天驚魔刃団、アシストする
187-①
マナは居並ぶ将兵に告げた。
「私からの命令はたった一つです。影魔獣やそれを操る者は容赦無く叩き潰しなさい、ただし……それ以外には絶対に手を出してはなりません」
正直な所、マナは自分の望みを皆に伝える事をギリギリまで迷っていた。決戦直前に混乱を起こすような真似をして良いのかと。
しかし、マナは『影魔獣を駆逐して人を守った』という事実を来るべき人間達との対話における交渉材料にしようと考えていた。その為には民間人を殺すのだけは避けなければならない。
そうでなければ、マナ達の行動はただ単に『魔王軍の残党がホン・ソウザンを襲撃した』というだけであり、交渉など夢のまた夢と化すだろう。
それに何より、目の前の戦士達は戦場に赴き、生命を懸けて戦うのだ。自分の本当の目的を隠したまま戦わせるのはあまりにも惨いと思えた。
「私の命に背く者は……」
そう言いながら、マナは氷のように冷たい視線を足下で蹲る影光に落とした。
「ぎぃやあああああっ!! た……玉がぁぁぁぁぁっ!? ち……ち○ちんが爆発するぅぅぅぅぅっ!? やめろ……やめてくれえええええ!!」
悶絶する影光を見て魔族一同がドン引きする中、ガロウが前に進み出た。
「フン!! お前の望みなど知った事では無いが……俺の軍団は強者との戦いにしか喜びを見出せない戦士の中の戦士ばかりだ……俺達が求めるものは強敵のみ!! まぁ……惰弱な者など一人もいない俺の軍団はともかく、他の軍団はどうか知らんがな?」
ガロウの煽りに対し、キサイは不敵に笑い、ヨミとレムのすけはキレた。
「フッ……ご心配無く、僕の隊は、優秀な頭脳の持ち主ばかりなので、そもそもマナさんの命令があろうが無かろうが、今の自分達に非戦闘員まで相手にする戦力的余裕など無いという事は理解しています。僕の隊にそんな不要な労力を割いて勝率を下げるような頭の悪い真似をする人はいませんよ」
「ふざけんなこのワンコオヤジ!! このヨミ様の軍団だって、アリやノミを踏み潰した事を自慢気に触れ回るような、うすみっともない奴は一人もいやしないわよっ!!!」
「グォガァァァッッッ!! ゴゴァグギ!!」
マナに対する四天王の見事なアシストだった。
こうまで言われてしまっては、民間人に手を出してしまったら『惰弱で、頭が悪い上に、うすみっともなくて、挙句の果てにはゴゴァグギである』というレッテルを貼られてしまう。
それはコテコテの大阪人が『全然おもろない奴』呼ばわりされるのに匹敵するほど、魔族にとって耐え難い屈辱なのだ。
四天王もマナが特訓していた三日間、ただ無為に過ごしていたのではなかった。ガロウ達は、二人の特訓に呆れつつも、
ガロウは配下の将兵に『俺達が狙うのは大将首だ、雑魚には目もくれるな!!』と叩き込み、
キサイは配下の将兵に『民間人などに構っている戦力的余裕などありません』と道理を以って説き、
ヨミは配下の将兵を『私の命令は絶対よ』と半ば洗脳に近い形で調教し、
レムのすけは配下の将兵に『ズグォム、ゴッフ!!』と指示していた。
マナから『今後の交渉の為にも、民間人には手を出させないようにして欲しい』と言われていた四天王は、自分達の率いる軍団にさりげなく根回しをしてあった。マナの……そして何より影光の大望である『魔族と人間が共存出来る天下』を作る為に。
混乱が収束したのを見てとったマナは再び一同に告げた。
「戸惑う者もいるでしょう。ですが、これだけはハッキリしています。私の望みに賛同しようがしまいが……今ここで暗黒教団を叩き潰しておかなくては、我々に生きる道は無くなります。戦うのです……己の未来を自らの手で勝ち取る為に!!」
居並ぶ魔族達から津波のような鬨の声が上がった。それを見たマナは満足気に頷いた。
「よろしい、それでは配置に戻り……決戦に備えよ!!」
そう言い残すと、マナは自室へと戻って行った。
その後、集まった魔族達が各々の配置に戻っていくのを見届けた影光と四天王はマナの部屋へと向かった。
そして、部屋の前までやって来た時、影光は異変に気付いた。
扉の向こうから “ガチャガチャガチャガチャ!!” と異音が聞こえる。
「おい、どうした!?」
影光は慌てて扉を開けた。