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頭が重い

 現れたアンジェロとフェンリルを見て、私の後ろにライとフィオレが隠れた。

 しかも私の左右から顔を出し、私の服を掴みながら、うー、と唸り声を上げながらアンジェロとフェンリルを威嚇する。

 そんな私の様子を見てタマが猫な状態で私の頭の上に乗り、そしてその上にリリスがちょこんと座る。


 だがそんな風にされている私はといえば、


「あ、頭が重い」

「良かったな、エリ、頭がよくなったかもしれないぞ」

「クロヴィス、笑っていないで助けてよ! それにフィオレもライも私を盾にしないでよ!」

「「うー」」

「うー、じゃなくてですね……この際二人共このまま仲直りを」

「「嫌だ、私は悪くない!」」


 そう言って更に私の服を強く引っ張るライとフィオレ。

 駄目だ、もう私一人の力ではどうにもならない……そう、私は諦めてされるがままになっていた。

 そこでウィルワードの存在に、アンジェロは気づいたようだ。


「おや、もしや貴方は伝説の? ウィルワード様ですか?」

「……いえいえ、そんな大層な物ではありませんが、ウィルワードです」

「やはりそうですか。ですがそんな優秀な魔法使いの方が、どうしてこちらに?」

「温泉関係で少し。折角ですので入浴剤も売ろうかと」

「なるほど……ですが温泉があるのに入浴剤ですか?」

「おや、ご存じないのですか?」


 どうやらアンジェロとフェンリルは、この温泉で起こっている事を知らないようだ。

 なのでウィルワードが説明して、それに二人が頷いて次に小声で二人で話してから、アンジェロが、


「では、我々もその温泉が枯れた原因を調べてみましょう」


 と、微笑みながら告げた。

 そんなに温泉に入りたかったのかなと私が思っていると、私の服をさらに引っ張って、首の辺りが苦しくて、ぐえっと悲鳴を上げた私などお構いなしにフィオレが、


「アンジェロ、何が目的だ」

「嫌ですね、フィオレ。私の事がそんなに信用できないのですか?」

「お前が打算なしにそんな事をするはずがない」

「フィオレ、酷いですね~……ですが、そうかもしれません。私は打算的ですから」

「……何が目的だ」

「フィオレの生肌ですかね。ここ、混浴が多いですし」


 アンジェロが微笑みながらフィオレにそう告げて、フィオレが変態を見るような冷たい眼差しでアンジェロを見た。

 そこで今度は、ぎゅっと私の服をライが引っ張る。

 服がのびちゃうと私が涙目になっていると、ライが警戒するようにフェンリルを見て、


「フェンリル、何が目的だ。私はもうお前とは関わらない、関わりたくない」

「貴方がそう思っていても、逃がすつもりはないと以前の話したでしょう? そして、枯れた温泉をどうにかしようと思ったのは、アンジエロと同じ理由です」


 そうにこやかにほほ笑んだフェンリルを、ライもまたフィオレと同じように、変態を見るかのような冷たい眼差しで見つめた。

 二つに分かれて一方的に火花を散らすその構図に、私はどうしようかと思っていると、ウィルワードがポンと手を打って、


「では、二つに分かれてどちらが先に温泉が枯れた原因を修復できるか、競争をしませんか? それで、負けた方は勝った方に背中を流してもらうという事で」

「「乗った(にゃーん)」」


 アンジェロとフェンリル、タマがそれに答えた。

 何で、と思っているとそこでライとフィオレが俯いたかと思うと、小さく笑いはじめて、


「いいだろう、負かせて、あのアンジェロを散々こき使ってやる」

「……確かに、あの傲慢で身勝手な王子様をいい様に出来るのはいいな」


 悪い顔で二人して笑っている。

 二人とも乗り気で、しかもタマまでと私が思っていると今度はライとフィオレが私の両腕をそれぞれ掴み、


「「エリは私達と来るんだ」」

「何で!」

「エリは強い力を持っていたり道具を持っているからそれを使って、あいつらを出し抜く」


