#一匹目 ちゅートリアル
「うぅ…」
聞き慣れた自分の声で、苦しそうな呻き声が聞こえると共に俺の意識は覚醒した。
重たい瞼を開け、目の前の光景が眼球を通して脳へと伝わって来る。
しかし寝起きで脳が働いていないのか、それとも目の前の光景が理解不能なのかは分からないが頭の中には大量の疑問符が浮かんでは消える。
「え…ここどこ…だ?」
次第に脳も本調子を取り戻し、現在視界に映っている光景を整理し終わり出て来たのはそんな言葉だ。
俺の目に映るのは岩肌。ただそれだけだ。
ただそれだけなのに理解不能である。
自分の家の部屋の壁紙を岩肌に変えた覚えもなければ、俺のオフィスが洞穴の中なんてことも無い。
つまり普段訪れる場所にこんな場所はない。
なのに俺は今なんでこんな所にいるのだろうか?
そこまで考えた所で俺はある可能性に閃く。
つまり、これは妙にリアルな夢なのだと。
そうと分かれば話は簡単だ。夢なら夢で覚めるのを待てば良い。
まだ身体に残業の疲れが残っているのか倦怠感を感じるのでその場で横になり、ヒンヤリとした岩の床を背にもう一眠りする事に決めた。
夢の中でも寝るというのはなかなかに奇妙な話だが、夢を見るという事は脳が稼働しているという事。
その分脳は休めないので夢を見るのを止め脳を休めるのは当然である。その為にも俺は夢の中で意識を手放す。
そして、それから暫くして俺は再び目を覚ました。
身体の倦怠感は完全に消え、体調はすこぶる快調。
「うん…?」
の筈なのだがどうにもおかしい。
疲れの取れ具合と体感によれば十数時間はぐっすりと眠っていた事に違いはない。
だが視界に映るのは先程見た夢の光景ときた。
はて、どうなっているんだ?
もしかして…これは現実か…?
何故夢が冷めぬのかと思案している内にその可能性に気が付いてしまう。
自分の周りに広がる岩肌に触れた時のゴツゴツとした感触。土臭くて湿っぽい匂い。自分の腕を反対の指で摘めば感じる痛み。
どれもが普段感じている現実の感覚と同じだ。
次第に考えれば考える程これは現実なのだという確証が頭に浮かぶ。
これは…参ったな。
今日は会社は休みの為問題は明日だ。
明日までにこのよく分からん場所から出て会社に出勤しなければ不味い。
非常に面倒な事になるのはまず間違いない。
そうと決まれば早速頭を働かせる。
まず始めに何故自分はこの様な場所にいるのか。
それを知る為にも昨日何をしていたのか記憶を掘り返す。
確か昨日は、今日が休みだから少しハメを外して湖畔の夢なるバーへと立ち寄った。
そこで二時間ほどお世話になって店を後にした。その後、コンビニで今日の分の昼飯なんかを買って…
その後は…?
どうもコンビニを出てから自宅までの記憶が曖昧だ。
微かに残る記憶の残滓によれば、帰宅途中歩いていたら急に酔いが回ってきて…それで、えーと確か…?
ふむ、どうやら俺は店を出て歩いて帰る際に酔いが回ってしまいフラフラとこんな変な場所に入り込んでしまった訳か。
原因も分かった事だし、何時までもこんな湿っぽい場所に留まる意味は無い。さっさと入って来た道を探して自宅に戻ろう。
明日からはまた地獄が始まるんだ、少しでも身体を休めないと乗り切れない。
さて、帰るかと立ち上がろうと地面に手を着いた所で気が付く。
岩肌の地面には俺が今朝方コンビニで買ったであろう商品が入った袋が転がっていた。
「おっと、忘れる所だった」
それを手に取り立ち上がると、辺りを見渡す。
周囲には何の光源もないが、視界は真っ暗でなく薄暗い。
となれば、俺が入ってきた入口から光でも差し込んで来ているのだろう。
薄暗く見にくいが、俺が今居る空間はおおよそ十畳くらいの正方形をしている。
正方形…?やけに人工的だな。普通自然に正方形の空間など発生するか?
てことは、此処は誰かの家の地下室とかそんな感じか。
先ほどまでは全く検討も付かなかった為か、少し不安であったが、ここが何処が凡そ分かった事で安堵する。
もし、持ち主に見つかったら素直に入った事を謝らないとな。
そんな事を考えつつ、レジ袋を片手に正方形の室内を探索する。
壁に横穴か階段があるか、天井か室内に地上への階段があるはずだ。
そうして十分ほど念入りに室内を調べ上げ、俺は絶望的な結論に至った。
横穴も無ければ階段もない。上下に加え全方位くまなく調べたが岩肌以外には何も無かった。
つまり此処は完全なる"密閉空間"であると。
しかし、そうなるとおかしい。俺がここに存在する以上、何処かに入口がある筈なのだ。
可能性としては入口が何らかの方法により隠されている。又は何かの拍子に崩れて入口が埋もれてしまったかだ。
その可能性を信じ、更に一時間かけ念入りに室内を調べ尽くす。
そして、導き出された結論は一時間前に至った結論と変わらぬ物であった。
実はこの岩肌は一部スライド式になっている。
等と考え片っ端から上下左右に力を加えた。
それも無駄に終わり、何処かに入口が出てくるボタンがあると考え部屋に存在する岩肌の突起を押しまくった。
どの考えも惨憺たる結果に終わり、現在は最後の希望であるスマホを起動している。
仕事中はスマホ厳禁の為、何時も電源を落としている為すっかりと存在を忘れていた。
しかし、そんなスマホも今の俺にとっては最後の希望である。
電源ボタンを長押しすれば画面に眩しいアイコンが浮かび起動し始める。
一分程で電源が付いたので早速位置情報アプリを開きここが何処なのかを調べる。
少しの間を置いた後表示された光景を見て俺は溜息を漏らす。
スマホの画面は真っ暗で中心に白い正方形が存在し、白い正方形の枠内に"unknown"と書かれている。
つまりは此処は何処か結局分からないという事だ。
それでも回線は繋がっているみたいなので、誰かに連絡を取ろうと、通話アプリを開く。
アプリを開けば、登録していた筈の職場の上司や同僚、後輩含め、果ては少ないが居るには居た友達の連絡先の一切が消えていた。
「はぁ…!?何だよ、これ…」
通話アプリは諦め、直接電話番号を打ち込む。
素早く覚えていた会社の同僚の電話番号を打ち込み電話をかける。
スマホ越しに、ガチャと電話に出る音が聞こえ少し安堵する。
「あぁ、隆信!良かっ…」
「おかけになった電話番号は現在、"使われておりません"」
「……は?」
おかしい、おかしいおかしい…
そんな筈はない!!
あいつの電話番号は入社したての時に聞いた時に聞いて以来忘れたことは無い。
数字に統一感がありすんなりと覚える事が出来たのだ。だから間違える事はまず無い。
てことは隆信がスマホを買い換えたか?
それも無い。ついこの間、新機種に変えていたし昨日も仕事の事で電話している。
その後、何度か思い当たる電話番号を打ち込み電話をかけたが結果は全滅。
気が付けば、110番へと打ち込んでいた。
仮に今までかけた電話番号が全て間違いであったとしてもこれだけは間違う筈が無い。
「おかけになった電話番号は現在、使われておりません」
続けて119番にもかけるが結果は同じ。
悲惨な結果と至った結論に絶望し俺の腕は力を失い床へと落ちる。
スマホが少し離れた場所に転がるが今はどうでも良い。
何でこんなことになっているのか。
もう、訳が分からない…