“深淵の魔族”
金色の欠けた月に古城が照らされている。
そんな古城を見上げて私は思った。
「帰りたい……」
「さあ、行くぞ」
いかにも何か恐ろしい化け物が出てきそうな城をを見上げて私が呟くと、襟首をクロヴィスに掴まれて強制的に進む事になる。
でも私としては、ギュッと杖を抱きよせるように握り締める。と、
「あん、エリ、そんな風に強く抱きしめられたら私、困っちゃう」
杖の妖精リリスがそう頬を赤らめながら私の周りを飛んでいるが、
「だ、だって怖いし。うう、この重そうな扉だって、キィって」
錆びた入口の金属の扉はたてつけが悪く風で揺れて高い音が出ている。
その不気味さに私がごくっと唾を飲み込んでいると、クロヴィスがその扉をけり上げる。
大きな音を立てて、金具の外れた金属の扉内側に倒れる。
ドスンと大きな音が聞こえて入口が出来るが、
「全く、片手で開けるにはこの扉は大変そうだったからな。片手はエリを捕まえておくので手を放せないし」
という理由で、扉を蹴り倒したらしい。
放してくれてもいいのに、でもそうしたら絶対私は逃げるのにと思いながら、クロヴィスのその考えは正しいと納得した。
そして私達は中に入っていく。
くらいので作りあげた明かりをほんの少し中に飛ばすと、人の形の石像やら壊れた甲冑やらが散乱している。
ゲームの時に見たその光景は何処か不気味だな、という程度だったが、実際にその登場人物になって見上げると石像は大きいし、空気は冷たいしで、肝試しにもならないくらいに不安な空間が広がっている。
「うう……中は暗くて冷たい風が吹いてくる」
私よりも前にクロヴィスが歩いているのが、私としては少し心強い。
けれど怖い物は怖いので、白くてふよふよした物体が飛んできたりするのかと思って、そういえば飛んでくるんだったなと私は思い出す。
もう少し下の階だったが。
この古城の地下は迷宮の様になっていて、地下へ、地下へと伸びている。
そしてその最下層にイベントボスがいるのだ。
“深淵の魔族”。
でもこんな初めの方で出てきたかなと私は思いつつ、そもそも、
「ほ、本当にここに来た人がいるのかな。きっと何かの間違いじゃないかな」
だって私達の足音しかしないし。
そう思ってしまうくらいこの古城は静かだ。
そこでクロヴィスは、嘆息する。
「……ここにきた者達はみな負傷していて、“深淵の魔族”からどうにか逃げ出したが動けずにいるらしい」
「! そう、なの?」
「ああ、ここから二つ下の階に多数の人の気配がするが、動けずにいるようだからな」
私には分からないがクロヴィスには分かるらしい。
負傷と聞いて、私はぎくりとする。
けれど確か魔法の中には傷を癒す物があり、この杖を使えば高度な治癒が出来るはずだ。
どの程度の怪我かは分からないが、早めに向かった方が良いだろうと私は思う。
そう思いつつ、そういえば“深淵の魔族”はどうしてあそこにいたままだったのだろうと思う。
確かゲームでは、やってきた装備の充実していそうな冒険者達を追い回していたはずだ。
ただそれには理由があって、確かその冒険者達の中で主人公がいたからだった。
「……でもその主人公はここにいない」
だから追いかけてこないと思っているとそこで私の方に何かが乗っかる。
「うわぁああああ」
「エリ、怖がりすぎ、にゃーん」
どうやら猫のタマが私の背中に飛び乗ったらしい。
脅かさないでよと思いながら私とクロヴィスは、古城の中に進んでいったのだった。
雑魚キャラ戦闘とちょっとした素材、特にあまり採れない“栄華の水晶”を回収した私は、負傷した冒険者達のいる場所までやってくる。
呻く彼らを見て私はすぐに魔法を使う。
使えるものの中では特に高度な魔法で集団回復させる。
けれどそれだけでは足りなかった。
私はこの戦闘のイベントに必要なあるアイテムの調合をすっかり忘れていた。
しかもイベント用のアイテムだったので、使う分しか作らなかったのだ。
在庫はない。
そう思いながらも彼らの足や手にまとわりつく黒いもやのようなもの。
“暗闇の瘴気”と呼ばれる呪い。
あれにまとわりつかれると少しずつその場所が壊死していくのだ。
もちろん痛みもあるので、皆が皆苦悶の呻き声を上げており移動する気力を削いでいる。
