聖女、過去を語る(後編)
218-①
「この時代に飛ばされた私は、とある教会でお世話になっていました。その教会の神父様は路頭に迷っていた私に、教会の一室を住居として与えて面倒を見て下さいました…………あの方は、相手がどんな人間であろうと、困っている者には迷わず手を差し伸べる、本当に慈愛に満ちた人格者でした」
影光は、初めてシルエッタの本心からの微笑みを見た気がした。だが、その優しげな微笑みは次の瞬間に雲散霧消した。
「でも……私はその神父様を殺めました」
真顔で放たれた一言に影光とマナは言葉を失った。
「何でお前……恩人をそんな……」
「神父様は、私にこの時代の言葉や文字、そして文化や生活習慣を教えて下さいました。ある日、神父様は私に仰ったのです。『今日はこの国の成り立ちについて教えてあげよう』と……」
シルエッタは、その時の記憶を回想した……
218-②
今から七年前……とある教会の一室で、シルエッタは、自分を助けてくれた神父と向かい合っていた。
神父は語った。
「……およそ三百年前、この地はシャード王朝が支配していた。シャード王朝はおよそ八百年もの長い歴史を持つ王朝であったが、シャード王国暦803年に、魔族の王……魔王シンが現れ、シャード王国を蹂躙したのだ……」
シルエッタは苦笑混じりに神父の話を聞いていた。何しろ自分はその動乱の時代からやってきた生き証人なのだから。
そんなシルエッタをよそに、熱心に歴史を研究してきた神父は語る。
「魔王とその配下の軍勢によってシャード王国が滅亡の危機に瀕したその時、一人の青年が人々を救う為に立ち上がった。その青年の名は、《アルト=アナザワルド》……後にアナザワルド王国の初代国王となられる古の勇者だ」
アルト=アナザワルド……忌まわしきその名を耳にしたシルエッタは腹の底から熱く、どす黒いものが込み上げてくるのを感じた。
「アルト=アナザワルド様は、各地を転戦し、遂には魔王シンを討伐し……当時の国王は、勇者のその武勇と威光と人徳に心腹し……勇者アルトに王位を継ぎ、次期国王となってくれるように懇願した」
「は……!?」
シルエッタは顔から表情が消え失せるのを感じた。
「アルト様は国王からの禅譲を固辞し続けたが、再三に渡る国王やその臣民からの嘆願を受け、遂に国王となられる事を決意なされたのだ。初代国王陛下はシャード王朝への敬意の証として、シャード王朝が制定した暦を残す事にした。実に美しい逸話ではないか、アナザワルド王国の歴史が三百年であるのに、王国暦が千年以上も続いているのはそういう──」
“ガンッッッ!!”
シルエッタは近くにあった燭台で神父の頭を殴りつけた。
怒りと憎しみの赴くままに、何度も、何度も、何度も。
そして……我に返った時、シルエッタの足下に転がっていたのは、その影を血で真っ赤に染めた恩人の亡骸だった。
「あ……ああ……そんな……そんな!!」
シルエッタは 逃げ出した!!