 フィオレがそう言い切り、ライが頷く。

 そんなと思ってクロヴィスを私は見上げて、


「クロヴィスはどうする?」

「そうだな、俺はウィルワードがいない方に行く」


 クロヴィスが、いい笑顔で告げるが、そこでウィルワードがクロヴィスの腕を掴んだ。


「クロヴィス、君は我々と来たまえ。こんな機会はあまりないからゆっくりお話ししようじゃないか」

「俺は話す事など無い」

「……エリがいない場所で色々聞きたい事もあってね」


 それにクロヴィスは一瞬無表情になり、次に深々と嘆息して、


「分かった。エリがいない場所で、譲歩してやる」


 何か昔馴染み同士で話す事があるらしい。

 それも私には知られたくない話のようだ。

 なので私は、それ以上追及せず、


「よし、先手必勝だ!」

「行くよ! エリ!」

「ま、まってぇええ」


 両腕を掴まれて走り出す二人に私は連れて行かれてしまう。

 そんな私達は、私達がいなくなった後に呟いたウィルワードの言葉に気付く事は出来ずにいた。

 それは、ウィルワードが何気なく呟いた一言。 


「そういえば、もう新しい入浴剤は試しちゃったんだよね」


 それが何を意味するのか知るのに私達は、それほど時間はかからなかったのだった。







 温泉がわき出ているのだけれど、その温泉を分配する水路の様な物があったりする。

 ただそこには地下水も流れ込んでいるのだそうだ。

 そしてその地下水を温めて入浴剤を入れて、温泉偽装がされていたらしい。


 だがその地下水に、温泉偽装的な意味ではなく、ちょっとした温泉気分を味わってもらおうとの事で地下水を沸かし入浴剤がお風呂に入れられていたらしい。

 ただその入浴剤に問題があって、


「ひいいっ、エリ、そっちに行ったぞ!」

「や、やだっ、足に絡みついてきてっ、ぁああああ」


 その水自体も、ぶよぶよのスライムみたいになっていて、その入浴剤を入れたお宿では背中をその入浴剤の入った水が自分から流しに行ったりと、至れり尽くせりだったそうなのだ。

 けれど一歩その温泉宿を出ると、途端に凶暴さを増して、スライムのようににゅるにゅると襲いかかり這いまわって、セクハラをするのである。

 但しその温泉宿のお客さんは襲われないらしいが。


 そしてその水は、木々を活性化させ、しかも蔓系の触手な魔物と、精霊型の魔物が合体して、


「や、止めて、服がびりびり破かれ、こ、この……“炎のファイヤー・アロー ”」


 私はその触手に向かって、炎の矢で攻撃する。あたった場所から炎が広がり燃え広がるも、すぐに消し止められてしまう。

 触手の魔物の量が多いので、この程度の炎では倒しきれないのだ。

 けれど、その場所から逃げ去るにはそれで充分だった。


「フィオレ、ライ、こっち!」

「分かった!」

「まさかこの触手の魔物、私に魅了されないとは思わなかったな」


 ライがちょっとだけプライドを傷つけられたかのように呟く。

 こういった魔物が生息する場所のぎりぎり手前で、この程度の魔物、私にかかれば平気だと、自信満々に先ほど歌の様な物を歌い、触手の魔物に手を掴まれて上半身右側の服の一部を破られたのである。

 因みに危ないからと見張りをしていたここの温泉宿の店主に、どうしてこんな状態なのかを聞いたのである。


 その時この入浴剤に関して私達は聞いたのだ。


「なんでも、ウィルワードという魔法使いの新製品だそうで、丁度入浴剤を切らしていたので使ったらこんな事に。温泉の宿の内側なら、とても良いんだが、どんなに頑張っても外にこぼれたりもするからな……」


 そして下水を通って行くと、その入浴剤の効果は無くなるらしい。

 なので零れた分が、ここの森をこんな風にしているのだ。

 ウィルワードさん、この前の森のスライムも含めて、もしかしてクロヴィスが逃げ出そうとするくらい色々な意味でトラブルメーカーなんじゃないかと私は思う。

 

