塔の中にて
そこはうっそうと茂った森だった。
明るい日差しを覆うがごとく、木の枝がのびて薄暗い。
どことなくじめじめとした暗い場所で、苔がそこかしこに生えており、同時に非常にカラフルな蛍光ピンクや水色、黄色のキノコや、暗闇で赤や青、緑に光るキノコが光り輝く胞子を飛ばしている。
そこを私は担がれながら移動していた。
この縄からどうにか逃げ出したいと思うのに、意外にきつく縛られて逃げられない。
そうこうしている間にクロヴィスは道なき道を歩きはじめる。
そして戻る道が分からなくなった頃、クロヴィスがある場所までやってきた。
そこには灰色のクロヴィスの身長よりも大きい石板があり、けれどそれには何も記されていない。
石板のつるつるとした光沢のある表面には、緑色の苔とツタが生えて覆っている。
それを見ながら私は嫌な予感に駆られる。
だってこのイベント、ゲームの中で見た事があるし。
確かこれを起動させると、地中から塔がせりあがってきて、新たな採取スポットになるのだ。
それだけならまだいいのだけれど、ゲームでは装備やレベルの関係で結構攻略が大変だったような……。
条件を幾つか検討した結果、私は一時帰宅すべきだと判断した。
更に言うのであれば、仲間を呼ぶべきだと思った。
加えて、出来ればこんな戦闘なんてしたくないというのが私の本音だった。
と、クロヴィスが笑いながら私に告げた。
「さて、ここまで来ればもう、エリは自力でここから戻れないだろうから縄をほどいてやろう」
などと言いながら、クロヴィスは私の縄を解いていく。
だがこの程度で私が逃げ出さなくなるというわけではなく、
「くくく、縄をほどいてしまえばこちらの物だ。ここから空を飛んで、町に帰ってやる! ぐえっ」
そこで私はクロヴィスに襟首を掴まれた。
しかも深々と溜息をつかれて、
「それで、他に何か言い残す事はないか?」
「え、えっと、私は戻って家で出来る依頼を……」
「ぽちっとな」
そう言ってクロヴィスがすぐ傍の出っ張った石の様なものを踏みつける。
足元から白い光があふれて、それが一つの線となり石板に走り、白く魔法陣をその灰色の石板に描く。
同時に地響きがして、地面がぐらふらと揺れ、目の前に何重にも重ねられた塔が現れる。
何処からどう見ても、ゲーム内で苦戦したあの塔だ。
だから私はせめて仲間を呼ぼうと、
「クロヴィス、他の人達呼んでこようよ、危険だよ!」
「俺がいるのに危険なんてあるわけないだろう」
クロヴィスが言いきるのを聞きながら、そういえばゲームではこの塔に入り込む時にクロヴィスは用事があって一緒に行かなかった気がする。
なにかそこにヒントがないだろうかと私は考えるけれど、
「やっぱり危険としか思えないよ。戻ろうよ!」
「そう言って逃げようとしたって無駄だ、行くぞ!」
逃げようとする私の襟首をつかみ、クロヴィスはその塔に入ってしまったのだった。
そんな中に入っていく私達を、彼?は見ていた。
「一体どういった風の吹き回しか……だが、警戒するには越した事はない」
そう赤い瞳に黒髪の彼?はフードを取り、女の姿を現し、そう呟いたのだった。
塔の様なその、地面に埋められて遺跡に私達は入り込んだ。
入ると同時に、左右の壁のくぼみに青白い炎がともる。
その冷たい色が余計中の不気味さを煽る。
しかも歳月を感じさせるような塔であったのに、今歩いている通路の両方の壁と天井は先ほどの石板の様につるつるとしている。
そんな不気味なこの塔ではあるけれど、後々色々な事実が判明する。
ゲームの通りでは、だが。
けれど私が今現在歩いているこの塔の内部は、ゲーム内とほぼ同じ。
