うちの猫は優秀
設定集というか攻略本に書かれていない裏情報に、私は目を瞬かせて、
「魔族が作った?」
「そうにゃ。この世界はとてもとても広いので、流石に全部を探査するのは出来ないのですにゃ。なので探査用の魔法道具を作ってバラまいて“歪み”を探知していたのです。その探査装置から魔法的な映像が収集されて、魔族の本拠地に映し出されているのです」
「そうだったんだ。でも全部動かすの大変じゃないのかな? それに壊れたのは回収しなくていいの?」
そこでタマが沈黙した。
ちょっとした疑問だったのだけれど、それは口ごもる様なものであったらしい。
聞かれて欲しくない事ならと私が思っているとタマが、
「実はあの装置、大気中などから魔力を回収して、それをエネルギーに変換し自立して探査を行いますのにゃ。そして探査の関係で壊れて動かなくなった場合は、回収できる場合もあるのですが事情があって放置されるのですにゃ」
「どうして?」
「人員が足りないのですにゃ」
「……」
「そ、それでその行動を制御する魔法回路が誤作動してしまった場合、人間に襲いかかったりする場合があるのです」
「それが、街道を歩いていて現れる精霊型の魔物?」
「そうです、一応探査なので人間を自分から襲う事は無いはずなのですが、目撃者を倒せば“ステルス”だよねという間違った誤作動が時々起るようで……」
「……」
「で、でも魔力を周囲から集めて固形化しているので倒すと魔力の結晶が手に入るでしょう? 魔法使いには必要だと思うんだにゃん♪」
にゃんと付けて最後は可愛く最後に啼いてみたタマだが、ある意味で酷い設定に私は何も言えなくなってしまう。
ただいまの話を考えると、
「魔法使い達も含めてとりあえず、こまめにその精霊型の魔物を倒しているんだよね? 減っていってもう全部壊れたのを倒していてもおかしくないのかな?」
「自己増殖型機能があります。ただそんなにぽこぽこ増えるものではないので……」
「欠陥部分は修正されたものがコピーして作られるの?」
「……にゃ~ん」
タマが再び可愛く啼いた。
これはあれですか、おかしくなった物はそのままコピーされて増えていくという?
だから道を歩いていると突然、精霊型の魔物がそこそこ出てくるのだろうか。そもそも、
「メンテナンスは?」
「自己修正機能もついてありますのにゃ。そして時々、魔族が管理するために捕縛して様子を見たり修繕しておりますのにゃ、ただ……」
「ただ?」
「母曰く、魔族がイケイケ? だった時代なので、今は修繕管理が出来る人が驚くほど少なくて」
つまりそれは壊れかけたそういった魔族の探査装置がそこら中に……と私が青くなっているとそこで、
「でも歪みを確認はできるので一部は放置している部分もありますし、優先的に見る場所は修繕も優先していますにゃ。とはいえ、最近では“歪み”があまりにも大きくなったりして不味い事になっていたりするので、そちらにも人員が割かれるのでそちらの方はちょっとおろそかかもしれないですにゃ」
「それも含めて、故障するその精霊型の魔物と呼ばれる探査装置があるから、最近は“深淵の魔族”の動きが活発とか言われてないよね?」
「にゃ~ん」
「タマ、にゃ~んで誤魔化しちゃだめだよ? はあ、猫は気楽でいいね」
「猫には猫なりの厳しさがあるのですにゃ~」
「はいはい」
「でもエリはこちら側の“切り札”だって母から聞いたにゃ」
それは聞き捨てならず、私が聞き返すとタマは、
「それしか聞いてないのにゃ」
「……」
「だって僕はそれほど事情を知っているわけでもないし。それにあのタヌキが全てを話してくれると思わないし。でもエリが知りたいなら一応は聞いてみるよ?」
「じゃあお願します」
「分かったにゃ」
軽く請け負ってくれるタマにそこはかとない不安を覚えつつ、けれどあまりにも衝撃的だったのでその話以外に疑問が浮かばない。
なのでまた後で聞いてもいいかとタマに聞くと、何時でもいいにゃんと答えられる。
やっぱりうちの飼い猫は優秀だと、猫バカに私がなりかけた所で……思い出した。
「クロヴィス達はどうしているかな?」
「じゃあ今すぐ調べてみるにゃ」
タマがそう言ってとてとてと壁に近づき、そこ壁に埋め込まれた透明な球に触れる。
「にゃ~ん」
タマが壁に手を当ててそう呟くと、その場所から光が走る。
けれどすぐにタマは壁から手を放して、
「もうすぐ皆が来そうなので、隣の宝物庫を見に行こうにゃ」