それに私達もあの“深淵の魔族”と接触して、あの呪いをかけられると……。
「どうしよう……」
「エリはあの呪いが解けないのか?」
クロヴィスに問いかけられて、私は作り方はわかると告げて……思い出した。
何時もあの、主人公の自宅でしか調合しなかったけれど、
「確か簡易的に、外でも調合できる道具があったはず。でも失敗しやすくて……だったら、“操作の懐中時計”を使って、調合時間を短縮してうまく出来るまで頑張ればいい。ちょうど一番必要な材料、“栄華の水晶”は沢山あるし残りも他のものでも代用できるから……やってみる」
「そうか、期待しているぞ」
「うん!」
クロヴィスにそう言われて私は、簡易的な調合の魔道具を取り出し始めたのだった。
まず取り出したのは、大きな鍋の様なもの、そして小さいふたのついた鍋の様なもの。
その小さい蓋つきの鍋の蓋をあけて、中にいくつかの物を入れていく。
「“栄華の水晶”、“綺麗なヤシの実水”、“青まだら色の草”」
それらを放り込んで、はみ出そうになるのを押しこんで蓋をする。
それを大きい鍋の様なものに入れて、一緒に、“乾いた緑草”と“操作の懐中時計”を放り込む。
そのお鍋に蓋をして、地面に置く。
この調合は、この“操作の懐中時計”をも同時に動かさないといけないので難しい。
けれど今は緊急事態なのだ。
「失敗しても良い、出来るまで繰り返せばいい」
そう自分に言い聞かせながら私は、杖を掲げる。
どれを作るのかの選択画面を選んで、それに触れる。
自然と私は杖を掲げ瞳を閉じ、呪文を唱える。
杖の辺りが光っているのがまぶたの裏からでも分かる。
それがひときわ強く輝き、とろりと光が水のように地面に零れ落ちたようだ。
そこで瞳を開くとその光が落ちた場所から線が広がって魔法陣が描かれていく。
このままどんどん広がっていくその魔法陣を見ながら私は更に呪文を唱え、最後にその魔法陣の一か所に杖の端を打ちつけ、そこで一気に私の魔力を流し込む。
魔法陣が強く金色に輝く。
それと同時にがりがりと歯車がかみ合う音が聞こえる。
今この鍋の中には時間がすごい速さで流れている事だろう。
そして、大きな鍋がの蓋がガタガタして、魔法陣の光が収まる。
私はは恐る恐る、大きな鍋の蓋をあけて、次に小さな鍋の蓋を開ける。
中にはぎゅうぎゅうに色々つめたはずなのに、正方形の薄いガラスの様なものが沢山入っている。
この形は見た事がある。
「う、上手く行ったかも、“浄化の欠片”。使ってみて下さい!」
私は小さな鍋を取り出して、その呪われた人たちに渡していく。
触れると黒いモヤが消えていき、代わりに渡した“浄化の欠片”にヒビが入り、崩れ落ちて消えていく。
上手くいっていると思って私はその負傷した冒険者に渡していく。
次々に呪いが解けていき、結局四枚余る。
だから私はクロヴィスの所に戻ってきて、
「クロヴィス、これが呪いをとくアイテムだからクロヴィスも持っていてね」
「……分かった、ありがとう」
そう言って受け取るクロヴィスだが、そこで、
「でも魔法使いとしては、エリは優秀だな」
「偶然上手くいっただけだと思う。でも上手くいってよかったよ」
「だがこれだけ実力があって外でもこんなものが作れるなら、冒険に連れ回しても構わないな」
「! そ、そんなぁ~……絶対に逃げてやる」
「逃げたら地の果てまで追いかけて行って捕まえるから安心しろよ」
その地の果てと言われた時、一瞬クロヴィスの瞳に不穏な光が宿った気がする。
まるで自分が獲物か何かになってしまった気がした私は、すぐにタマとリリスに、
「ほら二人共。もし呪いを受けたならこれで解呪するんだよ」
「はーい」
「にゃーん」
二人共頷いて私から受け取ったのだった。
そして冒険者の人たちは、再度装備を固めてからここに訪れるという。
なので私は、
「そっか、じゃあ私達もこの人達を癒やしたし、依頼終了で帰ろう……クロヴィス?」
そこで私はクロヴィスに襟首を掴まれて、
「よし、すこしその“深淵の魔族”の様子を見に行こうか」
「いやぁあああっ」
「大丈夫だ、俺がいるし、な」
そう笑うクロヴィスに私は、何時もと違う何かを感じて不安を覚えたのだった。
