閑話 望まれた英雄
絶叫と怒号が飛び交う戦場。
地面の土は夥しい血と臓物で紅く黒く染まり、此処が地獄では無いのかと錯覚してしまう程だった。
「……深く…鋭く…冷酷に"レイゼンド"」
幾度と無く振るい、本来の斬れ味を失った愛剣に魔法による仮初の刃を与える。
もうこの行為も八度目。そろそろ剣本体が限界に近い。
「ははっ…何時見ても、君に…君らしくない魔法だね…」
「そうですね……」
「全く、僕は嫌になるよ…ぐふっ、王のクソッたれも金に汚い貴族共も…あいつらは他人の幸福なんて祈っちゃいない。自分の幸福しか求めてないんだ。そんな奴らに人の上に立つ資格何て物は無い…」
「そうです…ね」
本来であれば彼の失言を咎めるが、今はただひたすらに耳を傾ける。
「今思えば…僕は何の為に戦ってたんだろうか?……あぁ、そうか君だったよ。僕は君の行く末を近くで見ていたかったんだ。…人々を思う、その曇り無き正義と勇気。僕には無い透明さだった…ぐぁうぅ…」
「……もう、喋らない方が良いです」
今も彼は腹に空いた大穴と失った左腕から血を失い続けており、火傷も酷い。左足はギリギリだが右足は完全に炭化してしまっている。
この状態でも彼が未だ生きているのは、彼の並外れた実力が即死を避けた事と僅かながら残っていた魔力を命を繋ぎ止めるのに使っているからだろう。
だけど、その魔力も尽き掛けている。
「僕は君を見ていて、美しいと思った…」
「口説いて…いるんですか」
「くはは…君が冗談を……はははっ最高だ。…君は人々を思い幸福へと導く為に己を犠牲にする。使う魔法は冷酷無慈悲、強さも桁外れだ。まさに…修羅。そんな修羅が望むの物が平和と人々の幸せ…と。僕はそんな歪な君が尊くて哀しくて美しくて……好きだった」
「……」
何時も以上に饒舌な彼に私は何も言えない。
「君は…誰がなんと言おうと、その血塗られた正義の道を進み続けるのだろうね。……だけど、叶うなら僕は………君の…僅かでも良い…幸せを……のぞ……む…よ…」
「……おやすみなさい」
剣を握る力を緩め、彼の亡骸へ近寄る。
そして懐から取り出したそれを胸の上に置く。
「貴方が豚みたいって言ってた、コレじつは猫なんです。下手糞なのは分かってました。でも頑張って作った自信作なんですよ?だから…だから貴方にあげます。特別ですよ」
それだけ言うと立ち上がり再び剣を握る手に力を込める。
「…力を"ボロス"」
魔法による肉体の強化を行う。
肉体のリミットを外し限界を越えた力を手にした代償として身体が悲鳴を挙げるがいつもの事だ。
大地を踏み砕き一足飛びに前線へと突っ込む。
慣性そのままに敵軍へと飛び込み刃を振るう。
魔法により斬れ味を増した剣は容易く人間の肉を骨を首を四肢を切り飛ばす。
「このッ…バケモノがッ!!」
私を叩き割るべく巨大な戦斧を振り下ろす巨漢。左右からは同士討ち等構うかとばかりに剣を突き刺そうとする敵兵。
一人前線へと突出し過ぎ気が付けばいつの間にか囲まれてしまっていた。
それにしても…私はまたも望まれてしまった。幸せを。
私が幸せになれば彼等は救われるのだろうか。
「寂れ"イレイズ"」
私の言葉と魔力を呼び水に生まれた凶刃が右から迫る男の頭を内部から破壊し尽くす。
そして、強化された身体から繰り出される蹴りが巨漢の身体を抉り吹き飛ばす。
左から迫る刃を身を捻り交わし剣で一線。
彼は私を歪だと言った。だけど彼も何処か歪んでいたと思う。
私が思うに、闘争の中に身を置く者は人として大切な何かを何処か遠くに置き忘れてしまっているんだと。
そしてその"何か"が何なのか分からない。
だから歪んでいる。
まだ息のある巨漢に留めを指すべく近寄る。それを阻止するべく剣を振るって来た敵兵の頭に容赦なく剣を突き入れ振り抜きざまに更に一人斬る。
「やっ…!?やめっ…!!」
そして巨漢の頭を踏み砕き留めを刺す。
果たしてどうすれば正しいのだろうか。
誰もが幸せに…私の望むそんな世界は実現出来ないのだろうか。
暴力によって生まれた平和は本当に平和と呼べるのだろうか。
酷使し過ぎたせいで魔法無しでは殆ど使い物にならなくなった愛剣を捨て敵の持っていた中で一番良さげな物を拾う。
「ッ…!?」
突如として上空から敵味方問わず降り注ぐ幾条もの光。
今自分が立っている場所も例外では無く即座に飛び退くが左肩が少し焼けた。
周囲で光の直撃を受けた味方や敵が悲鳴の一つすら上げる暇なく絶命しているのを見ればこの程度で済んで良かったと言える。
それにしても光魔法は厄介。早々に消さないと。
そして無差別な広範囲魔法を放ったと思しき人物を敵の後方に確認し駆ける。