 それも他の人を巻き込むタイプの。

 私がそんな事を考えていると、そこで走りながら周りにある敵をこまめに倒しているフィオレが、


「本当にこっちで合っているのか?」

「う、うん、確かそう、そうだよねリリス」


 私は目の前に小さなガラス玉に金属製の輪が連なった様なペンダントトップを持たせているリリスに聞くと、


「うん、この透明な石に現れている、青い海に浮かぶピンク色の光の矢印を追っていけばいいんだよね?」

「そうそう」


 私は頷く。

 集団で移動するので空が飛べて小回りが利くリリスに道案内をお願いした方が良いと判断したのだ。

 そして渡したのは、“水見の宝石ミラー・ジュエル ”である。


 これはこの周辺で発動している、特に強い魔道具を見つけてくれる便利アイテムだ。

 本来は透明なガラスのそこの方に青とピンク色の光が均一に漂っているだけなのである。

 けれど、強力な魔道具があると、発動している人工的な魔力の一定の周波数を感知し、そちらの方向にこのピンク色の光が線状に集まるのである。


 何も大きな魔道が発現していなかったり、または人が多くて色々な魔道具が大量に使われている都市では使うのはお勧めできないが、こういった障害の少ない森では綺麗に現れやすい。

 ただたまに、凶悪な敵をも示す事もあるが、周りに入浴剤の影響があるとはいえどうにか矢印は見えている状態だ。

 そこでライがふと呟いた。


「でもエリは準備が良いね。まるでこんな事になるって分かっていたみたいだ」


 その問いかけに私はぎくりとする。

 だって私は、そもそもこの世界の人間ではないのだから。

 そしてそのアイテムも、色々な村人に話を聞いてこれが必要だと分かって作りあげて、それを使用して見つけるというストーリーであったはずなのだ。


 けれど私は今、その過程を飛ばしてこうやって探しに行っている。

 どういい訳をしよう、私がそう思っているとフィオレが、


「ふん、魔法使いはいついかなる事態に対処できるように、常に準備をしておくものだ。それが今、役立っているだけだろう」

「ふーん、魔法使いはそういう物なんだ。そして、フィオレはエリがやっぱりお気に入りなんだ」

「べ、別に、と、友達だし」

「そうだね、私も友達だからこれ以上は聞かない」


 ライが楽しそうに笑って宣言通りそれ以上聞いてこない。

 それに安堵しているとそこで、木々に囲まれたある場所に私達は辿り着いたのだった。







 そんなこんなで、エリ達が先に行ったのを見送ってから、


「それで、何を俺に聞きたい」


 機嫌悪そうに聞くクロヴィスにウィルワードが苦笑する。

 そしてちらりとクロヴィスがアンジェロとフェンリル、タマを見ると、次の瞬間、三人はその表情のまま凍りついた様に動かなくなる。


「三人の時間を一時的に止めた。この場所は人もほとんどいないが、一応は他の人間からは聞こえないように結界も張った」

「……私と二人きり、ですか」


 それを聞いてクロヴィスが、ウィルワードのやや後ろの方を見て、


「いや、特別に三人にしてやる。……出てこい」


 その言葉と共にふっと人影が現れる。

 そこにいたのは、以前、エリが古城で出会ったあの魔族であり、そして、


「! 久しぶり、ウィーゼ。元気にして……」

「元気でしたよ、ウィルワード。本当は貴方が目覚める前に全部終わらせる予定でしたが、こんな事になってしまいました」


 うっそりと笑う“深淵の魔族”であるウィーゼにそこで、ウィルワードは気づいたらしかった。


「ウィーゼ。そのまとわりついているそれは?」

「ええ、そこのクロヴィスを“殺す”ために少し無理をしています。おかげでそこにいる方にも、初めてお会いした時は本性を隠しているクロヴィスよりも危険視されてしまいました」


