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温泉に行こう

 チーズケーキの材料をセットして、オーブンを起動させた。

 後は明らかにこのオーブンの容量には入らない様なケーキが、五つほど出来るはずである。

 この素敵な魔法仕様はいつも不思議に思うけれど、この異世界ではそういう物なのだろう。


 フィオレとライ、そしてタマにはケーキをホールで一つづつ。

 残った二つのうち一つは冷蔵庫で味をなじませようかと思ったり。

 そういった効果がこの世界にもあるかは分からないけれど、私とクロヴィスとリリスでケーキ一つだ。


 そんなこんなで夕食代わりに、ライとフィオレとタマはケーキを一つ。

 私達といえば、トマトとひき肉の旨みが詰まったミートソースを使って、


「ミートスパゲティ、それと“星コーン”と“羽衣レタス”と豆のサラダ、後は……今日、汲んできたばかりの水で作ったコーヒーっと」


 そうやって料理を作っている間に、オーブンの中でチーズケーキが焼けたようだ。

 ベイクドチーズケーキ。

 スフレチーズケーキやニューヨークチーズケーキも美味しいのだけれど、今回はこれにした。


 次に生クリームに砂糖を加えて泡立てる。

 砂糖控え目な甘さにすると、泡立てるのが大変だけれど、それくらいが美味しいと私は思う。

 そして“角バナナ”――ちなみにこのバナナは私達の世界のコーンの様に一本一本生える野菜である――それをナイフでカットして、ホールケーキの上にたっぷりと白いふわふわのクリームを乗せ、バナナを飾る。


 その上にかけるのは、もちろんチョコレートソース。

 南の方で作られる、高級品で美味しい“フレイアチョコレート”という商品を湯煎で溶かして、生クリームでソース状に伸ばしたものだ。

 これをギザギザと斜めに線を描くように垂らして、最後に彩りとして、“メンテー”というミントのような緑色の葉っぱをのせる。


 これは魔法の薬品を使うのにも使える植物で、繁殖力もお旺盛なので、窓際のプランタナーに植えて育てている。

 まさか一日でわさわさ生えてくるとは思わなかったな―、さすが異世界と私は思いながらそれを飾り付けて、


「はい、完成です。夕食にしよう!」


 そう私は皆に声をかけたのだった。






 夢中でやけ食いする二人と、嬉しそうにパクパク食べるタマ。

 リリスもクロヴィスも美味しいと言ってくれて、作りがいがある夕食は穏やかに過ぎていく。

 そんな夕食の時間に私は皆に聞いてみた。


「私は温泉に行きたいのだけれど、どうかな?」

「まあいいと思う。温泉は気持ちがいいから」

「ライは?」

「私もいいと思う」


 フィオレとライもいいらしい。

 他にもタマやリリスと約束を取り付けて、次にクロヴィスも含めて日程を話しあった結果、


「というわけで、明日になりました」

 