ただ、ここにはフィオレに出会う前に来るはずだったのだ。
そして本来一緒にいなかったクロヴィスが私の傍にいる。
この差異はなんだろう、ただ異世界だからという理由だけなのだろうか。
そこでひんやりとした風が私の頬を薙ぐ。
小さな水音が聞こえる。
この塔の中、中央には噴水があり、そこには緑色のよく分からない植物が傍に飢えて会ったりする。
その中央からこの塔の天井までが吹き抜けとなっており、一番上の所には温室のように硝子の様な物がはめ込まれている。
ちなみにあの場所にはガラスの凸レンズのような魔法がかかっており、ここの場所で空を飛ぶ人間などを焼き殺す恐ろしい魔法である。
そしてそれを解除することで、ドラゴンに似た怪物がボスとして現れるのである。
赤い体をした空飛ぶ怪物。
手に入る物は確か、“炎を秘めし琥珀”。
その名の通り、黄金色の琥珀のようなものの中で、炎が揺れている貴重なものだ。
確かあの海に近い街にある灯台の光が盗まれてしまい、その光のもととなる貴重な“炎を秘めし琥珀”をさがすイベントで、確か町の人に聞いてこの塔にやってきたはず。
けれどこの塔はもともとその赤いドラゴンのように変わった古の魔法使いが引きこもるために建造されたもので、その内部で全ての生活が事足りるようになっていたのだ。
そんな古の魔法使いはある日、その身をドラゴンのような怪物に変えてしまう。
魔族に近づくことで、長く生きて、“深淵の魔族”とともに生きるのを誓ったという。
だが人間がそんな“深淵の魔族”になれるはずはなく、狂った怪物になってしまったという。
話を戻すが、この上の階にいくには、その階ごとのボスを倒して最上階まで登らないといけない。
その最上階には祭壇が有り、それを壊すとそのドラゴンのような生物が、どこからともなく姿を表すはずなのだ。
さて、ここまで説明をしたのはいいのだが、実は、ある素敵なアイテムが有る。
空を飛んで移動できないので、円形のその階毎の廊下は見えるのにいけない状態なのだが、
「“のびーる梯子 ”その名の通り、どこまでも高く伸びる梯子! これを登っていけばあっという間に最上階まで行けるよ! もちろん梯子の足が地面についているので、飛びながらこの梯子に触れていれば一瞬で最上階に……ってあああ!」
そこで、“のびーる梯子 ”はクロヴィスの剣戟によって細切れにされてしまった。
なんでと私が思っていると、
「……エリ、少しは学習しろ」
「で、でもこうすれば楽に最上階まで行ける裏技なのに!」
「そうやってすぐ怠けて戦闘から逃げようとする、ほら、行くぞ。まずはこの階からだ」
「い、嫌だぁああ」
けれど引きずり込まれて私は、その部屋に連れて来られてしまう。
1階は水に関する部屋だった気がする。
それぞれの階にはコンセプトが有り、けれどそれが侵入者を阻むために、恐ろしい攻撃を仕掛けてきたはずなのだ。
私は慌てて魔法を使うための杖を取り出す。
妖精のついていないもので、大地や植物に関する土の属性が強い杖だ。
緑色の魔力石がいくつも輝くその杖を持ちながら、敵を警戒する。
けれど周りにあるのは、空の水槽ばかり。
確かゲーム内では熱帯魚のような色鮮やかな魚が泳ぐ、不思議な型をした水槽がいっぱいあって、その魚達にも攻撃された記憶がある。
「クロヴィス、水槽ばっかりだけれど……」
「大方、魚の世話をしようと思って買い揃えたけれど、途中で飽きたのだろう」
「……え?」
「ただこの先の部屋には魔力の気配があるから、そこでエリは手合わせをしてもらえ」
そう言われた私は首を傾げる。
なんで戦闘ではなく手合わせなのだろうと。
