モグラさん
タタタタと走る人形を追いかける私。
猫の人形が軽やかに走っては、立ち止まって待ってくれる。
けれど近づくとまた走り出してまた待ってくれる。
「やっぱり猫は可愛いな。うん、可愛い」
「エリは猫が好きなのか?」
「うん、猫は可愛いよね。お猫様な感じが……はっ!」
そこで私は警戒するようにクロヴィスを見た。
理由は単純で身の危険を感じたからだ。
そして明りに照らされたクロヴィスは、私に微笑み、
「エリ、エリは猫になってみたいと思わないか?」
「……特には」
「そうか。俺専用の“猫”にしようかと思ったが、残念だな」
「クロヴィス専用の猫って、どんな何でしょう」
「可愛がってやるぞ? そうだな、溺愛してやる。……どうだ?」
楽しそうな声だし、それはとっても楽そうなのだけれど……。
クロヴィスってゲーム内ではラスボスなんだよね。
それで、ラスボスに猫として可愛がりたいと私は言われていると。
「危険な匂いしかしない?」
「なんだ勘づいたのか」
楽しそうにクロヴィスが私に告げる。
そこで私はそのクロヴィスの意図に気付いた。
「ま、まさかそれで私が怠ける方を選んだ瞬間大量の戦闘の依頼が?」
このクロヴィスは戦闘をさせたがっている。
つまり今のは……罠だ。
きっとそれを選んだ瞬間に私は、とんでもない目に合わされるのだ。
良かった、私はぎりぎりの所で大丈夫だった。
そう私が胸をなでおろしていると、クロヴィスが苦笑して、
「エリが日頃、俺のことをどう思っているのか分かったよ。……いや、エリの事だから……ちなみにどう思っているんだ?」
「うーん、仲間でもあり、私の事を、心をなくした戦闘機械にする、とか?」
後半部分はあまりにも戦闘ばかりさせるので、試しにいってみただけだ。
けれどそれを言った瞬間クロヴィスの表情が凍りつく。
そのまますっと表情が消えて、私を見下ろす。
クロヴィスは恐ろしく整った顔をしている。
その髪は黄金とも言えるような輝きを持ち、瞳は蒼く深い空の色。
その瞳を見ていると、“空虚”な天上の“空”へと落ちていくような、そんな感覚に陥る。
雲ひとつない蒼天を見上げて、とても大きな“何か”に恐れを抱くような感覚。
雄大な自然にある種の畏怖を覚えるような、自分の矮小さを思わせられるような……。
凍りついてる私だけれど、そこで深々とクロヴィスはため息を付いた。
「戦闘機械にするつもりはないな」
「あ、あたりまえだよ、冗談だし。……本気にした? ごめん、気を悪くさせちゃったかも」
「いや、そういえば俺は随分と戦闘もぬるい物ばかりだったから少しキツメにした方がいいかなと、ここで考えを改めさせられた」
「会話が成り立っていないような気が……」
「すぐ“甘え”ようとするエリにはもう少しハードな展開が必要かもと思っただけだ」
「ひ、必要ないです! も、もうやだぁああああ」
そう私は叫んでその場から駆け出す。
そして猫の人形を追いかけた私達は、ようやくある場所にやってきたのだった。
そこは開けた場所だった。
私達が立って通れるくらいには広い、“宝の持ち腐れモグラ”のダンジョンの道を更に奥まで行くと広間のような場所に出る。
私達の周り浮かんでいた光が、ふわっと周りに広がる。
大きな部屋だ。天井も高いのを見ると、先ほど歩いていたダンジョン自体が緩やかな傾斜が付けられており、地中に潜っていたのかもしれない。
このモグラダンジョンは蟻の巣のように広がっていて、その一か所にこういった場所があり、
「宝ものが積みあがりすぎて眩しい……」
私は呟いた。
目の前に積みあがる黄金色の物が沢山。
四角い金塊やら、金貨、ネックレスなどの宝飾品から杖、防具、剣――宝石などが付けられた美しい物なので、宝剣という飾りなのだろう――など、めまいがするような宝ものの数々だ。
よく物語やゲームなのでそういったシーンをイラストで見る事はあったけれど、実際にこうやって見ると壮観だ。
「これ、全部売ったら幾らくらいになるんだろう、凄い……」
そんな私達の前で、先ほどの猫の人形がミィと小さな声で啼いてぽてっと横に倒れる。
役目が終わったので動かなくなったらしい。
私はここまで案内してありがとうと思いながらその人形を拾い上げて、大事にしまう。
そしてここからだけれど、この宝の山からある物を探さないといけない。
今回の依頼は、それが目的だったはずなのだ。
特に力の強い魔道具なので、そういった気配がするはずである。