 そんなこんなでゆっくり休むために温泉に向かうことになった。

 そしてその夜のこと。


「……フィオレ、眠れないの?」

「……まあね」

「……相談に乗ってあげようか?」


 それにフィオレは私の目の前で瞳を開いて、小さく頷く。

 眠っているライを起こさないようにそっとベッドから起き上がる。

 窓の近くにあるクッションの上で、タマとリリスは仲良く眠っているのを見て私は微笑ましい物を見て楽しくなりながら、台所に向かう。


「フィオレ、ホットミルクとビスコッティでいいかな?」

「うん」


 大人しく頷くフィオレ。

 私は台所で、蜂蜜漬けにしておいたナッツとドライフルーツを混ぜたビスコッティを一つカップに添えて、鍋で温めたホットミルクをカップに注ぐ。

 体が温まれば気分が落ち着くかなと思って、“水根ショウガ”をコトコトと砂糖と水で煮込んで作った生姜シロップを入れておく。


 炭酸水で割れば美味しいジンジャーエールのようなものが出来るけれど、今は気分が落ち着くようなものがいいだろうと私は思ったのでそれにする。

 自分とフィオレの分のカップを持ってテーブルに向かう。

 カップを受け取ったフィオレはありがとうと言って、すぐに少し口をつける。


「美味しい」

「良かった。何だか不安そうだから」

「……悩んでしまったから。本当は自分で決断しないといけなかったのに」

「……でも誰かに話を聞いてもらうと、いい案が浮かんだりもするから、私で良ければ聞くけれど?」


 そう私が言うと、フィオレは、相変わらずエリはお人好しと苦笑して、話しだしたのだった。






「私の家は、貴族なんだ。海の向こうの……フェンリル王子の国よりはもっと南のほうなのだけれどね」


 そう言って、フィオレは牛乳を一口飲む。

 話したいけれど、感情が高ぶるままに話してしまいそうそうで、気分を落ち着かせるために飲もうとしているようだった。

 そんなフィオレを急かすこともなく、私は大人しくしていると、そこでフィオレは深々と嘆息した。


「その前に、これははっきりさせておこう。私は……アンジェロが好きだ。愛している」

「それはまあ、見ていれば分かるかな」

「……私はそんな素振りを、エリの前で見せたか?」


 そこでフィオレは、眉を寄せる。

 それを見て私はちょっと焦る。

 このゲームは攻略本を購入したので、裏設定まで全部を私は理解している。


 とはいえ、そんなある意味個人情報を口にしたら、どうして知っているんだという話になる。

 それがクロヴィスに知られたなら、俺の正体に気づいてしまったようだな……みたいな、ラスボス戦に発展する可能性がある。

 それだけは絶対に避けねば、そう私は必死になって考えて、思い出した。


「この前石切り場で危険なアレに攫われた後、声が……」

「……それで、私とアンジェロは恋人なわけだが……」


 フィオレが一瞬遠くを見るような目をしてから、何事もなかったように話しだした。


「そもそもアンジェロは私の従者としてずっと一緒にいたんだ。そう、従者だから私のものなんだ。……性格が悪いし私に料理は作らせてくれないし頭の回転は早いしああ見えて魔法も使えたり剣も使えるという見かけもいい腹黒だが、気付いた時には好きになっていた」

「そ、そうなんだ……」

「でも私から告白するのも悔しいというか、私だけが好きなのも悔しいし、時々、他の男が告白しに来ていたけれど、アンジェロはいつも『私はフィオレの従者ですから』と断るのにちょっと優越感を感じたり私だけのものだって……いや、話がそれているな。色々と私にも複雑な思いがあったのと、その距離感が心地よくてそのままでいたら、アンジェロに告白された」

「え?」


 そこで、喉が渇いたらしく、牛乳を再び一口。

 次にフィオレは短い間だけれど沈黙して、


「引き抜きの話が来ていたらしい。確かに私の従者にしてはもったいないくらいに優秀だった。そしてそんなアプローチがあったのも気づかなかった私が間抜けだったと言ってもいいかもしれない。もしそんなものが私が知る範囲で来たなら確実に邪魔してやっただろうから」

「う、うん。そうなんだ……」

「その時は自分の不甲斐なさに心が締め付けられるようだった。でも、その時、アンジェロが何を言ったと思う? 私を私の家を脅して貰っていくって言ったんだ。私は嬉しくてたまらなかった」

「え? えっと、はい」

「しかも私が頷けば、ずっと私の従者で恋人でいてくれるっていうんだ。これ程嬉しいことはなかったな。そう思うだろう!」

「は、はい……」

「でもアンジェロは、私を他の貴族に嫁がせようとしたんだ」


 私は沈黙する。

 確か、そんなイベントが有った。

 但し、主人公が相談に乗って結局はアンジェロとの元鞘に戻ることになるのだが。


 でもその時の会話にはない裏設定があって。

 このフィオレは元々は、神を崇める司祭の血統であって、あの料理を作ると怪生物ができるのもその能力の副作用のようなものなのだ。

 特にこのフィオレは古い力を、強く発現させており、それ故に別の貴族と結婚させられそうになっていたはずなのだ。


 そしてクロヴィスを誘ったりしたのもその古い力で、クロヴィスに何かを感じ取っていたらしい……そんな裏設定があったはずなのだ。

 それが私の頭にざっとよぎって、そして今現在のフィオレから、


「フィオレはどうしたいの?」

「……アンジェロと一緒にいたい」

「だったらそれでいいんじゃないかな」

「でもアンジェロが裏切ろうとするんだ。私の実家と連絡をとろうとしているし……」

「フィオレが、アンジェロにお願いしてみればいいよ。フィオレは、フィオレがどれだけアンジェロと一緒にいたいのか、好きなのか口に出して伝えた?」

「……連絡しようとしているのを知って私は怒って家出をしてきたんだ」

「……伝えてみればいいよ。それだけアンジェロも執着しているんだから、フィオレがお願いすればイチコロだよ」

「そう、かな?」

「そうそう」


 フィオレは黙って、牛乳に口をつける。

 何かを考えこんでいるようだった。

 私も牛乳に口をつける。


 温かい牛乳に、ほんのりと生姜の優しい香りと砂糖、はちみつの甘味が口いっぱいに広がる。

 体の芯がぽかぽかと暖かくなってくるのを感じながら、添えておいたビスコッティを口にする。

 甘さとナッツの香ばしさが心地よくて、眠くなってくる。と、


「そうだな。……でもまだ勇気が出ない。私も随分臆病だったみたいだ」

「皆そうだよ。でもきっとフィオレが望むなら、その願いは叶うと思う。私も応援するよ」

「……ありがとう、エリ」


 フィオレがそう微笑み、それから少し談笑してから、私達はその日はぐっすりと眠ったのだった。





 私は、色々準備をして、お風呂に浮かべる黄色いあひるさんまで用意をして、リュックにタオルやら着替えやらを大量に詰め込んで、私はワクワクと家の扉を開いた。

 そんな私にクロヴィスが、


「そんなにはしゃいでいると、転ぶぞ」

「むっ、私は子供じゃな……うわぁああああ」


 むっとして振り返ろうとした私は、そのままバランスを崩して後ろに倒れ込みそうになる。

 けれどそこでクロヴィスに私は手首を掴まれて引き戻される。

 リュックに色々詰め込みすぎてしまったようだ。

 でもこれらは全て必要な物なのだ!


