あなどれない
突然のクロヴィスの問いかけに私は、首をかしげた。
ここではどちらを答えるのが正解だろう。
ゲーム内の設定から考えると……嫌いと言ったらそれはそれで、ラスボス戦になりそうだ。
現在ここには私とクロヴィスのみ。
一緒に来ていたフィオレと猫のタマ、そして杖の妖精のリリスが……いない。
恐らくはあちらに飛ばされていたのだろう、気絶していたしと私が思いつつも、彼らの助けがあったとしてこのクロヴィスに勝てるだろうかと自問してみる。
答えは否だ。
そもそも大量の回復薬やら装備やらで防御力、攻撃力を高めて、しかも経験値をためて強くなっているのだ。
それで何とかゲームには勝てた。
けれど今の状況では勝てる見込みがほぼないだろう。
だから嫌いと答える選択肢は無い。
では好きといった場合どうなるだろう。
そもそもこの世界の住人ではない私がここに連れてこられた。
なのにこの世界が好きだといったなら……その“何者”かに、では永遠にこの世界に住むがよい、みたいな展開になる可能性だってある。
となると私が答えるべき答えは、
「もう少しこの世界の事を知らないと無理かな」
秘技、第三の選択しという名の先送り!
頑張れ、未来の自分!
けれど私が手を握ったクロヴィスは、私を見て驚いたように目を瞬かせて、すぐにおかしそうに笑った。
「ははは、エリらしい答えだな」
「なによその、エリらしい答えって」
馬鹿にされたような気がして私はクロヴィスに言い返すと、握った手を逆に握り返されて、そのままクロヴィスに抱き寄せられる。
どうしたんだろうと私が思っていると、そのままクロヴィスは私の体を抱きしめて、私の耳元で、
「それはつまり、エリはこの世界が気に入っている、そういうことだろう?」
「……別に気に入らないわけではないよ。友達だっているし、クロヴィスだっているし」
フィオレやライもいるし、飼い猫のタマに、妖精のリリスもいる。
ここで出会ったばかりの人達……私にとってはそうだけれど、リリスは違うっぽい? けれど、それでも好意的な感情があるのは確かだ。
それに何だかんだでクロヴィスは私のことを気にしてくれているし、守ろうとしてくれている。
時々迷惑な気もするけれど、その厚意は純粋に私は嬉しい。
そう思いながら私がそう答えるとクロヴィスは少し黙ってから私の耳元で、
「エリにとっては、俺は、他の人達と同じなのか」
「うん、なんで聞くのか分からないよ?」
「……ふうっ」
「うぎゃああああ」
そこで耳にふうっと息を吹きかけられて、私は悲鳴を上げた。
突然の意地悪な行為に、ようやく私から体を放したクロヴィスを睨みつけて私は、
「な、何するんだ、いきなり!」
「いや、何となくイラッとしたから」
「だからってこんなことする必要ないじゃん! この……クロヴィスなんてもう知らない!」
怒って私は走りだす。
そこで私は見つけてしまった。
すぐ側の柱の陰に転がる、ゲーム内では玉座に乗っていたはずの、3つのハートが重なったような彫刻を。
どうしよう、これを拾っておこうか迷う私。
そこでクロヴィスが覗きこんできて、
「何だ魔法道具か?」
「う、うん……一応拾っておくね」
重要なアイテムが二つになった気がしたけれど、そこは深く考えないようにしようと思って私はそのアイテムを閉まったのだった。
エリがさりげなく危険なフラグを回避している頃。
フィオレは怒っていた。
「全く、エリは。魔法使いとあろうものが、あんな罠に引っ掛かって何処かに飛ばされるとは」
「私達も人の事は言えないかも、にゃーん」
「……しかもこの、駄目猫と一緒だし」
「フィオレとは一緒にしないでください、フィオレとは私は違うのです」
「何がだ! まったく、初め何もない部屋に飛ばされた時はどうしようかと思った。まあ、この駄目猫が“偶然”猫パンチをした場所が鍵だったようですぐに開いたが」
「……だから、フィオレは魔法使いとしてまだまだなのにゃー」
「何だとこの駄目猫」
怒ったように言い返してくるフィオレに、タマはやれやれと思う。
ここは、“深淵の魔族”所縁の、古い古い遺跡なのだ。
だからタマはどうすればここから出れるのかも分かっているし、この遺跡の動かし方も多少は分かる。
なので閉じ込められたと、仕方がない、壁を壊すかと魔法を放とうとした短絡的なフィオレをしり目に、ある壁を三回叩き、ここが一番魔力を通しやすいなと思った場所で魔力を込めて、
「にゃーん」
と鳴いたのだ。
魔力と共に、“深淵の魔族”であり“貴族”という特別な血統の魔力によって扉を開いたのだ。
そもそも古い遺跡なのにそうやってフィオレが衝撃を与えればますます狂ってしまい、そこから出られなくなってしまうかもしれないのにと、タマはこの思いっきりのいい魔法使いを、所詮人間だなと見下した。
そんなタマの心の中など全く気づかずフィオレは、
「さて、行こうか。でも……一人でなくてよかった。例え猫でもね」
