聖女、唆(そそのか)す
109-①
聖女シルエッタに《転生の儀》の実行を進言されたホン=ソウザン領主にして、暗黒教団教皇……ヴアン=アナザワルドは露骨に狼狽した。
「し、シルエッタよ……何を申すか!? 今はまだその時では……」
「何を恐れる事がありましょう? 転生の儀によって、教皇陛下は永遠不滅の肉体を経て、至高の存在へと転生するのです。そうすれば、陛下が継承されるべき王位を奪った偽国王ジョージ=アナザワルド三世とその手下共も、この地に蔓延る穢らわしき魔族共も……全ての悪しき者共をこの地上より一掃する事が出来ます……」
「し、しかし……」
ヴアン大公の不安を煽るようにシルエッタは告げる。
「……ロイ=デスト一党は今すぐにでもここに乗り込んで来るでしょう」
「ば、馬鹿な……乗り込んで来た所で何とする!? 例え乗り込んで来たとしても、儂は……儂は国王の叔父なのだぞ!! いくら奴が王国軍最強の将だろうと、王族であるこの儂に手を出せるわけが……」
「今頃、彼らは怒り狂う狼の群れと化している事でしょう……果たして……怒り狂う暴獣に人の言葉や道理が通じるでしょうか?」
「なっ……そんな、まさか……いや、死神と呼ばれる奴ならば……」
「何も心配する事はありません、教皇陛下」
慈愛に満ちた微笑みの裏で、シルエッタは完全にブチギレていた。自分で脅しておきながら、シルエッタは取り乱すヴアン大公を宥めるように、励ますように、優しく語りかける。
実際には、ロイ=デストが乗り込んで来るとしても、いきなり突撃して来たりはしないであろう事をシルエッタは確信していた。
シルエッタは過去にロイ=デストの戦歴を調べたが、挙げた首級の圧倒的な数や、陥落した城の堅固さなど、戦果の華々しさに目を奪われがちだが、注目すべきは……自軍の被害が極端に少ない事だ。
いくら最強の戦士を集めた死神部隊であろうと、無闇に突撃すれば被害は免れない。彼らは決して暴れるだけの猛獣などではない……凶暴と言われる猛獣ほど、存外、繊細で緻密な狩りをするものだ。
「教皇陛下は天に選ばれしお方……何卒、貴方様の御威光で民を導き、遍く世界を照らして下さいますよう」
「…………わ、分かった。転生の儀を執り行う、準備を致せ!!」
魂が半分抜けたかのように、「殺されてなるものか……」と不安げに呟きながら去っていくヴアン大公の背を見送ったシルエッタは、ようやく本心からの微笑みを見せた。
「ふふふ……貴方には実験台となって私の計画の進行を狂わせた罪を償って頂きましょう……教皇陛下」