「でも、ここから転送してあいに行った方が良いんじゃ……」
「すぐに来るから入れ違いになるよ? それに……エリの意思は少しだけ“希薄”だから僕の意思が優先されちゃうからそちらに転送は無理だと思う」
「タマは行かせたくないの?」
「うん、フィオレとクロヴィスが今仲直りしているみたいだから」
そう言われてしまえば邪魔するのも悪い気がする。
なので頷くも、案内された宝物庫には金貨やら宝石やら魔道具やらが大量にあり……。
「……いいの?」
「ばれなきゃ問題ないですにゃ、というのは嘘で……少しぐらいは路銀の足しにしていいって聞いたから大丈夫! 早く回収しよう!」
そう言ってタマは私の手を引いたのだった。
「あの猫が……」
クロヴィスが先ほどから延々と繰り返し、呪詛のように呟いている。
声をかけることの出来ないような怒りのこもった声。
なのでフィオレとリリスは黙ってクロヴィスの後を追いかける。
先日の件もあり、フィオレはクロヴィスにどう声をかければいいのか分からなかった。
目の前に次々と現れる精霊型の魔物を、クロヴィスは八つ当たりをするように、その剣で紙のように切り裂いている。
先ほどからフィオレもリリスも手出しできないような様相だった。と、
「行き止まりに見せかけて塞ぐか。こんなもの俺には通用しないのにな」
その一言で、亀裂が入り壁が崩れる。
フィオレは今、目の前で何が起こったのかすら分からなかった。
フィオレ自身、自分が非常に優秀な魔法使いだと自覚している。
だがそんなフィオレでもクロヴィスという人物は近づけば近づくほど得体のしれない“何か”に感じる。
そこでふっと光が走るのが見える。
なんだろうと思っているとそこでリリスが、
「今の光の魔力、タマの気配がほんのちょっとしたかも」
「エリの気配は?」
「うん、それは簡単にわかるよ。私の本体をエリが持っているから」
「それで……クロヴィスの走っている方向はあっているのか? 迷いがなにもないようだが」
「……うん、完全に正解としか思えない」
口ごもるようにリリスがそう答える。
それほどまでにクロヴィスはエリに夢中なのだ。
何となくフィオレはもやもやしてしまう。
恋人としてはアンジェロ以外の人間、クロヴィスも含めて眼中にない。
ただ、クロヴィスには、惹かれるのだ。
うまく言葉に出来ないけれど、何となく側にいたいというかそんな妙な感覚。
だから、あんな風に拒絶されたのが精神的にこたえているのだろうか?
好意が無碍に扱われたことは、そこそこな人生を生きてきたフィオレでも何度か経験はした。
でも、その時の嫌な感覚と違うのだ。
そう、あえて言うならば変に持ってしまった“期待”に対する、“罪悪感”だ。
フィオレはクロヴィスに、悪い事をしてしまった感覚。
だからきっと、初めから、もっと早くフィオレは、こう言えば良かったのだ。
「あの、クロヴィス」
「……何だ」
「その、ごめんなさい。不躾な質問をしてしまって……」
クロヴィスは沈黙した。
フィオレも、変な冷や汗が垂れるような緊張した感覚があって、そこで精霊型の魔物が二体現れる。
クロヴィスの剣が横に凪いだ。そして、
「……俺も大人げがなかった」
小さくポツリとクロヴィスが呟く。
許すとか他にもなにかいうわけではないけれど、この傲慢な魔法剣士からそれが聞けただけでフィオレは最大の譲歩に感じて小さく微笑んだ。
その一方でクロヴィスはそんな自分に戸惑っていた。
既に切り捨てたはずの存在で、もう何を言ってこようと何も感じない、耳障りな羽虫のように騒ぐのであれば何の感情もなく“消せる”だろうと思っていた。
なのにどこか期待するようにそれを聞かれてクロヴィスは怒りを感じてしまった。
もう全部、興味なんてなかったはずなのに。
ここの所クロヴィスは自分がおかしいと気づいていた。
全てが色あせて退屈で、あってもなくてもどうでもいい、ならば消してしまったほうが“楽”なのではないかと思ってしまった。
ただ、そのまま“消す”のも面倒だと思って、何となく放浪している内に……今まで感じたことのない奇妙な魔法を目にする。
垣間見たのはこの世界に似た何か。
そしてそれを見て、楽しそうに、嬉しそうに微笑む……。
一瞬で魅了された。
“欲しい”という激情が自分の中に生まれて、感じるより、気づくより先に体が動いた。
そこに引き起こされている魔法に干渉し、奪い去る。
ぼんやりとした瞳のそれは力は感じるのにとても“弱い”。
