魔王剣、唸る
154-①
〔ううむ……!!〕
ネキリ・ナ・デギリは思わず唸った。座興のつもりがまんまと鞘から抜かれてしまった。
微塵も予想していなかった……まさか、かつての主である魔王シンに比べれば塵に等しいような弱者に……あんな方法で鞘から抜き放たれるとは。
〔フン、見事だ……と言ってやりたい所だが、貴様は──〕
「うるさいッッッ!!」
〔ぬわっ!?〕
ネキリ・ナ・デギリは影光に投げ捨てられてしまった。
「今はそれどころじゃねぇ!! 皆……大丈夫かーーーっ!?」
あちらこちらでブッ倒れている魔族達は、倒れたまま片腕を上げた。
「バカ野郎……死ぬかもしれないのにどうしてそんな無茶を……」
影光の問いかけに誰かが答える。
「ヘッ……アンタは影魔獣の大群に囲まれて殺される所だった俺達を救いに来てくれたからな……」
「お前の無茶に比べればこれくらい……」
「ああ……でも、マジで死ぬかと思ったぜ……」
言葉を失う影光の前にマナがやって来た。マナも影光を助ける為に救援の輪に加わった為に、美しい髪は乱れに乱れ、顔も汗でドロッドロであった。
「はぁ……はぁ……か、影光さん……!!」
「マナ……お前も俺を助ける為に……!?」
「影光さん……貴方に言っておきます。お譲りした剣を……決して鞘に納めないでください!!」
「え……? いやいやいや、だってさっきは『決して鞘から抜かないで下さい』って──」
「また鞘に納めてしまったら、再び剣を抜く時大変じゃないですか!! 全く……魔王の娘と言えど、私も女の子なんですからね!! こんなぐっちゃぐちゃに乱れた恥ずかしい格好で人前に立たせないで下さい!!」
「ご、ごめんなさい……」
マナにめっちゃ怒られて、まるで子供のように “しゅん” としている影光を見て、魔族達は “どっ!!” と笑った。
「皆……本当に悪かった!!」
影光は周囲をぐるりと見回すと、深々と頭を下げた。
「良いって事よ!!」
「そうそう、アンタは俺達の命の恩人だからな!!」
「こんな所で命の恩人を死なせたら男が廃るってもんよ!!」
「ま、コレで貸し借り無しだぜ?」
「み、皆……本当に……本当にありがとう!!」
再び深々と頭を下げた影光の下に、今度は四天王がやって来た。
「馬鹿が……ヒヤヒヤさせやがって」
「グォガ……ダイ……ジョウブ……カ?」
「軍師の意見はちゃんと聞いて下さいよ、もう!!」
「全く、余計な心ぱ……じゃなくて、手間かけさせるんじゃないわよ、このバカ!!」
「本当にすまん!! で、でも……お前ら誰一人として俺が魔王を名乗るのに賛同してくれなかったじゃねぇか!!」
それを聞いた四天王は「当たり前だろ……」と言わんばかりに盛大に溜め息を吐いた。
「良いですか影光さん? キョウユウを討ち取ったからといって、即座に影光さんが魔王を名乗ったりしたら、『影光さんだってキョウユウを殺して魔王を名乗っているのだから、自分も影光さんを殺して魔王を名乗ってやる!!』という野心を持つ者が現れてもおかしくないんですよ? 魔王を名乗るなら、まずはしっかりと足場を固めてからです。今はまだその時ではありません!!」
「キサイ……ちゃんと俺の事を考えて反対してくれてたんだな」
「僕は始めから、『影光さんに天下を奪らせる為に知恵を絞る』と言ってきたはずですけどね?」
「ゴガァッ!! グゴゴゥ!! ガギィグ!?」
「そうだな……お前の言う通りだ、ゴメンなレムのすけ」
「グォム……イイゾ……ユルシテヤル」
「私は単純にアンタなんぞに魔族の頂点面されて、上から命令されるのが何か腹立つから反対しただけよ?」
「えぇ……いや……お前らしいけど!!」
「さっきのだって……アンタに流れ込む力を横取りして、この私が魔族の頂点に立とうとしただけなんだからね!? いいわね!? 変な勘違いしたら殺すから!!」
「お、おう……で、ガロウはどうして反対して──」
“バキィッ!!”
質問した瞬間、影光はガロウに思いっきりブン殴られた。
「ぐはっ!? いきなり何しやがる!?」
「影光……お前は、お前の元となった人間と闘って敗れた時、『奴を倒すまでは、臣下ではなく、仲間でいてくれ』と言ったな……『魔王』とは全ての魔族の頂点に立つ者の称号だ……俺との男の約束を果たす前に、勝手に俺の上に立つ事は許さんッッッ!!」
「ガロウ……そうだな、約束が違うよな……悪い」
「フン……分かれば良い」
ガロウに助け起こされた影光に今度はマナが話しかける。
「それで……影光さん、これからどうするおつもりですか?」
「ああ、まずは……暗黒教団をブッ潰す!!」
影光の『暗黒教団ブッ潰す宣言』に謁見の間は騒然とした。
「暗黒教団の本拠地は独自の情報ルート(=ヴァンプ達)から仕入れて判明しているしな? 本拠地を急襲して……一気に叩き潰す!!」
影光の言葉に周囲の魔族達は息を飲んだ。無理もない、今まで散々に苦しめられた影魔獣共の巣窟を攻めようというのだ。
騒つく魔族達を前に影光は力強く言った。
「心配するな!! 俺には魔王剣ネキリ・ナ・デギリが…………ん!?」
影光の視線の先では、ネキリ・ナ・デギリが謁見の間の壁に深々と突き刺さっていた。
「お前、何でそんな所に……?」
〔貴様が我をぶん投げたからな〕
「あっ……」
影光は思い出した。投げた……確かに投げていた。
「なぁ……もしかして壁から抜こうとしたら、また《審判の呪い》発動したりする……?」
〔ああ……もちろん発動するぞ? バッチリな!!〕
「ど……どうしよう皆……」
「「「「「「「「な……何やっとんじゃーーーーー!?」」」」」」」」
「ひーっ!?」
ちょっとした冗談のつもりだったが、魔族達にボコボコにされている影光を見て、(面白いから、もう少しこのままにしておこう)と思うネキリ・ナ・デギリであった。