主人公達はそれをたどって二回目にここに来ているのだ。
そして一生懸命この宝の山を掘っていたのだ。
あれはとても大変そうだったけれど、実際に私が見ていても、
「どうしよう、この中から探さないといけないんだけれど……」
「何をだ?」
「……都合が良さそうな魔道具?」
とりあえずぼかしてみた。
何でその依頼主がそれが欲しいと知っているんだと、クロヴィスに聞かれたら困るからだ。
クロヴィスが私をじっと見てから、
「何かを隠していそうだがまあいい。さて、それで、これからこの宝の山から探していくのか。とりあえずは魔力の有りそうなものをかたっぱしから集めていく感じでいいか?」
それに頷き私達はその宝物の中から探し始める。
宝箱のようなものを見つけたけれど、そういったものの中には特に入っていないはずなのだ。
目的のものは、白い石の周りに金色の細工がされた、ブローチだ。
でも大きさはそこにある大きめの金貨が三枚くらいの大きさで、ブローチとしては大きいけれど、
「この山が大きすぎて、くっ、こんなに宝物をためやがって」
この“宝の持ち腐れモグラ”は、実は結構強い魔物だ。
故に戦闘は出来るだけ避ける方向に行くため、戦闘になりそうだったものは金貨などを投げてそちらに気を取られている内に逃げるのが定石である。
確か今回の依頼は、間違えて貴重な物を投げてしまっていたがために、それを探しだそうという依頼だった気がする。
そう思いながら私は、沢山の宝の山に絶望しながら、魔力のあるものを取り出しつつ、目的のブローチを探し始める。
そこで、大きな足音がしたのだった。
現れたのは二つの巨体。
毛むくじゃらのその二匹の目は赤く、私達を睨みつけている。
それはそうだろう。
彼らが大事にしている宝の山に、見知らぬ人間がごそごそしているのだから。
とはいえ、ゲーム内では一匹しかいなかったのだが、ここでは二匹だ。
しかもこのモグラは戦闘能力が高い。
クロヴィスが剣を構えるのが見えたので、私は慌ててそれを止める。
「駄目だよクロヴィス! 捕縛の依頼じゃん!」
「殺さない程度に無力化すればいいだろう?」
「うーんそれはそうなんだけれど、さっきの網の魔法道具、実は二つほどあって」
「……今のエリの能力だと、このモグラは危険すぎるか、っと!」
そこでモグラが腕をふるい風の攻撃をしてくる。
白く孤を描くような鋭い風の刃が幾つも発せられる。
それはモグラの手についた鍵爪の様な部分を振りあげるたびに幾つもの風の刃が出来るのだ。
ちなみにこの魔法を使う爪は生え換わりの時期があり、その時期に回収できると貴重な魔法道具の材料や装飾品になる。
特にあの黒い爪の美しさは、“夜の宝石”とも言われる代物だ。
それは置いておくとして、その風の刃攻撃と共に俊敏な動きで、モグラはクロヴィスに襲いかかる。
やってきたモグラのその爪で攻撃されたクロヴィスは、それを剣で受け止めるかと思いきや、その爪を剣で切り裂いた。
ゲーム内ではとても硬くて剣では切れない設定だったようなと思いつつも、爪を切られたモグラは悲鳴を上げる。
その油断している瞬間を私は見逃さなかった。
「クロヴィス、下がって、喰らえ! “ゴムっぽい投げ網”」
「ふぎゃ? みぎゃああああ」
悲鳴を上げるモグラはその縄に、無事な方の爪で切り裂こうとするが、ゴムのように伸びて引きちぎれない。
それどころか攻撃が跳ね返されて、モグラは倒れてしまう。
そしてそんなモグラはなす術もなく捕縛されてしまう。
じたばたするモグラに、よしっ、一匹は上手く行ったぞ、あともう一匹はと思った所で……私は背後に何か気配を感じる。
しまったと思ったのは、自分の背後にもふもふの毛が押し付けられた時だった。
背後に毛の柔らかさと温かさを感じるが、その前に私の目の前にある黒い爪に委縮してしまう。
油断していた。
そもそもこのモグラは動きが早いのに、片方を捕まえて安心して、もう片方に気付かなかった私が愚かだった。
「エリから手を放せ」
「みぃぎぎ」
クロヴィスが私を捕まえているモグラに言う。
それにモグラは楽しそうに嗤うような声をあげる。
けれどそんなモグラにクロヴィスは、私はいつも聞いているものとは全く違うような冷たい声で、
「もう一度言う、エリを放せ。次はないぞ?」
「みぃぎぎ」
再びモグラは馬鹿にしたように嗤う。
それにクロヴィスは剣を私の前で鞘にしまう。そして、
「お前は必要ない」
クロヴィスが、まっすぐにモグラを見据えてそう告げたのだった。




