死神、頭を下げる
105-①
ただ単にビビっていただけなのに、アギョウさんとウンギョウさんの勘違いでテストに合格してしまった武光達は、改めて店内に通された。店内には数名の店員がいたが、揃いも揃ってアギョウさんばりに厳つい連中だ。威圧感が半端ない。
この重苦しく、荒々しく、殺気立った店内で、まともに買い物を出来る客などいないだろう。当然ながら、店内に……客はいない。
武光達はアギョウさんとウンギョウさんに、パン屋の二階の応接室に通された。
「もう少ししたらロイ将軍が来られる、ここでしばらく待て」
応接室はそれなりに広く、入り口から向かって正面、部屋の中央に長細いテーブルが一脚置いてあり、そのテーブルを挟んで向かい合うように三人がけのソファーが一脚ずつ、そして、向かって正面、テーブルの奥側に一人掛けのソファーが置いてある。
入り口から向かって左右の壁際には屈強な店員(?)が三人ずつ、直立不動で立っている。
アギョウさんに座るように促され、武光達はソファーに腰掛けたものの、部屋に入ってからずっと、男達にギロリと睨まれっぱなしの武光は、隣に座ったナジミに小声で話しかけた。
「いや、コレどう見てもヤーさんの組事務所やんけ……部屋入ってからずっと睨まれてるんやけど……」
「う……たしかに威圧感が凄いですね」
〔武光、さっきは大丈夫って言ったけど、コレ……ヤバイかもしれないな〕
イットーの言葉にナジミも頷く。
「そうですね……よくよく考えたらロイ将軍は武光様の事を許していたとしても、周囲の人達が武光様をどう思っているか分かりませんしね……」
「オイ!? って言うか、お前よう落ち着いてられるな!? 言うとくけど、お前も危ないんやぞ!?」
「大丈夫ですっ、私には絶対に守ってくれる勇者様が付いてますから!!」
ナジミは武光にニコリと微笑みかけた。
「あのなぁ……」
武光と反対側のソファーに座ったフリード、クレナ、キクチナの三人は武光とナジミのやりとりを見て、小声で話し合った。
「姐さんまた出してるぜ、好き好き光線」
「うん、よくこんな緊迫した空気で出せるよねー」
「き、肝が座ってます」
三人の視線の先では武光が頭を抱えていたのだが……
〔ちょっとアンタ達!! さっきから何私のご主人様にガン飛ばしてんのよ!! やんのかこらーーー!!〕
「ぎゃーーーーー!? ま……魔っつーーーん!?」
魔穿鉄剣の爆弾発言に武光は凍りついた。男達の視線が更に鋭く厳しいものとなり、武光が大慌てで魔穿鉄剣の柄頭を覆い隠したその時──
「待たせたな……」
「は、ははぁーっ!!」
部屋に入ってきたロイを見て、武光は即座に土下座した。
流石に時代劇俳優……それも百戦錬磨の斬られ役である。この国で最も多くの魔族を屠った暴れん坊の将軍を前に、土下座に移る際の動きには一切の無駄が無く、手慣れまくっていた。
「……何の真似だ?」
「すすすすんませんでしたーーーーー!! 殺さんとって下さい!! 殺されたら死んでしまいます!! い、命ばかりはお助けをーーーーー!!」
ビビリまくりの武光を見て、ロイは大きな溜め息を吐いた。
「唐観武光……お前は大きな勘違いをしているぞ……とりあえず座れ」
「は、はいぃ……」
ロイに促されて、武光は恐る恐るソファーに腰掛けた。
「そう畏るな、まぁ……これでも食え」
武光の前のテーブルに、ロイはバスケットを置いた。バスケットの中には焼きたてのパンが入っていた。
「こ、これは……!?」
「……私が焼いた。どうした…………毒など入っていないぞ? もし仮に私がお前に害意を持っているのなら、毒などというまどろっこしい手を使わず……直接捻り殺す……だから安心しろ」
コイツが言うと、冗談に聞こえない。だが、手をつけなければそれはそれで無礼討ちで捻り殺されるかもしれない。(ええい……ままよ!!)と、武光は意を決してロイの焼いたパンにかぶりついた。
「う……うんまぁぁぁぁぁーーーーーっ!?」
武光のリアクションを見てロイは自慢げに胸を張った。
「フッ……当然だ。完璧にパン屋になりすます為に、我らは命がけで地獄の特訓を積み、そして完成したのがこの《最強パン》なのだからな」
「いや、お前ら努力の方向性が完全に間違ってるって……」
「さて、少しは落ち着いたか?」
「お……おう」
「まず最初に言っておく……私はお前に危害を加えるつもりは無い」
「え~~~? ホンマかぁ〜~~?」
「テメェ……将軍に向かって……!!」
「……やめろ」
未だに疑いの眼差しを向ける武光に、周囲の男達は気色ばんだが、ロイはそれを手で制した。
「お前は……私の命の恩人だ。お前が元の世界に帰ってしまったと聞いて、私はお前に礼を言えなかった事をずっと悔やんでいたのだ」
「シュワルツェネッ太……」
「改めて礼を言う、ありがとう……唐観武光」
王国軍最強の将軍が深々と頭を下げた。
それを見たフリードとクレナは顔を見合わせた。
「マジかよ……あの白銀の死神が頭下げてるぜ……」
「隊長って……もしかして凄い人なの!?」
「そうですよ? 武光様は地味に凄い人なんですよ?」
唖然とする二人を見て、ナジミはクスリと笑った後、武光に笑いかけた。
「ほらー、大丈夫だって言ったじゃないですか、ええと……そう、アレです『雨降って、地あんだーていかー』ですよ!!」
「……『固まる』や『固まる』……はぁ」
「唐観武光よ……」
「ん?」
「何か礼がしたい」
「いや、そんなん別にええって」
「良くない、言え……言わねば殺す!!」
「いいっ!?」
「フ……冗談だ」
武光は大きな溜め息を吐くと、ミナハを指差した。
「ほんなら……この子をお姫様抱っこしてやってくれ」
「たたた隊長殿!?」
「……そんな事で良いのか? 嫌いな奴の手足を切り落としたりしなくて良いのか?」
「さっきからいちいち発言が恐ろし過ぎるねんて!? ええから早よやれや!!」
「良かろう、ミナハ嬢……失礼する」
「ひゃあっ!?」
ロイはミナハをお姫様抱っこで抱き上げ、そしてミナハは……恍惚の表情のまま失神した。
「フリード、クレナ、キクチナ……別の部屋でナジミと一緒にミナハを介抱したってくれ」
そう言って武光はナジミに目配せした。それを見たロイは部屋の中にいた男達に命令した。
「良かろう、お前達……客人を休憩室にお連れしろ、皆でな」
「全員で……ですか?」
「そうだ、行け」
ナジミ達とロイの部下達がミナハを介抱する為に部屋を去り、部屋には武光とロイだけが残された。
「さて……人払いしてやったぞ?」
「おう、ほんなら教えてもらおうか……ヴァっさんの情報を」