「今からでも遅くないから、この中身を半分にしろ」

「……いやだ。そして、こんな時用のアイテム……どうしてクロヴィスは、剣に手をかけているのかな?」

「ああ、荷物を運ぶだけのアイテムなら構わないか。ついまた、エリが戦闘の依頼を怠けようとしているような気がしてしまった」


 危なく手持ちのアイテムがまた破壊されてしまう所だった。

 そう思いながらも私は取っ手のついていない“荷車カート”のようなものを取り出す。

 このアイテムの名前は“小人の荷車ピグミー・カート”。


 この上に荷物を乗せると、勝手にこの荷物を運んできてくれるのである。

 旅の途中で、より多くのものを持ち運べるようになるのに必要なアイテムだけれど、私には無限に放り込める……という謎の袋がある。

 ここから道具も含めて全部、ぽんっ、と出てくるのだ。


 非常に便利なアイテムだ。

 ちなみにあるイベントアイテムで、これ一つしか無い。

 確か温泉に関わるイベントで、元々はこの謎の袋が原因で温泉が枯れてしまったのである。


 後から判明するのだが、これは魔族の作った宝物の一つであるらしいのだけれど、それがちょっとした手違いで温泉の源泉にぽとんと落ちて……というオチだった気がする。

 ちなみにその時、確かあの古城の地下で出会った“深淵の魔族”と接触があって……そこまで思い出した私の方を誰かが叩くので振り返ると、指が立てられていて、頬の肉がむにっといく。

 これって、単純だけれどイラッと来るんだよなと思っているとそこにいたのは楽しそうに笑うクロヴィスで、


「エリ、行くぞ」

「……なんだか妙にクロヴィスが乗り気な気がする、まあいいや。タマ、リリスもいるし……フィオレもライも準備万端だね」

「「もちろん」」


 私よりも小さいけれど、リュックを持っている。

 クロヴィスは、それよりも更に荷物が少ないが。

 そんなこんなで、途中魔物が現れても適当に倒しつつ、というかタマとリリスが乗り気で倒していたりした。

 

 そして温泉に辿り着いたまでは良かったのだけれど……温泉街のほとんどが、閉まっている。

 何でだろう、そう私が思っていると、


「クロヴィス、エリ、二人共来ていたんだ」


 そう、私達は、ここに来ていたらしいウィルワードに声をかけられたのだった。







 これは初めてなのではないだろうか。

 クロヴィスの顔がどことなく青い気がする。

 そう思っていると私の方にウィルワードが笑顔で近づいてきて、


「家に尋ねる前に会ってしまったね。それで今日は温泉に?」

「……いや、散歩だ。そういうわけで帰るぞ、エリ」


 ウィルワードにそう告げて、クロヴィスは帰ろうとするがそこでフィオレが、


「あの、もしや貴方が伝説の魔法使いの?」

「? 君は?」

「フィオレと申します。エリの友人で、魔法使いの一ランク上の資格をとるために頑張っています」

「そうなのかい? 私はウィルワード。クロヴィスの友人です。よろしく」

「はい! 所でウィルワード様は今何を?」

「私? 私は……温泉偽装で営業停止をしている温泉宿に、新たな入浴剤を開発して売り込もうとしているところかな?」


 ウィルワードがそう告げた途端、クロヴィスが、


「さて、帰ろう。出来るだけ早く」

「嫌だなクロヴィス。まだここに来たばかりなのだから、もう少し、それこそ一緒に入浴剤を売りに行かないか?」

「いや、違うな。空いている温泉宿で温泉を楽しみに来たから、その手伝いはできない」

「そうなのかい? でも予約をしていなければもう温泉は満杯だと思うよ? もともとここの温泉が枯れ始めたのが原因で温泉偽装が起こったのだし」

「さて、エリ、日を改めようか」


 必死になってウィルワードから逃げようとしている珍しいクロヴィスを見ながら、私は思った。

 これ、もしかしてクリアしないといけないイベントなんじゃ、と。

 そもそもその場所に確か……そう私が思案をしていると、


「フィオレ、どうしたのですか?」

「ライ、どうしてこんな所に?」


 何故か、アンジェロとフェンリルが現れたのだった。

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