だからすぐにその発動した魔法の一部を切り取り、この世界に似た何かを、それが認識しやすいものをそれに封じ込め、この世界に適応しやすいよう、世界の“理”に触れて、変化させた。
正気に戻るのを待っていても良かった。
けれど印象的な出会いがいいと、我儘な感情が自分の中から湧き出てしまう。
だから不安そうに歩いて行くのをつけていき、中々魔物と当たらない運の良さに舌打ちしそうになりながら息を潜めて追っていったのだ。
そして襲われた所でさっそうと助けに入って、そして……。
「やはり、この俺の傍からいなくなったエリにはお仕置きだ」
この俺がこんなにも気にしてやっているのに何事だとクロヴィスは思い、自然と笑みが溢れる。
そしてフィオレ達は、お仕置きという言葉をやけに楽しそうに口にするクロヴィスを見て、これから泣きを見る羽目になるんだろうなと思ったのだった。
「はっくしゅん。誰かが噂しているのかな?」
「クロヴィスがエリをお仕置きだって言っているのかもしれないニャ~」
「……本当?」
「うん、サーチし続けているからそう言っているのも聞こえたよ」
私は絶望的な気持ちになる。
そんな私の手にタマが何かを握らせる。
目を落とすと、それは石版だった。
「あと一つだにゃ」
「もうそんな集めていたんだ」
「……エリは不思議だね。普通のことは疎いのに、この世界の秘密や特別なことは全部知っているみたいだにゃ。でも、僕の好きなエリだからそのあたりは適当に流すにゃ」
やはりうちの飼い猫は最高ですとタマを撫ぜているとそこで、
「エリ、大丈夫か?」
「クロヴィス、皆も無事だったんだね。何だかタマが宝物庫を見つけてくれたんだよ!」
そこでにゃーんとタマがなく。
この猫は有能だなと、フィオレがタマを抱き上げる。
今、認識操作をして獣人から猫に変わったのだけれど、フィオレは猫のままとしか感じていないようだ。
と、私はそこでクロヴィスから抱きしめられる。
何だか幸せな気持ちがしてぼんやりしているとそこでクロヴィスが私に意地悪く囁いた。
「よくも俺の傍からいなくなったな?」
「! そ、それは……」
「罰として明日から戦闘三昧だ!」
「い、いやだぁああああ」
そんな私の悲鳴など何も知らずタマはフィオレにごろごろ言ったり、リリスを頭に載せたりしていたのだった。
そんなこんなでどうにか家に帰ってくると、ちょうどアンジェロがやってきた所で、何か用かと聞くとアンジェロは大したことはないと答え、
「ただ私が、フィオレを諦めない事に決めただけです」
「アンジェロ……」
「それとひとつ気に入らないことがありまして。なのでもうしばらくフィオレはここにいてください。すぐにすみますから」
ニコニコと笑顔で語るアンジェロだったがフィオレは凍りついてから、
「アンジェロ、怒っているのか?」
「……気のせいです。では、ちょっとこれからまたすることがありますので」
そう言ってアンジェロはフィオレに触れるだけのキスを額にして、去っていく。
フィオレといえばキスをされてそちらに意識が行ってしまい、引き止めておけばよかったとアンジェロがいなくなってから、はっとしたように叫んだのはいいとして。
私はそこで気付いた。
「あれ、ライはそういえば途中からいなくなったような……」
そこで手を振るライがやってくる。
手には沢山の食べ物を抱えている。
どうやら遺跡の一番後ろにいて転送されなかったので、先に家に帰っていたらしい。
羨ましさに私が呻いていると、紙袋を私に差し出して、
「今日の夕食はこれにしよう! マゴットさん家のお惣菜!」
その名前もまた、行列のできる惣菜屋さんである。
なので私はそんな気持ちが全部吹っ飛んでしまいニコニコしてしまう。
それらをフィオレ達に手伝ってもらいながら机の上に並べているとそこでライが、いつもとちょっと違った雰囲気を醸し出しながら、
「エリ」
「なに?」
「明日、“上弦の森”に来て欲しいんだ。いいかな?」
「ライが行きたいの? 近いからいいけれど」
「本当? 良かった。約束だよ」
それに私は特に考えもせず頷いた。
だがそこで渋い顔をしたクロヴィスが、
「明日は戦闘……」
「あ、朝ちょっと行くだけだから」
それくらい近い場所なのだ。
もっとも私は、そのまま夕方まで逃げてやると決めていたけれど。
そしてそれがある意味で大きな転機になることを私は、この時、まだ何も気付いてはいなかったのだった。