その意味は、次の部屋に私ひとりでクロヴィスに放り込まれて、ようやく気づいたのだった。
突然一人で部屋に放り込まれた私は慌てて振り返った。
「クロヴィス!?」
「あー、少しは自分一人で頑張ってみろ」
ドアの向こう側から、クロヴィスの声が聞こえる。
何でと私は、涙目になる。
けれど、そこで背後からぴちゃっと音がする。
恐る恐る振り返る私は見た。
そこにはひときわ大きい水槽があって、羽の生えた魚が一匹水槽を泳いでいる。
私の背の半分くらいの大きさであるその魚。
ゲームとほとんど同じ。
人工的に作りあげた魚の魔物の様な生物、だったはず。
その魚は私の方を見て、水から飛び跳ね、
「この私に勝利すれば、道は開かれん!」
「ああ、あの時と同じ台詞……というか、いきなり戦闘ですか!?」
すぐ傍を氷の球が飛んでいくのを見て私は走りだす。
何で水の中に生きている魚が氷を発射するのか。
冷凍食品ですか!? と思ったりしつつ私は魔法を選択する。
連続攻撃の魔法。
氷の礫を炎で破壊し、あの本体の魚に攻撃を仕掛けるにはきっとこれが良い。
そう思って私はその呪文を選択する。
「“永遠なる紅き炎”」
呟くと同時に赤い光が杖から地面に落ちて、光り輝く魔法陣が浮かび上がる。
そこっから私が去ると、円陣から炎が浮かび上がって魚に向かっていく。
けれど一撃目は、魚の氷に行く手を阻まれる。
だが一つくらい防がれた所で、私には何の問題もなかった。
走りながら氷をよけつつ、地面をトントンと叩く。
そこにそこに円陣を広がされて、炎の魔法を飛ばす。
常に移動しながら攻撃が出来る利点がこの魔法にはある。
とりあえず何とか上手くやっていかないと、というか、クロヴィスは私だけで戦わせるし……。
何が大丈夫だ、覚えていろ! と思いながら私は頑張ってみる。
連続の炎の攻撃は、魚に数個命中する。
それだけで弱っているようだ。
この攻撃力なら後、二発程度当てればよさそうだけれどと私が思っているとそこで、
「おのれ~、これでどうだ!」
更に大量の氷が降り注ぐ。
追いつめられると攻撃が激しくなるのはよくあるパターンだけれど、こんな所までゲームと同じじゃなくてもいいじゃないですか! と私は涙ながらに思った。
その間にも次々と、時に氷を避けるために魔法攻撃を繰り出しながら、攻撃を加えていく。
やがて、その氷の隙間を縫うように魚に炎が辺り、ぽちゃんと水槽の中に魚が落ちて、代わりにころんと天井から鍵が降ってくる。
これを使えば上の階にいけるのだ。
それを拾いながら私は頷き、
「よし、帰ろう。確かこれ、出口の鍵とも同じだったし、クロヴィスが来る前に……」
「俺が来る前に、なんだって?」
気付けば背後にクロヴィスが立っていて、そんなクロヴィスに私はむっとしたように、振り返り、
「酷いじゃない! 私を一人で置き去りにするなんて!」
「だがそうしないとエリはすぐ怠けるだろう?」
「だからって一人はないよ!」
「一人でどうにか出来るだけの実力がエリにはあると俺は思っていたが? 実際に出来ただろう?」
そう言われてしまえば私は呻くことしか出来なくて、小さくむ~と呻いた。
そこで私はクロヴィスに抱きしめられて頭を撫ぜられる。
突然の行動に驚くけれど、そうされてしまうと私は何だかホワンとしてしまう。
気持ちが良いというかとろんとしてくるというか、不思議な感じだ。
小さくクロヴィスが笑うのが聞こえて、私はそこで意識が覚醒する。
「は、放せ、というか子供扱いしないでよ!」
「はは、そうだな。それで、次の階に行くぞ」
そう私は笑われて、言われてしまったのだった。




