執事、決心する
193-①
突如として魔王城を襲った衝撃に、影光は足を取られて機材の角に頭を思いっきりぶつけてしまった。
「ぐっ……一体何が起きた!?」
ゲンヨウの補助を任されていた兎頭の魔族……《怪兎族》の男、ペタレーオが、手元の機材にはめ込まれた鏡を見て叫んだ。
「右の前脚に敵の攻撃が集中している模様です!!」
ペタレーオの報告を、操城輪を握るゲンヨウは一笑に付した。
「フン、慌てるでない!! メ・サウゴ・クーの脚部には鉄壁の装甲が施されておる。どれほどの影魔獣が束になろうと無敵の装甲には傷一つ──」
「そ、装甲板が脱落しました!!」
「何じゃと!?」
ゲンヨウは愕然とした。魔王城の脚に施されていた無敵の装甲は三百年の間にすっかり老朽化してしまい、取り付けが緩んでしまっていたのだ。
「狼狽るでない、無敵のメ・サウゴ・クーに死角無し!! この城の底部には下に潜り込まれた時の為の無数の迎撃用兵器が──」
「て、底部の迎撃兵器が歩行の振動と戦闘の衝撃で次々と脱落してゆきます!!」
魔王城の底部に設置されていた迎撃兵器の数々も、三百年の間にすっかり老朽化してしまい、取り付けが緩んでしまっていた。
「こ、こうなれば……ホン・ソウザンの街を取り囲む城壁を破る為に用意した、禁断の秘密兵器で──」
「歩行の振動と戦闘の衝撃で底部に穴が空いて何かが落下した模様!! あ、あれは……城壁破砕用の秘密兵器です!!」
魔王城の底部に秘匿されていた禁断の(以下略)
ペタレーオの報告を聞いたゲンヨウはガクリと項垂れた。
「お、おーい……ジイさん!?」
「ふ……ふふ……ふははははは!!」
肩を震わせながら笑い始めたゲンヨウを前に、影光は嫌な予感がしまくりだった。
「上等じゃ……例え装甲が剥がれ落ち、迎撃兵器や秘密兵器が使えずとも……」
「ま、まさか……」
「我らが城は無敵!! こうなればメ・サウゴ・クーを城壁に体当たりさせ、破壊してくれるわ!!」
「ぎゃあーーー!! やっぱりかーーー!!」
影光は即座に伝声管に駆け寄った。
「皆ーーー!! 近くの物に全力で掴まれーーーッッッ!! つばめとすずめはオサナの言う事をよく聞いてジッとしてるんだ、大丈夫だ、オサナといれば怖くないからな!!」
本来の作戦では、魔王城に搭載されていた秘密兵器でホン・ソウザンの街をグルリと取り囲む高く分厚い城壁をブチ抜いて突入口を作り、そこから部隊を突入させる手筈だったのだが、それが使えないとなった以上、城壁を破るにはもはやそれしか無い。
ホン・ソウザンの城壁は鏡越しではあるが、壁の上の兵士達の顔が確認出来る距離まで近付いていた。
「だが……脚が保つのか……!?」
魔王城は四本の脚で巨城を支え、動いているのだ。たった一本の脚が破壊されただけで、進むも退くもままならなくなる。いや、それどころか今は全速で前進中なのだ、そんな時に脚が破壊されてしまったら……魔王城は間違いなくド派手に倒れ、城内の味方に大損害が出る!!
影光が焦っていると、魔王城を連続して大きな衝撃が襲った。
「うおっ……どうした!?」
ペタレーオは影光からの質問に、震える声で答えた。
「敵が……次々と魔王城の右前脚に体当たりをして自爆しています!!」
「何だと!? ジイさん、映像を切り替えてくれ!!」
「う、うむ!!」
影光は正面の大鏡に映し出される映像を正面から底部へと切り替えてもらった。
そこに映し出されたのは、ヨミの率いる麗翼軍との戦いで残り三体まで数を減らしたサンガイハオウの姿があった。
「何だ……!? 様子がおかしいぞ!?」
三体のサンガイハオウはヨミ達からの攻撃を受けながらも皆、頭を抱えて苦しんでいる。だがそれは、戦いのダメージによる苦痛ではない。同じ影魔獣である影光は、直感的にそう感じた。
そして、その内の一体が糸の切れた操り人形のようにダラリと両腕を下ろしたかと思うと、突如として、魔王城の右前脚に猛スピードで体当たりし、自爆した。ペタレーオが悲鳴に近い叫びを上げる。
「脚部がもう限界です!! 次に体当たりされたら……」
鏡には残った二体のサンガイハオウに総攻撃をかける麗翼軍が映し出されている。
二体のサンガイハオウは一瞬逃げるような素振りを見せたものの、すぐさま魔王城の右前脚に向かって飛翔した。
ヨミ達の必死の攻撃により、一体は翼をやられて墜落した。しかし、もう一体のサンガイハオウは手足を吹き飛ばされながらも攻撃を突破し……
……魔王城を凄まじい衝撃と振動が襲った。