ふわりと濃い魔力が漂ってくるのを私は感じる。
黒々とした魔力が不安を感じる。
そう思って段々と下りていくと、何処か部屋全体がほんのりと明るい。
良く見ると大きな魔法陣が作られていて、それが白く発光しているのだ。
その中央には一人の男がいる、
黒い布を纏う、黒髪に赤い瞳の美しい男。
おそらくは彼が“深淵の魔族”。
というかゲームで見たそのままだ。
彼は面倒そうに私達の方を見て、私をじっと見て、大きく目を見開いた。
そして口を開こうとすると同時に、私のすぐ横をかけて行く人影が、
「先手必勝、にゃ~!」
「タマ! 勝手に飛び出しちゃだめ!」
私が慌てて止めようとすると、ネコミミ人型になったタマが爪が鋭く大きく変化出来るようだ。
そして人型になると何処からともなく服が……本当に化け猫だなと思いながら私はぎりぎりタマのしっぽを掴めずにいる。
そんなタマがその爪を振りかざし攻撃しようとするが、
「……獣ごときが、邪魔だ」
「うにゃあああああんんっ」
ぺしっと鬱陶しそうに、まるで目の前に飛ぶ虫を振り払うようにタマを吹き飛ばす。
そんなタマに走り寄って私は抱きしめる。
「タマ、危ないじゃないか」
「でも、あいつ敵だし? 獣の本能が倒せと言っているんだもん」
「だからっていきなり攻撃に向かうのは良くないよ、全く……」
そこで私は気づいた。
目の前の“深淵の魔族”の様子がおかしい。
正確には彼?は私の傍にいるクロヴィスを睨みつけている。
「何故、お前がここにいる」
その“深淵の魔族”がクロヴィスに告げる。
私は、“おかしい”と思った。
ここに彼がいるのは確か、この世界の歪から溢れる魔力を吸収するためだ。
この世界に人の気付かぬ異変が起こっていて、それに敏感な“深淵の魔族”がその歪みによって変質した彼ら側の魔力を吸い取る事で、彼?らの力も強くなり、結果としてこの世界も安定する。
なのでこの戦闘で、彼?をそこそこ痛めつけて追い払えば済むのだ。
もっともゲーム中ではその程度しか対抗できる力が主人公達にはなかったのだが。
ちなみに彼?らは主人公キャラと因縁があったりしていて、見逃された部分がある。
ただクロヴィスの存在をまだ彼らはいらないはずなのだ。
クロヴィスは自身の気配を隠すのに長けていたはず。
なのにこの憎しみの篭った瞳は何なんだろうと、もしかしてすでに彼?らは知っているのではないかと私は思ってしまう。
そこでクロヴィスが私を後ろから抱きしめた。
「え?」
「! お前! その方を放せ!」
“深淵の魔族”が焦ったように私を見てクロヴィスに言う。
なぜ彼?はそんなに焦っているのだろう、私はあの主人公の女の子じゃなくて、ただの異世界から来ただけの存在なのに。
そう思った所で、今度は私はクロヴィスに私の目を隠すように手を添えられる。
何をするつもりなのかを問いかける前に……私の意識が薄らぎ、そこで私は気を失ってしまったのだった。
クロヴィスは気絶したエリを愛おしそうに抱きしめて、次に警戒するように唸り始めたタマを見て、
「へぇ、お前は分かるのか?」
「ぐるるる、お前は、あっちの黒い奴よりも危険……うにゃっ」
そこで杖の妖精のリリスがタマに飛んでいてぽかっと殴った。
それにタマが痛かったらしく涙目で、
「何をするのですか!」
「……どうせ勝てないんだからやめておきなよ。それに正体がわかっても、エリに告げては駄目なんだ。クロヴィスの正体が知れたなら、クロヴィスはエリをどうするのか……想像がつかない君じゃないでしょう?」
黙ってしまうタマにそこでクロヴィスが余裕の笑みを浮かべながら、“深淵の魔族”に告げる。
「それでお前はどうする? いますぐここから引けば、見逃してやってもいい」
「……何故?」
「エリがそれを嫌がるだろうから。それにこのお前達にとっても大切なエリがどうなってもいいのか?」
「……気に入っているのか?」
「とてもな」
「……面倒な」
そう吐き捨てるように“深淵の魔族”はつげ、次にタマを見て、深々と嘆息してその場から消え去ったのだった。
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