蜂蜜のために
この花畑の主である蛇は、緑と黒のまだら模様の蛇だった。
赤い瞳にチロチロと獲物狙うかのように舌が蠢いている。
かと思えば口から少し炎を吐いている辺り、この世界の魔物の自由さが伺える。
そんな蛇の魔物が私に真っ先に狙いを定めたようだ。
何処となくにやりと笑い、私に向かって炎を吐く。
私は即座に杖を振るう。
乾いた音を立てて、目の前に現れた透明な氷の壁に亀裂が入る。
それを見て私はリリスに、
「リリス、もうちょっと強力な壁でお願い! 私が攻撃の呪文を使うまで耐えれるようなやつ!」
「はーい、それじゃあこの壁の、×3でいかがでしょうか~っと」
妖精のリリスがえいっと両手を振りおろすと、その氷の壁が更に分厚くなる。
それを確認するまでもなく私は、呪文を選択する。
ふわっと現れた透明なゲームの魔法選択画面を起動して、呪文を選択する。
ゲーム内では、この魔物にこの花畑で出会った事はない。
ただ今思い出したけれど、ここには怖い魔物の主が住んでいるんだよ~、といった話があった気がする。
怖いね~と会話している女の子主人公や、フィオレ達がいたな……そう私は一瞬現実逃避しそうになったが、そういうわけにもいかずに魔法を選択する。
この魔物はもう少し後の方で出てくる結構強い魔物で、弱点は雷系の魔法だった。
だから私はその呪文を選択する。
「“螺旋の霹靂《へリックス・サンダ―》”……っと」
触れると小さくその表示が点滅し、消滅する。
同時に私の足元に金色に輝く魔法陣が広がる。
揺らめくように動き、輝くそれを見ながら私は目の前の蛇を見つめる。
防御用の氷の盾は、まだまだ余裕がありそうだけれど、そこで炎が収束するのが見える。
“今”だ。
「リリス!」
「はーいっと」
同時に氷の盾が消失する。
私は杖を掲げ、高らかに叫んだ!
「“螺旋の霹靂《へリックス・サンダ―》”」
杖の石の部分から帯状にくるくると回転する光が高速で流れる。
リボンの様な光の帯であるそれは、宙を飛んでいき、その蛇に絡みつくようにぐるりと円を作る。
それからすぐにその光の帯は金色の輝きを増して、小さな光の粒を周囲に振りまいたかと思うと、小さな稲妻が幾つも放たれて、
「ぎゅがわわわわわわ」
蛇が変な声をあげ、その魔法が終わる頃には、その蛇はぐったりとしているのだった。
蛇は、これだけの力がある相手だったとは……と言っていた。
そして花を持ちかえってもいいと私に告げる。
同時に、そこで猫のタマとローレライのライに気付いて目を瞬かせていたりしたのに……私は深く考えないようにした。
そうしてその花畑を後にした私達だけれど、
「タマ、そろそろお手伝いしてくれてもいいよね?」
「にゃん? でもあの蛇のおじさんは、エリの教育で夢中だったらしいし、お手伝いしない方が攻撃にはよかったんじゃないかな?」
「うう……じゃあ触手に襲われた時は、助けてね」
「にゃーん」
クロヴィスに頼むとしばらく私が喘いでいるのを観察してからになるので、タマにお願いした。
でもそれはクロヴィスは気に入らないようだったけれど。
そして道中で再び触手に襲われた私だけれど、
「やぁあああんっ、やだっ、タマって……蝶々を追いかけていないで助け、ぁあああんんっ」
タマは自分のすぐ傍に飛ぶ蝶をお追いかけ回していて、私のことなど眼中にありませんでした。
なので私はクロヴィスにお願いすると、
「……もう少し喘いでから、助けてやるよ」
「クロヴィスの意地悪ぅううう、ぁああああんんっ」
しゅるりと太ももや胸に絡みついた蔓が、私の肌の感じる部分を這う。
それにしばらく喘いでから、ようやく私はクロヴィスに助け出されて、どうしてすぐ助けてくれないんだと私がクロヴィスに言うと、
「あの程度の魔物くらい自分であしらえるようにしろ」
