聖剣士、戦慄する
21-①
「お……俺が影魔獣だと……!? 馬鹿な、そんな事……あるはずがねぇ!!」
「いいえ……百人殺しの大罪人、インサン=マリートは去年の冬、王国軍に捕らえられて首を刎ねられました」
「う、嘘だ……!! デタラメ言うんじゃねぇ!! 俺はちゃんとここにいるだろうが!!」
「うふふ……だから言っているでしょう? 貴方は私が作った影魔獣なのですよ。これを……覚えているかしら?」
シルエッタが右の掌を上に向けてスッと差し出すと、どこからともなく雀の雛程もある、蜂に似た真っ黒な虫が飛んできて、シルエッタの掌にとまった。
「そいつは……!!」
インサンは、ぼんやりとしていた記憶が急激に鮮明になって行くのを感じた。
……そうだ。あれは、斬首刑執行の日……手錠を嵌められ、首枷をかけられて処刑場に引きずられて行く途中の事だ。俺は……あの黒い蟲に刺された。
「思い出してきたかしら?」
シルエッタの手の上の虫が “ずずず……” と形を変え、掌に収まるサイズの小刀にその姿を変えた。
「そ……そいつは、操影刀なのか……!?」
「ええ、特別仕様のね。この《操影刀・黒蟲》は、『影魔獣に人間の人格や記憶を移植する』という実験の為に私が生み出したものです」
シルエッタはまるで楽しい話をしているかのように、にこやかに語る。
「この黒蟲を対象に突き刺して相手の人格や記憶を読み取らせた後、影に突き刺す事で最初に刺した相手の人格や記憶を持った影魔獣が誕生するのです。実験を繰り返し、改良に改良を重ね、13回目の実験でようやく成功しました……それが貴方です、実験体13号」
「ふざけんな……!! 何が13号だ……俺は認めねぇぞ!! 俺の体を元に戻しやがれ!!」
取り乱し、漆黒の剣を取り出したインサンを見て、シルエッタは盛大に溜息を吐いた。
「はぁ……『元に戻せ』ですって……? 貴方は今まで何を聞いていたのですか? ここまで理解力が低いとは……剣の腕はあっても、知能はお猿さん同然ですね」
「このアマ……ブチ殺す!!」
「ふふふ……斬りますか、私を? 言っておきますが、私を殺したら……貴方も消滅しますよ」
「何ぃ!?」
「これを見なさい、13号」
シルエッタは何も無い空間に裂け目を作ると、そこから一枚の楕円形の鏡を取り出した。鏡の中には石造りの壁に囲まれた部屋が映し出されている。
部屋の中央には眩い光を放つ光の玉が宙に浮いており、その光球の斜め下に一体の人型の人形が置いてあった。人形の足元から伸びる影には一本の操影刀が突き立っている。
シルエッタは両手で抱えていた鏡から右手を離した。
掌を上に向け、柔らかい物を握るように、ゆっくりと掌を閉じてゆく……そして、鏡の向こうではシルエッタの指の動きに合わせるかのように、光球の輝きが徐々に弱まっていた。
「ケッ、光が弱まったからってどうなるってんだ!!」
「ふふふ……こうなるのですよ」
「うっ!?」
“カラン……”
インサンは、シルエッタを斬りつけようとしたが……その手から剣を取り落としてしまった。慌てて落ちた剣を拾おうとするインサンだったが……
「な、何だ……どうなってやがる!! 剣がひ……拾えねぇ!?」
インサンは思わず右手を見た。右手が……まるで幽霊のように透けている。
『どうして』と口に出そうとした瞬間、インサンは尻餅をついてしまった。
「あ、足が……俺の両足がぁぁぁっ!?」
「そうそう、私をブチ殺すのでしたね? 術者である私の命が尽きれば、当然あの光も消えてしまいますが、それでも良ければどうぞ?」
インサンは理解せざるを得なかった。鏡の向こうで光球の光が弱くなるにつれて、人形の影も薄くなり、自分の身体が消えてゆく……シルエッタの拳は完全に握り締められる寸前である。
「待て、待ってくれ!!」
「何かしら?」
「わ、分かった。俺が悪かった!! 許してくれ、頼む!! 死にたくねぇ、俺は死にたくねぇっっっ!!」
惨めに命乞いをするインサンを、シルエッタは興味深そうに見つめた。
どうやら黒蟲は対象の精神の奥底に潜む意識を読み取り増幅しているらしい……百人もの人間を斬り殺した男の心の奥底には、人を斬る事への飽くなき渇望と自分の死への恐怖が潜んでいたという事か。
実験体13号は、首を刎ねられた本物のインサン=マリートよりも明らかに残忍で、本物のインサン=マリートよりも激しく死を恐れている。
シルエッタは憐憫の表情を浮かべた……内心が表情の通りなのかは不明だが。
「良いでしょう、貴方のような無知蒙昧なる者を導くのも聖女の勤め……但し、これから先は私に逆らう事も、無礼な態度を取る事も許しません」
「は……はい、分かりました!!」
「それと、自分が影魔獣だと言う事は……誰にも教えてはなりません。良いですね?」
「そ、それはどういう……」
「詮索無用です……消しますよ?」
「ひっ!? すみません!! すぐにでもシューゼン・ウインゴに楔を打ち込みに……!!」
「遅い。貴方が遊んでいる間に、私は貴方の代わりに人知れずシューゼン・ウインゴに《楔》を打ち込みました。私は貴方と違って忙しいのです。分かったらさっさとお行きなさい」
「は……はい!!」
インサンが去った後、シルエッタは黒蟲の変化した操影刀を楽しげに見つめた。
「異界人で実験するのは初めてですね……うふふ、楽しみだわ」