「……こんな風に普段はツンデレなのにたまに素直な感じなのは憎めないので、見捨てられないのですにゃ―」
「おい、駄目猫。今私のことをツンデレといったか」
「気のせいです、にゃー」
適当に流したタマだけれど、そこで背に乗せていた妖精のリリスがやけに大人しいと気づく。
なので背中に器用に手を伸ばしたタマが、
「リリス、どうしたんですかにゃ?」
「……タマは本当に猫なのかな」
「にゃーん」
それにタマは、猫のように鳴いた。
実際に猫ではあるけれど、所謂、ただの愛玩動物である“猫”とはタマは違う。
けれど……気づくはずがないのだ。
だったタマは、そういった認識になるように、人間も含めたその他全ての意識を“操作”しているのだから。
時折人型に戻っても誰も気にしないのはそのせいだ。
それを考えるとあの“エリ”は素晴らしいとタマは思っている。
ただ、どういうわけかタマが人型をとってもそういうものだと認識しているようだ。
この世界では“当たり前”の知識、常識というものがエリには欠如している。
それがエリの“異質”さに起因しているのかもしれないと思ったが……この前聞いて納得した。
同時に気づいていたあの、クロヴィスという奇妙な男の存在が何なのかもタマは知った。
とはいえ“エリ”が気に入っていたタマだけれど最近もう1つ気になっている生き物がいる。
それがこの妖精のリリスだ。
甘くて美味しいし感度もいいし可愛いし、エリの次に好きだとタマは思う。
それにきっと魔法の力も含めて、このフィオレよりもリリスが上だよなとタマは思うのだ。
だってタマの異常に気づいているからだ。
ただ、フィオレは今後の伸びしろに期待かもしれない。
過保護な従者から離れれば少しは成長するのかも、にゃーんとタマは思って鳴く。
そんなタマにフィオレがリリスに、
「これはただの駄目猫だ。だって獣人だからな」
「にゃ?」
「……冗談だ」
笑うフィオレにタマは目を瞬かせる。
今のはリリスに言った言葉だけれど、その瞳はタマを見つめていた気がする。
突然過ぎて驚いたとタマは思うけれど、フィオレは相変わらずの様子だ。
侮れない相手なのかも、エリと仲良くなるだけのことはあるかとタマは思って、フィオレと共に歩き始めたのだった。
そんなこんなで私は、クロヴィスと共に歩きだす。
目的は、フィオレ達と合流する事だけれど、
「この道も崩れて行き止まりか。……吹き飛ばして道を作るか?」
クロヴィスのその言葉に私は、以前のゲーム内でこの遺跡にやってきた時の事を思い出す。
ゲーム内では端にその階層のマップと何処にいるのかが表示されていたので迷う事はなかったけれど、残念ながら今はそういったものはない。
ただ、ここは敵を倒した後のアイテムがとても美味しいので、数回潜った記憶がある。
だからうろ覚えだけれどその地図は頭の中に入っており、どの道が古い遺跡なので崩れて塞がれているのかを私は記憶していた。
それがこの世界と同一かは分からないけれど、確認のためにここに来てみたのだ。
そして実際に崩れ落ちた壁を見て私は、それを確信する。
だが、そんな私の隣でクロヴィスが、ここの崩れた壁を、剣を使った魔法で吹き飛ばそうとしている。
私は慌てて、
「クロヴィス、ここを吹き飛ばしてこの道が崩れるよりは、他の道を行こうよ。きっとフィオレ達もそうだろうし」
「……そうだな」
剣をしまうクロヴィスに私はほっとしながらも、確か途中で吹き飛ばさないといけない場所があったと思いだす。
そこは確か風の通るのに気づいてそれで、という理由だったはずだ。
場所も覚えているのでそちらに向かえばいい。
ただフィオレとの合流を優先するならば、と私は考えて……思い出した。
「そうだ、別れた時用のイベントアイテムがあった!」
「イベントアイテム?」
クロヴィスが聞き返してきたので、私は『専門用語です!』と誤魔化してから、魔法道具を取り出した。
人形関係の魔法道具で、この犬の人形に、会いたい人物の持っていたものをかがせるとそれに向かって走っていくのだ。
だがそこで私は気づいた。
「フィオレやタマの身に着けていたり持っていたものが何もない、どうしよう」
今の手持ちのアイテムには、そういったものは何もない。
このままではこのアイテムは使えないので地道に探していくしかなくなる。
きっとフィオレ達も移動しているだろうから、行き違いになるかもしれない。
どうしようと私が悩んでいるとそこでクロヴィスが、
「あっちには杖の妖精のリリスがいるだろう?」
「あ! そうだった!」
そこで私は自分の持っている杖がリリスの本体だと思いだす。
クロヴィスに指摘されるまで、全く気付いていなかった。
だから早速犬の人形に私の杖の匂いをかがせる。
それに犬が小さく、わんと鳴いて走り出す。
小さな小型犬というか子犬サイズなので、走っていくその姿も可愛い。
こういう子犬も可愛いなと思いながら、フィオレの所まで案内してくれると良いなと思いつつ私は、その犬の形をした人形のアイテムを追いかけたのだった。