と、嘆息されてしまったのだった。
そんな私は、森の中の道を歩きながら、再び魔物との戦闘になる。
鼠っぽい物や、時折、精霊の一種である鉱石を思わせるような立方体の敵も現れる。
そんな精霊を倒していた私達だけれどそこでライがその精霊の破片を拾い上げて、陽に透かしながら見て、
「そういえば、ずっと昔はこういった精霊の様な魔物はあまりいなかったって知っている?」
「? そうなんだ。じゃあ何でこんなに増えたんだろう」
「そうだね、そもそも精霊は力のある石などがなるでしょう? 魔力の結晶のね」
「そんな話があったようななかったような」
攻略本には、そのあたりの説明はさらっと書かれていただけで、ゲーム内でも特に伏線などはなかった。
きっと予算の都合だろうと邪推したまま忘れた私だけれど、この世界では何か意味があるのだろうか。
意味があったなら……どうなってしまうのだろう。
私がこんな場所にいる意味も、そういったものに関連していたりするのだろうか。
そんな不安を感じていると私にライが、
「石って、ものによっては一定の方向に割れて行ったりするでしょう? そういった岩に特に魔力が集まりやすくて、だから大昔の精霊な魔物は、今みたいに色々な形がなかったらしいんだ」
「そうなんだ。それでどうしてこんなに色々な形があるの?」
「“深淵の魔族”が作ったらしいよ、この魔物達を、理由があって沢山……ね」
「どうして?」
「さあ、私も知らないや。ただ……その昔、人間達が、この世界の神を崇める司祭達と一緒に、その神を崇めるのを止めた頃に一致するらしいよ?」
「? そうなんだ」
「何でも横暴な神に嫌気がさして、という話だけれど……もう、神なんて無くてもいい、魔法だってあるし、自分達でどうにでもなると思ったのかもね」
ライは笑って話しているけれど、私の事を探るように見ている。
彼女は私に一体何を望んでいるのだろう、そう私が思っていると、そこで私はクロヴィスに後ろから抱きしめられた。
何でいきなり、と私が思っていると、そこでふっと私の意識が消える。
それはすぐになおったけれど、ライがそこはかとなく蒼白で、
「そ、それで、エリは次にどこに行く気かな?」
「ライ、顔が蒼いけれど……」
「気のせいだよ。それよりも早く」
よくよく見るとタマの様子もリリスの様子もなんだかおかしい。
正確には、クロヴィスを睨みつけているようなそんな感じだ。
けれど私の後ろでクロヴィスは、
「ほら、エリ、早くと言われているのだから早くした方が良いんじゃないか? また触手に襲われるぞ?」
「! それは嫌だから、急ぐ!」
後ろで小さく笑うクロヴィスに私はそう答えて、再び歩きだしたのだった。
クロヴィスが抱きしめると同時に、エリの瞳が何も映していない、夜の海のような静かで恐ろしく虚ろなものに変わる。
それを見て、警戒するようにリリスが飛びまわり、タマがクロヴィスを見て唸る。
そんな二人を見てもクロヴィスはただただ冷たく笑っているだけだった。
そしてライも、やはりそうなのかと思いながらも、
「エリがお気に入りだから、伝えたくないと?」
「別に。エリは俺のそばにいれば良い、そう思っているだけだ。だが、邪魔するなら“排除”するぞ?」
排除と告げたその言葉が、言葉だけで自分がかき消えてしまうようなそんな気持ちにライなる。
見事に気配を隠しているクロヴィスに、ライは乾いた笑いを浮かべるしかない。
気まぐれだと言われている存在がいて、それに執着しているのは、こちら側の“切り札”のはずだった。
けれど状況は、自分達に都合の悪い方に働いているようだとライは思う。
だってあまりにも、このクロヴィスはこのエリを気に入っているようだから。
