王国軍に投降しようぜ!!」
「……それも悪かねぇ!!」
「褒賞金もたんまり貰えそうだしな!!」
脱走兵の提案に次々と賛同する男達を見て、エイノダは歯嚙みした。
「なっ……貴様ら……!? 何を馬鹿な……今まで散々マイク・ターミスタやその周辺の村を襲っておきながら………私を突き出したところで、貴様らが今更許されるとでも……」
「あぁ!? 何寝ぼけた事言ってやがる……今までマイク・ターミスタ近隣を襲撃してたのは……お前なんだよ」
「何だと!?」
「俺達は、マイク・ターミスタを襲う影魔獣を影で操っていた暗黒教団の幹部を捕らえた英雄ってわけさ」
「くっ……」
「さぁ……大人しくしてもらおうか!!」
男達は、懐から木彫りの人形を取り出し地面に置くと、人形の影に操影刀を投げた。影に突き立った操影刀が妖しく光り、人形の影が次々と立ち上がる。
右肘から先が剣状になった《剣影兵》、右肘から先が弩状になった《弩影兵》、右肘から先が突撃槍状になった《槍影兵》が各五体ずつ、計十五体もの影魔獣が現れた。
「へへへ……これだけの数の影魔獣から逃げられると思うなよ?」
脱走兵は勝ち誇った笑みを浮かべたが、エイノダはそれを一笑に付した。
「フン……『これだけ』か?」
「何だと……?」
エイノダは軍配を持つ右手を上げた。
「出でよ、我が精兵達よ!!」
剣影兵A〜Jが あらわれた!
弩影兵A〜Jが あらわれた!
槍影兵A〜Jが あらわれた!
エイノダの背後の雑木林から次々と影魔獣が現れた。その数……三十体!!
「さぁ、行け……我が精兵達よ、反逆者共を始末しろ!!」
エイノダの影魔獣達が男達に襲いかかった。男達も自分達の影魔獣を操り応戦したが、兵数差の前に、男達の影魔獣は倒され、術者である男達も一人……また一人と殺されてゆく。男達の数は十五人から十人に減っていた。
「ぐぐ……クソがっ!! オマエら、こっちも数を増やすんだ!!」
脱走兵達は各々が持つありったけの操影刀を取り出した。中には操影刀を両手に五本ずつ持っている者までいる。彼らは人形の影に突き立てようとしたが……
「ぐうっ……む、胸が!?」
「く、苦しいっ!!」
「あ……ぐ……」
男達が次々と倒れ、絶命した。一度に大量の操影刀を使おうとした為に……操影刀に生命を吸い尽くされてしまったのだ。
男達の数は五人まで減ってしまったが……
「はぁっ……はあっ……くそっ……だが……これで影魔獣の数は互角だぜ……」
文字通り命を削って影魔獣を増やした男達だったが、エイノダは男達を鼻で笑った。
「互角だと……フフフフフ」
「な……何がおかしいってんだ!!」
「第二陣、前へ!!」
「なっ……!?」
剣影兵K~Zが あらわれた!
弩影兵K~Zが あらわれた!
槍影兵K〜Zが あらわれた!
エイノダの背後の雑木林から、更に増援が現れた。
「……やれ」
……そこから先は、もはや戦闘と呼べるものではなく、一方的な虐殺だった。数の暴力の前に、男達の影魔獣は消滅させられ、男達も次々と殺され、最後に残ったのは脱走兵の男ただ一人となった。
「ひぃぃぃっ!? お、俺が悪かった!! 許してくれ!!」
跪き、地に頭を擦り付けて命乞いをする脱走兵を前にして、エイノダは冷笑を浮かべた。
「貴様のような弱兵など要らん、私には……影魔獣がいるからな」
「ひっ!?」
廃村に……男の断末魔が響き渡った。
33-②
エイノダが反乱者達を蹂躙している頃、暗黒教団のアジトでは、教皇と聖女シルエッタが向かい合っていた。
「聖将は……マイク・ターミスタを陥せると思うか?」
教皇の問いに、聖女シルエッタは微笑みながら答えた。
「ご安心下さい教皇陛下、聖将エイノダ=イチュウハには、武将としての才や器はまるでありませんが、彼は己の生命力を使わずに影魔獣を生み出せる特異体質の持ち主です。それに、私が作った軍配……《聖将配》があれば百体もの影魔獣を操る事が可能です。百体もの影魔獣を率いて陥せぬ街がありましょうか」
「フフフ……そうか……そうだな」