あの礼装は教会の…間違いない。
やはり、分からない。もう何回目か。今日も答えは出ない。
平和の為に私はこの手を血で染める。
それが人々の幸福であり私の幸福。
それで良い……?良く無い。
だって、敵は魔物なんかじゃなく私達と同じ人間。
彼等にも大切な人は居る筈。
だけれど、殺さなければ私の大切な人達が傷付く事になる。
納得出来なくても永遠の思考から脱するにはそうやって無理矢理納得するしかない。
「くっ…!!貴様はッ!!」
第二波の準備をしていた名も知らぬ敵兵は単騎突っ込む私に狙いを変え光の柱を降らせる。
一本目、二本目と躱し、三本目は剣の腹で角度を変え打ち払う。
四本目は踵を焼き、五本目は魔法で防ぐ。
「甘いッ!!」
四本目の時点で体制を崩していた私の行動を制限する形で降り注ぐ六本目と七本目。
「地を穿ち去来する蹄"グリースダイン"!!これで終わりだッ!!安らかに逝きなさいッ!!」
更には駄目押しとばかりに敵兵は六本目、七本目に合わせて別の魔法も発動する。
「力を"ボロス"!!」
何かがちぎれる嫌な音と共に痛みが駆け巡るが押し殺す。
焼けた踵に構うこと無く地面を踏み砕き敵へと突っ込む。
前方から飛んでくる石の槍が脇腹と太ももを貫き激痛が襲うが、それでも止まらず駆け敵を目指す。
敵が目を見開くのが見えるがもう遅い。
「化け物がァァ!!」
敵も何とか剣で防ごうとするが予想外の事に間に合わず成す術無く凶刃を首に受け絶命する。
「ぐっ……」
脇腹と太ももに受けた傷もそうだが、それ以上に肉体の強化を重ね掛けしてしまった事によるダメージがでかい。
こんなにも荒っぽい使い方をして、私はそう長くは生きれないでしょうね。
……多くの命を奪っている訳ですし、それも当然ですかね。
怒号飛び交う戦場の真っ只中、自分が今立っている地面とは対照的な空を呆けた様に眺めていると数人の味方の兵士が駆け付けてくる。
「大丈夫ですかっ!?直ぐに治します!」
先程の無差別な範囲攻撃が幸いし、敵の動揺の隙を突いての突破が叶ったという小隊の治癒魔法使いが傷を直してくた。
「ありがとうございます」
「いえ、貴方は我々の希望!当然です!」
希望…か。
「おぉ、こんな所に。今日は偉くやる気だな?どうしたんだ?」
大剣を肩に担ぎ調子良く尋ねて来る男。
「***は最後まで饒舌でした」
「…そうか彼奴は先に逝ったのか」
それだけで全てを悟ったのか哀しさを滲ませる男。
「彼奴は…最後どんな顔してたよ?」
「……良い笑顔でした」
「そうか」
二人は何時も親しそうにしていた。
親友と呼べる間柄だったのだろう。
「私は今から敵本陣へ単騎で突撃します」
「無茶をするな…今は身体を休めろ。死ぬぞ…?」
「分かっています。でもこの戦争で、これ以上無駄な犠牲を出さない為にも早々に終わらせたいんです」
「そうか……それがお前の答えか。……司令官への報告は俺がしといてやるよ」
「ありがとうございます」
「帰ったら飯でも行こうや。彼奴のお気に入りだった店にでも」
「はい、行きましょう」
「じゃあな」
もう、話す事は無いと二人は互いに背を向け歩く。
「行ったか……」
女が単騎戦場へと赴いたのを見送った男は、その厳つい顔に似合わず顰めっ面をする。
俺は最低だな…彼奴は俺の娘と歳が殆ど変わらないってのによ。
彼奴は優しい、誰よりも平和を望んでいるはずなのに殺しの才覚ゆえに周りから英雄等と持ち上げられ理想と相反する事を望まれる。
そして、彼女は矛盾した理想の果てに殺戮の道を選んでしまった。
それの何処が英雄か。
俺達大人が英雄になる事を望み彼女にとっての平和を見せ続けている。
「くそったれがッ!!」
鎮静効果があると言われる煙草を殆ど吸わずに握り潰し悪態を吐く。
敵の本陣があると思しき方向へ必要最小限の戦闘を行いながら迎う道すがら考える。
近年敵国からの攻撃の勢いは凄まじい物がある。
情報によると別の世界から来たという人間により技術革命が行われ国力を上げているとか。
戦場特有の血と鉄の匂いを嗅ぎながら思案する。
それに最近は魔物の活動及び魔王の活動も活発化して来ている。
これから世界は激動の時代に突入するだろう。
何となくだがそんな予感がする。
私の行いは本当に平和へと向かっているのだろうか…?
だけど幾ら先の事を憂いた所で私に出来る事には限界がある。
だから私は、私に出来る平和への最善手を打つ。
それが、英雄と呼ばれる者の役目。
「楔を砕きし梟雄"バルディンドロス"」
そして、その戦争は例年にまして大規模な物であったに関わらず異例の速度で終戦を迎えた。
多くの人々の犠牲を礎に。




