斬られ役(影)、申し込む
268-①
各隊が負傷者の救護に追われ、ようやくひと段落ついた頃、戦場で救護を手伝っていた武光の前に、魔王城内での治療を終えたナジミがやってきた。
ナジミは目に涙を浮かべながら、武光に声をかけた。
「武光様……」
「帰ってきたで、ナジミ」
「……はい、お帰りなさい……っ」
歩み寄った二人は、夕日を背に、力強く抱きしめ合った。
「心配かけたな」
「……はい、凄く」
「怒ってるよ……な? 痛だだだだだだ!? 尻を抓るなー!? ひー!!」
「また危ない事して……!! 今だって……少し震えてるじゃないですか」
「そらめちゃくちゃ怖かったもん」
「だったら……どうしてまた無茶をしたんですか!!」
「ちゃいますやん、僕かてとっとと逃げ出したいなって思とったんですけど、ヴァっさんが残るって言わはるから……そんなん親友を放っとけませんやん……痛だだだだだだだ尻肉が千切れるーーーっ!?」
しばらくして、ナジミは大きく息を吐いた。
「はぁ…………仕方ないですね、許してあげます。武光様のそういう優しい所が私は大大大大大好きですから」
「ふふん、俺もお前のそういうとこが大好きや」
互いの温もりと鼓動を確かめるように抱きしめ合う二人だったが……
「あー!! もう、焦れったいなー!!」
「なっ!? フリード!!」
「み、皆!?」
物陰から、フリードとクレナ、ミナハ、キクチナ、アルジェの五人が現れた。
「ちょっと姐さん、俺達だって早くアニキと一緒に再会を喜び合いたいんだからとっととチューしちゃってよー」
「隊長も副隊長も頑張ってください!!」
「私達の事はお気になさらずに、さあ!!」
「こ、後学の為に是非……!!」
「んだ!! やっちまってくだせぇ!!」
武光とナジミは顔面から火術を放ちそうなほど赤面した。
「お、お前らなぁ……何やその『興味深々です!!』みたいな目はーーー!?」
「こ、こらー!! 見せ物じゃないんですからねっ!!」
「「「「「えぇーーーーー!!」」」」」
『えぇー……じゃない!!』と、フリード達にプンスコと怒る武光とナジミの姿を、影光そして、ナジミと一緒に魔王城から出てきたオサナは少し離れた場所から眺めていた。
「……ナジミもまさちゃんも幸せそうやな」
涙を拭いながらオサナが呟く。
「……せやな、あの間には誰も入られへん」
「……それじゃあ、もう諦めはついた?」
「すまん……俺はとことん不器用みたいや」
「はぁ……ほんまアホちゃうか」
「ははは……まぁ、今日の所は勘弁しといたるか……ん?」
影光は瓦礫の陰で倒れているシルエッタを発見した。そう言えば武光の侍パワーボムを喰らって気絶したままだった。
「おい、しっかりしろ」
影光とオサナはシルエッタの側まで行って屈み込むと、肩を軽く揺すった。
「うぅ……ん……尻が……尻が迫って……ハッ!?」
目を覚ましたシルエッタは、慌てて影光を問い質した。
「じゅ、14号!? 暗黒樹の核は!? 一体どうなったのです!!」
「安心しろ、暗黒樹の核は俺達がブッ潰した」
「ほ、本当に……」
「ん」
影光は顎で周囲を見るように促した。そこには、共に勝利を喜ぶ王国軍と魔王軍の兵士達の姿があった。
「良かった……本当に……はっ!?」
涙を浮かべていたシルエッタだったが、何かに気付いて深刻な顔になったかと思うと、今現在影光の核がある鳩尾の辺りに手を翳した。
「14号……貴方、核を損傷しているのですか!?」
「ん? ああ、まぁな。今からオサナに癒しの力で治療して──」
「オサナさん、癒しの力というのは……壊れた『物』も直せるものなのですか?」
「え……生き物の怪我とか病気は治せるけど、壊れた物を直すのはちょっと……」
「ならば……癒しの力では14号の核は修復出来ません」
「……えっ?」
そしてシルエッタは重々しく言葉を発した。
「損傷が酷い。このままでは…………保ってあと30分です」
オサナは頭の中が真っ白になった。保ってあと30分……? 影魔獣の心臓部である核が崩壊するという事……それ即ち影光は──
思わずへたり込んでしまったオサナをよそに、それを聞いた影光は即座にシルエッタの手を掴んで立ち上がらせると、武光とナジミの所まで引っ張って行った。
「本体!! ナジミ!! お前らに話がある!!」
「影光さん、一体どうしたんです?」
影光はナジミの前にシルエッタを突き出した。
「ナジミ、シルエッタの心臓には大きな穴が空いていて、その穴を俺の肉体の一部が塞いでいる。お前の力でその心臓の穴を今すぐ塞いでやってくれ」
「わ、分かりました!!」
ナジミに微笑んだ影光は、今度は武光の方を向いた。
「本体……いつか約束したよな、『ナジミを賭けて決闘する』って」
「はぁ!? そんなもんお前が勝手に言うてただけやないか!?」
影光は大きく息を吸い込むと、武光に言い放った。
「今がその時だ、唐観武光…………お前に決闘を申し込むッッッ!!」
突然の決闘の申し出に、武光は困惑した。
「アホか!? 何でそないな事せなあかんねん!?」
武光の言葉にナジミとシルエッタも賛同する。
「武光様の言う通りです。そんな事に何の意味があるって言うんですか!! 例え貴方が勝ったとしても……私の心は貴方のものにはなりません!!」
「そうです14号、そんな事をしている場合では──」
「うるさいッッッ!!」
影光はナジミとシルエッタを一喝して黙らせると、武光に鋭い視線を向けた。
「俺と戦え、本体!!」
「だから嫌やって!!」
「嫌だと言うならナジミを凌辱して……自ら死を望むほどに辱める」
その一言で、困惑していた武光の目付きが変わった。
「お前今……何言うたんやコラ」
その場にいた誰もが背筋を震わせた。静かだが、凄まじい怒気の込もった声だ。
「……お前は、冗談でも絶対に言うたらあかん事を言うた。ただでは済まさへんぞ、分身」
「……上等だ、最後の決着を付けようぜ、本体」