 くすくすと病んだように笑うウィーゼにウィルワードが何処か深刻そうに、


「少しって、これは……」

「大丈夫です。この程度は平気です。ただ、本当はここまで無理をする予定ではなかったのですが、ね。目的の人物をそこにいる、ソレに奪われてしまいましたから」


 睨みつけるウィーゼだが、クロヴィスはそれを見て鼻で笑った。


「お前達の切り札が、“エリ”だったのだろう? 本来召喚される場所もお前達の前だったはずなのに、残念だったな」


 そう告げられて憎々しげにクロヴィスを睨みつけるウィーゼ。

 そこでそんなウィーゼをぎゅっとウィルワードが抱きしめた。


「あまり私のウィーゼを苛めないでくれるかな。こう見えても繊細なんだから」

「“殺す”と言っている相手に優しくする義理はない。それで、そんなどうでもいい恨み言を延々と聞かせるために俺をひきとめているのか? ……不愉快だ」


 冷たい瞳でウィーゼとウィルワードを見るクロヴィス。

 ウィーゼがその冷たい視線にびくっと震えるのを見ながら、その視線から庇うようにウィルワードはウィーゼを強く抱きしめながら、


「今すぐにでもあの、エリを追いかけたいと、そういう事ですか?」

「そうだ。俺は今、エリと一緒にいるのが“楽しい”」

「そうですか、ふむ。なるほど……それでウィーゼ。ウィーゼ達があの子を呼んだんですよね? 人にしては“異常”であり、異世界からきたモノ特有の気配を持つあの子を」


 それにウィルワードの腕の中でウィーゼが頷くのを確認してからウィルワードは、


「あの子がいる限り、この世界は存続させると?」

「……エリがこの世界を“気に入っている”ようだから、もう少し様子を見てやろうと思っただけだ」

「なるほど。いずれは壊すつもりだと」

「……この世界は、俺は、“気に入らない”から当然だ」

「そうか……それでこの世界をいずれ壊すつもりなのに、私を起こしたのかい?」

「……しばらくは、壊す予定はないからな」

「壊す予定の間は、私は眠りにつかせたままで、すぐに壊さずに、私が眠りについている間ずっと存続させたままだったと」

「何が言いたい」


 明らかに機嫌の悪そうなクロヴィスの声に、ウィルワードはウィーゼに向き直り、


「その“エリ”を呼び出すのにウィーゼ達は三年かかったのかな?」

「いえ、この方法を見出したのはつい最近です」

「なるほど。でもこの世界を“救う”だけの力がある人物を呼ぶのを、クロヴィスは全く気付かずに召喚させてくれるのかな?」


 ウィーゼは、はっとしたようにウィルワードを見上げた。

 ウィルワードはとても楽しそうで、クロヴィスは対照的に苦虫をかみつぶしたような表情だ。 

 そんなクロヴィスにウィルワードは、


「私はクロヴィスの中に“まだ”未練に近い執着がこの世界にあると、信じている」

「……信じるのは自由だ。だが、俺はこの世界に愛着の欠片もない」

「……ここまでにしておいた方が良さそうだね。これ以上は、クロヴィスの逆鱗に触れてしまいそうだし、今回の温泉の異変をあの子達が解決してしまいかねないしね」


 冗談めかして言うウィルワードに、そこでウィーゼが、


「この異変は、温泉の源泉に、我々魔族の道具を落としてしまったことが原因です。何でも収納できる魔法の袋なのですが……」

「それはいい事を聞いた。どのあたりにあるのか教えてもらえるかな?」


 ウィーゼから聞き出そうとするウィルワードだけれど、そこでクロヴィスが、


「場所は分かっている。そしてすぐに向かいたい。……俺が魔族を見逃したと噂を立てられたくないから、今すぐここからいなくなれ」

「……言われずとも、お前の顔を見たくないから消えます」


 そう告げて、一度ウィルワードを見上げてからウィーゼはその場から立ち去る。

 そんなウィーゼを見送りながら、ウィルワードが、


「これは、復縁出来ますかね?」

「だろうな。お前が眠ったあの場所によくあの魔族は来ているのを見たからな」

「クロヴィスは、よくご存じだ」

「……行くぞ、結界と時間を解く」


 ウィルワードのその問いかけにクロヴィスは、面白くなさそうにそう答えたのだった。





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