斬られ役(影)、別れを告げる
270-①
「……影光っちゃん!!」
「ん……オサナ……」
影光はゆっくりと目を開けた。目に飛び込んできたのは、夕焼けに染まる空と逆さまになったオサナの顔だった。どうやら膝枕をしてもらっているらしい。
「まだ少しは時間が残されてるみたいやな。そうか、負けたか……」
「ふふ……また鼻血ブー太郎になって」
「う……オサナを笑わせる為にワザと負けてきたんや、俺はプロの斬られ役やし? アイツはプロ意識が足らんねん」
「ハイハイ、そういう事にしといたるわ。満足……出来た?」
「ああ、全力でやり合って、ナジミの事はちゃんと諦めがついた。アイツには……本体がいる。これで、お前の気持ちにも……真正面から応えられる」
「影光っちゃん……」
「影光ーーーっ!!」
その時、シルエッタが影光の仲間達を引き連れて走ってきた。四天王にフォルトゥナ、『ヨミ様を愛でる会』、マナにリュウカク、ゲンヨウ、そして……つばめとすずめもいた。
「お前ら……オサナ、悪いがそこに俺を座らせてくれ」
「うん」
オサナは影光の上体を助け起こし、すぐ近くにあった建物の壁にもたれかからせた。
「影光……これはどういう事だ!!」
「悪いなガロウ、暗黒樹の核に腹を貫かれた時に……核に傷を負っていたみたいでな……俺に残された時間はあと少ししかないらしい」
「馬鹿野郎っ……俺との男の約束はどうした!! 天下を奪って、お前の本体を打倒した暁にはお前を仲間としてではなく、主君として認めてやると……!!」
「すまん、また負けちまった……だからお前と俺は……ずっと仲間だ……!!」
「影光……っ!!」
影光は視線をキサイとレムのすけの方へ向けた。
「影光さん……!!」
「グオオ……カゲミツ……!!」
「キサイの頭脳と、レムのすけの怪力には何度も助けられた……ありがとう。ん? 何だヨミ……泣いてるのか?」
ヨミは涙を拭いながら答えた。
「勘違いするなバカ!! これは……これは私が魔族の頂点に立つ機会が巡ってきた嬉し涙よ……!!」
「へっ、最後まで素直じゃねーなー。ま、その方がお前らしい」
「うるさい!!」
影光は苦笑しながらフォルトゥナと竜人三人組に視線を向けた。
「団長……!!」
「「「影光氏!!」」」
「フォルトゥナ……ガロウをよろしくな、ここだけの話、アイツの弱点は尻尾の付け根だぞ。ドルォータ、シンジャー、ネッツレッツ……ずっとヨミ推しでいてやれよ?」
「分かったよ、団長!!」
「「「お任せあれ!!」」」
涙ながらにフォルトゥナとドルォータ、シンジャー、ネッツレッツは頷いた。
「師匠!!」
「影光殿!!」
影光はマナとリュウカクに笑いかけた。
「カクさん、マナを守ってやってくれ」
「もちろんだ、影光殿!!」
「マナ、これからが大変だぞ?」
「そうですよ、それなのに師匠……っ!!」
「とりあえず……暗黒樹の核は俺が仕留めておいた。後は彼氏に支えてもらえ、二人共……仲良くな」
「ああ、案ずるな友よ!!」
「はい……!!」
頷く影光に、今度はネキリ・ナ・デギリと影醒刃が声をかける。
〔我が相棒よ、お前とは心が通じ合っていると信じる。だから余計な言葉は言わん……さらばだ、我が相棒よ〕
〔さようなら、相棒〕
「ああ、世話になった!!」
短い挨拶を終えた時、今まで我慢していたつばめとすずめが大声を上げて泣き出した。
「かげみつさま しんじゃやだ!!」
「かげみつさま しなないで!!」
「二人共、おいで」
影光はつばめとすずめを手招きすると、二人の頭を優しく撫でた。
「二人共、今からすごく大切な命令を与える。“めいれい”を聞く時は?」
泣きながらも、背筋を伸ばしたつばめとすずめを見て、影光はにこりと笑った。
「一つ、しっかり食べる事!! 二つ、元気に遊ぶ事!! 三つ、ぐっすり寝る事!! 四つ、勉強も頑張る事!! 五つ、皆に優しくする事!!」
影光からの “すごくたいせつなめいれい” を聞いた二人は命令を “ふくしょう” した。
「しっかりたべる!! げんきにあそぶ!!」
「ぐっすりねむる!! べんきょうもがんばる!!」
「「……みんなにやさしくする!!」」
それを聞いた影光は再び二人の頭を撫でた。
「オサナ……」
「うん……」
最後に、影光はオサナに手招きをすると、抱き寄せ、唇を重ねた。
「ありがとう、オサナ。お前に……俺は救われた」
「影光っちゃん……!!」
「14号……」
抱きしめ合う二人にシルエッタが声をかけた。
「何だ、シルエッタ……」
「…………そろそろ貴方の核の修復作業を始めさせてもらっても良いかしら?」
「…………は? ………………はあああああっ!?」
影光は素っ頓狂な声を上げた。
「しゅ……修復出来るのか、核!?」
「当然です、私を誰だと思っているのですか? と、言うかそもそも私は『核の修復が出来ない』などと一言も言っていないでしょう!?」
「ハッ!? た、確かに……!!」
「それなのに貴方は『このままだと貴方の核は保ってあと30分だ』と聞くなり、私の話も聞かずに唐観武光と殴り合いを始めるし……殴り合いを止めてもらおうと、ここにいる皆さんを連れて来たら茶番を始めるし……本当に時間が無くなったらどうするのです?」
影光は『針の筵』状態だった。視線が冷たい、視線が痛い。
「さ、皆さん、14号の手足を押さえて下さい」
集まった面々は、即座に影光を仰向けに倒し、影光の四肢を押さえつけて固定した。
「い、痛くないようにお願いします……」
「本来であれば、痛覚を一旦遮断した上での修復作業なのですが、無駄な殴り合いで時間を浪費したせいで、その時間はありません。死ぬ程痛いと思いますけど、どうにか耐えてください。それとオサナさん」
「は、はい!!」
「さっき14号と口付けをした時に、口から体内に何か流し込まれたりしてませんよね? 私の時のように」
「は、はい……ん? ちょっと影光っちゃん!! 『私の時のように』ってどういう事!?」
「い……いや、それは……」
「先生、大盛りで修復したって下さい!!」
「……ひいっ!! た、助けて……つばめ!! すずめ!!」
「かげみつさまは はいぱーむてき だから だいじょうぶ!!」
「いいこだから がんばって!!」
「のぉぉぉぉぉぅ!?」
「さあ、始めますよ14号」
「……ぎゃあああああああああーーーーーーーっ!?」
周囲一帯に、影光の絶叫が響き渡った。