かといってそれ以上何かを聞きだしたりするだけの気力もライは無くて、口をつぐむ。
そんなライを鼻で笑うクロヴィスはすぐに自分が抱きしめるエリを見て、愛おしそうに微笑む。
「……一目で気に入った。珍しくお前達も役に立つ、そう思った。だから、もう少し考える事にした。それだけだ」
その言葉はとても短いけれど、ライ達にとっては“奇跡”に近い物だった。
エリはクロヴィスが“選んだ”者なのだ。
けれどきっとその危うさはエリには気づかせてはならない、まだ。
きっとこのクロヴィスは、今の状況をとても気に入っている。
何も知らないエリと一緒に話したりするこの状況を。
変化がいつ訪れるのかは分からないが。
だからライは、クロヴィスの言葉に震える声で頷いたのだった。
そんなこんなで私は蜜蜂と戦って、勝利した。
倒された蜜蜂が、下の方から採っていってくれというのだけれど、何となくそのあたりの花の香りが違う気がして、
「“星語りの花”から採った蜂蜜が良いのですが……」
「あー、うちはまだあの花畑から集めていないな」
「え、そうなんですか?」
「ああ、花が咲き始めたのはつい最近だから……まあ、頑張って探すんだな。それでうちの蜂の巣はどうする?」
「……少しだけ頂いていってもよろしいでしょうか」
「おうよ! 俺達自慢の蜂蜜が採れるぞ!」
との事で戦った蜂から、蜂の巣を貰う。
実際にこの前採ってきたばかりの蜂蜜はとても美味しかったので、今回も手に入って嬉しい。
けれどここでその蜂蜜が手に入らないとすると、
「他の蜂の巣を探すかな」
私が呟くと、他の全員が驚愕したような顔で私を見た。
何でだろうと思っているとクロヴィスが、
「……本当にエリは食い意地が張っているな」
「……何が言いたいんだ」
「いや、戦うのは嫌だ、引き籠るんだと言っていたエリがついに戦闘狂になったと思うと、俺の教育のかいがあったなと思っただけだ」
「ち、違う! 私はただ美味しい物が食べたいだけだ!」
「……ここまでこうだとは思わなかった。よし、これからは食べ物が採れる所を戦闘場所に選んでやる。そうすればエリも素直に戦闘するだろうし」
「止めてぇええええ」
悲鳴を上げる私。
そしてそれから、触手に襲われそうになりながら、蜂の巣を探す事五つ。
「や、やった、“星語りの花”から採った蜂蜜を手に入れた……」
その頃にはもう日が暮れかけていて、慌てて町に帰る私達。
帰りに、“ベクトル牛”の生クリームという、物理的な牛のような生クリームを購入していった。
そして私は、ようやく帰ってこれたと背伸びをしてから家の鍵を開ける。
開いた中では、フィオレが茫然としたように椅子に座っていた。
そして、周りには這いまわる黒い物体の数々。
ああ、やはりと私は思いながら、
「フィオレ」
「びくっ」
名前を呼んだだけでびくついているのを見る限り自覚しているのだろう。
でも何でこんなに料理をするのだろうと私は思いながらも私はクロヴィスに、
「明日も戦闘に連れて行く気なんだよね?」
「もちろん、そうだ」
「だったらフィオレも連れていって良いかな? こんな黒くてガサガサしたの、量産されても困るし」
そんな話をしている間も、その黒い物体は天井まで走り回る。
その内空を飛ぶんじゃないかという不安を感じながらも私は、
「フィオレ、明日は一緒に行こう、戦闘に。そして手伝って!」
「だ、だけど私は……」
「頼むからこんな変なもの量産しないで。お願いだから」
「で、でも次は……」
「アンジェロさんに報告しますか?」
にっこりほほ笑みながら、私がそう告げると、フィオレが小さく呻いて、渋々といったように頷く。
その代わりにライにお留守番していてもらう事にしたのはいいとして。
それから私達は、その黒い物体の捕縛して、食事を作って食べたのだった。




