憧れ
暖かい風が吹く。
いつの間にか冬は終わって、今年も春がやってくる。
春の暖かさは好きだ。なんというか夢見心地で、今日も少しだけ勇気をくれる。
フェンスの1枚向こう側。
私は、勇気を終えるための勇気を踏み出した。
はじまりは5年前の春だった。
忙しかった3学期も終わりを迎え、待ちに待った春休み。本来なら学校で勉強しているはずの、平日の午前11時。
普段では味わえないこの貴重な時間に、普段では見ることのできない貴重なくだらないワイドショーを、普段では再現できないような芸術的とも言える視聴意欲で流し視していた。
正直に言うと暇だった。まだ10歳の私には出かけようなどというアウトドア意識やお金もなく、せいぜいカレンダーとテレビを目線で往復する程度の運動で精一杯だった。
「続いてはエンタメです。今話題の恵比寿川 京子さん主演ドラマ…」
ほらまたどうだっていいことを…
その瞬間を、私は1秒だって忘れた事がない。
美しい。あまりにも美しかった。
透き通るように白い肌に大きな瞳。果ては声までも。
魔法にかけられたように私は動けなくなり、画面に穴が空きそうなほどまさに「釘付け」だった。
映し出されたのはほんの数秒だが、私の人生を変えるには充分すぎる時間だった。
そこからの春休みはあまり長くない。ただひたすらに恵比寿川の情報を集め。ドラマのスケジュールを確認・録画し、始業式の前日まで夜更かしして彼女を見続けた。
決して苦ではない夢心地だった。
そして同時に、当然のように憧れたのだ。彼女のようになりたいと。
幼かった私にこの秘密を守ることは難しく、両親や仲の良かった友達に憧れを話し続けた。
みんな笑顔で応援してくれた。嬉しかった。私もいつかああなるのだと。
そう、思ってしまった。