少女(黄)、逃げ出す
28-①
暗黒教団特別調査隊、《天照武刃団》の面々は、《マイク・ターミスタ》へと向かう準備をしていた。
マイク・ターミスタは、アナザワルド王国本島中央に聳え立つ、《タンセード・マンナ火山》の東南東の麓に位置する街で、武光達が現在滞在しているシューゼン・ウインゴから見て、ほぼ真西に直進した位置に存在する。
アナザワルド王国最大規模の鉱物採掘施設を有し、そこから採掘される質の高い金属と、それを加工して様々な物を生み出す腕利きの職人達によって栄えてきた『鉄と職人の街』であり、武光の脇差、魔穿鉄剣やミトの愛刀、宝剣カヤ・ビラキもこの街で、超一流の刀匠達によって造られた。
ちなみにマイク・ターミスタは、武光が前回この世界を訪れた際に、戦いの中で折れてしまったイットー・リョーダンを修復する為に、当時この街を占拠していた鬼の軍勢と死闘を繰り広げた場所でもある。
天照武刃団がマイク・ターミスタに向かうのには大きな理由があった。
現在マイク・ターミスタでは、対影魔獣用兵器の研究開発が行われており、フリードから得た影魔獣に関する情報を伝える為である。
その日の朝、武光は宿屋の主人に許可を取り、三人娘に宿屋の裏庭で武術の訓練をしておくように言うと、ナジミ、フリードと共に旅に必要な物の買い出しに出ていたのだが……
「た、武光隊長〜〜〜〜〜!!」
買い出し中の武光達の所に、息を切らしながらキクチナが走ってきた。
「あれ、キクチナやん?」
「どうしたのキクチナちゃん?」
キクチナは、額に浮かんだ汗を拭いながらナジミの問いに答えた。
「はぁ……はぁ……た、大変です!! クレナさんとミナハさんが……!!」
28-②
キクチナに呼ばれて、武光達が大急ぎで宿屋の裏庭に戻ってくると、そこには睨み合うクレナとミナハがいた。
「ミーナの分からず屋!!」
「クレナの頑固者!!」
「ぐぬぬぬぬ……!!」
「むむむむむ……!!」
「待てーい、待て待てーい!!」
胸倉を掴み合わんばかりに近付いた二人を見て、武光は慌てて二人の間に割って入った。
「あっ、隊長」
「隊長殿……」
「何を揉めとんねんお前らは!?」
「そ、それが……」
キクチナがおずおずとケンカの理由を武光に教えた。
「……はぁぁぁぁぁ!? ヴァっさんとシュワルツェネッ太のどっちが強いか……?」
そう、クレナとミナハが揉めている原因は、『魔王を倒した男』光の勇者リヴァル=シューエンと『王国軍最強の将』白銀の死神ロイ=デストのどちらが強いかという事だったのだ。
リヴァル=シューエンは古の勇者の血と古の魔王の力を受け継ぎ、光の力と流麗なる剣技を持つ一騎当千の英雄で、ロイ=デストは人間の限界の限界の限界を超えた身体能力から来る凄まじい戦闘能力を誇り、愛用の斧薙刀で、先の大戦でも魔物の屍の山を築きまくった正に天下無双の猛将である。
「隊長殿、ロイ将軍こそが最強。隊長殿もそう思うでしょう!?」
物凄い勢いでミナハに詰め寄られて、武光はたじろいだ。
「ミナハ……もしかして、シュワルツェネッ太のファンなんか……?」
「ふぁん……? とにかく私はあのお方を心から敬愛しているのです!! 紫の外套、強力無比なる斧薙刀、そして……ギラリと輝く髑髏の仮面……」
ウットリしているミナハを見て、武光は理解した。
生真面目な性格の彼女にしては、妙に厳つい髑髏の髪飾りを身に付けている事や、重くて扱い辛い事この上ない斧薙刀を武器にしている理由を。
「フン!! いくら白銀の死神が強いったって、魔王を倒した勇者様の方が強いもんね!!」
「うわー、コッチはヴァっさんのファンかー!!」
「ねっ!? みんなもそう思うよね!?」
うわー、面倒臭い事言い出しよったで。
武光は内心頭を抱えた。アカン、この流れは止めな……
「うーん、やっぱりリヴァルさんの方が強いんじゃないですかねー? それに、あの骸骨の仮面の人……武光様をいじめるから私あの人好きじゃありません」
「アホーっ、ナジミのアホーっ!?」
〔ご主人様をいじめる!? じゃあ私もソイツ嫌い!! リヴァルさんは強くて良い人!!〕
「ま、魔っつーーーん!?」
〔いや、危険度で言えばロイ=デストの方が上だ。僕は、武光と一緒に奴と戦ったからね〕
「イットーまで!?」
「やっぱロイ=デストでしょ!! 魔物共を薙ぎ倒して、屍の山を築き、血の河を流す白銀の死神とか……カッコ良すぎるって!!」
「フリードコラァ!! 話ややこしくなるやろが厨二病コラァ!!」
アカン、これ完全にアカン流れや……
武光は焦った。
「隊長はどう思いますか!?」
「お考えをお教え下さい、隊長殿!!」
ハイ、面倒臭いのキター!!
「ロイ将軍の方が強いと思われるでしょう!?」
「リヴァル様の方が強いですよね!?」
「え……えっとやな……」
「隊長殿!!」
「隊長!!」
これどっちを答えても面倒臭い事になるヤツやん……悩みに悩み抜いた末に、武光は答えた。
「お……俺の方が強いっっっっっ!!」
武光の答えにクレナとミナハはキョトンとした。
「「は……はぁぁぁぁぁ!?」」
「いや、だから!! ヴァっさんよりも!! シュワルツェネッ太よりも!! 俺の方が強いっっっ!! 俺が最強!! ハイ、結論も出たしこの話は終わり!! やめやめ……って、何やねんなそのジトッとした目は!?」
「隊長……私達、真剣に話してるんですけど?」
「そうです隊長殿……ふざけるのはやめて頂きたい!!」
「い、いや別にふざけてへんし!! 言うとくけど……俺、二人共倒した事あるしな!?」
「「そんなわけあるかーーー!!」」
「えぇ……」
クレナとミナハは武光の言葉を即座に否定した。
「大体、さっきから何ですか『ヴァっさん』って!! 私のリヴァル様を軽々しく呼ばないで下さい!!」
「いやいやいや、俺とヴァっさんは親友なんやし別にええやんか!?」
「はぁー、いるんですよね。ちょっと顔見知りってだけなのに『アイツとは親友』とか『奴はワシが育てた!!』とか言っちゃう人って」
「なっ……!?」
「勇者様はまだ良い、ロイ将軍など……1文字も合っていないではないですか!?」
「いや、だって……アイツの見た目タ◯ミネーターのT◯800みたいなんやもん……」
「何なのですタ◯ミネーターとは!? いや、それ以前に隊長殿……ロイ将軍を倒した事があるなどと……大法螺を吹かないで頂きたい!!」
「う、嘘ちゃうもん……ホンマやもん……」
〔あ……武光がいじけたぞ〕
体育座りになって、摩擦で火が起こせそうな程、人差し指で地面をグリグリする武光を見て、ミナハとクレナは特大の溜め息を吐いた。
「こうなったら……キクチナ!!」
「キクちゃん!!」
「は、ハイッ!!」
「「……どっち?」」
クレナとミナハはキクチナに詰め寄った。
「リヴァル様だよね!?」
「ロイ将軍だろう!?」
「え、ええっと…………ご、ゴメンなさいぃぃぃ!!」
キクチナは 逃げ出した!




