18-3
「そっちの方がチートじゃんよ」
「『最終深点』かい。やってくれるね、お嬢……」
パサちゃんが言ってたな、そんなこと。スミレは「狩り」の前に聞いた話を思い出す。
オリエの琥珀の中には「最終深点」へ到る記憶が入っている。そんなことを言っていたっけ。あれはアキちゃんだけの話なのか、パサラが知らないだけでオリエはボクらの分を用意してくれたのか……。
まあいいや。スミレは考えるのをやめた。こいつを倒せればいいんだから。
この姿になって、できることはもう頭に浮かんでいる。いつもよりも、よく分かる。まるで心の中が全部、外に出てしまったみたいだ。
バチバチと一挙一投足に音を伴いながら、スミレは槍を構えて地を蹴った。
「覚悟しろ……!」
スミレが「フリント・ロック・ライトニング」と呼ぶ、その身を雷と化しての高速突進攻撃、この「最終深点」はそれと同じ状態を常時保つのだ。
「おいおい、大して変わっとらんじゃん」
さっきまでと同じように、タイガーアイは簡単に身をかわす。だが、スミレに焦りはない。
「それは――どうかな!」
タイガーアイが距離を取ったと見るや、スミレは槍を横に薙いだ。その軌跡から三本の雷の矢が放たれる。
「ちっ!」
タイガーアイは左手のハンドキャンのを盾代わりにして防いだ。
何で矢なのかは知らないけど。スミレは再び雷の矢を作り出して放った。楽しいからいいや。便利だし、どんどん使っていこう。
「新しいおもちゃにはしゃぐ子どもかい、あんたは!」
タイガーアイは矢を弾き落とすと、右のハンドキャノンから大きな種を撃ち出した。
スミレがマンションから落ちた時、追撃で放たれたブドウ弾だ。その時と同じく、空中で破裂して黒く硬い種をスミレにばらまく。
一度やられた技ではあったが、スミレは臆さなかった。
「効かない!」
黒い種は、命中するそばから弾けて塵に変わる。スミレにまったくダメージはない。
「これは……!」
怯んだ様子を見せたタイガーアイに、スミレは突きかかる。
タイガーアイは左のハンドキャノンから、今度はツルの種を撃ち込んでくる。
「それも効かないよ!」
急速生長したツルはスミレへ絡みつくが、身体に触れた途端燃え落ちた。
「わっと! やっぱりかい!」
槍の切っ先を紙一重でかわし、タイガーアイは大きく飛びすさった。
「ロズ子の『最終深点』の雷版か……。厄介だにぃ……」
タイガーアイは、インカローズの「最終深点」を連想していた。彼女が体を炎に変えるように、スミレは体を雷の塊に変えるのだろう。
「えいっ!」
離れたタイガーアイに、スミレは再び雷の矢を放つ。
「読んでるよ、そんなの!」
右のハンドキャノンの砲口から、一枚の輝く巨大な葉が生え、盾のようにタイガーアイの全身を覆い隠した。
「はい、リフレクショーン!」
葉に当たった矢は反転し、スミレに向かっていくが、雷となっているその体に吸収された。
「反射とかズルいぞ!」
「そっちの方がチートじゃんよ」
タイガーアイは、役割を終えて枯れた葉を引き抜きながら言い返す。
「じゃあ、直接行く!」
スミレは槍を構え、再び突進を仕掛ける。
やっぱり、これしかないに。タイガーアイはつぶやくと、口の中の種を噛み砕いた。
「あれっ!?」
突き出した槍は虚しく空を切った。言葉を残してタイガーアイがまた姿を消したのだ。
「また消えた!?」
まずい。スミレは歯噛みする。この姿になっても、感知の能力は身に付いていなかった。いや、あったとしても、それで見つけられるようなものではないかもしれない。
相手の姿が見えなかったら、やはりお手上げなのか。
そんなことないでしょ、と前に聞いた声が頭に響く。
見えなくても、繋がってるでしょう。敵だろうが、味方だろうが。
バチリ、とスミレのまとっている帯が、ひときわ大きな音で爆ぜた。
相変わらず、この種には対応していないのかに。
タイガーアイ――シイナは、きょろきょろと自分を探すスミレを見やって苦笑する。
姿を変えたスミレを見ていると、シイナは、自分が「カオスブリンガー」に加入した時のことを思い出す。
(オレらについてくるなら、『最終深点』に達してんのが最低条件だ)
ブラックスターは、そんな条件を出してきた。
(期限は一週間……。なに、心配すんな。特訓してやるからさ)
そこから始まったのは、特訓という名の死闘であった。ブラックスターを含む四人のメンバーが、入れ替わり立ち替わり、昼夜を問わず戦いを仕掛けてくる。
(既に『最終深点』の目前状態と判断。ただし、以降の道程は既往の経験に比して困難であると断言)
(自分のできることと向き合いましょう。命に通じる道は狭いものですが、自分自身を知れば、渡りきれますわ)
(ちょ、何それ!? 種の種類増えるとか、反則くさくない? こっちは風をどうこうするしかないのにさ!)
(気質だけに頼んな。白兵戦をわざわざ仕掛ける必要はねえけど、それに持ち込まれたときに最低限対処できるようになっとけ)
ありゃ特訓でも死闘でもなく、拷問だったに。だが、そのお陰か期日よりも二日早い五日目にして、シイナは「最終深点」に達したのだった。
扱える種の種類も、鱶ヶ渕時代の四種類から八種類に倍増した。
あの時インカローズと戦った経験から考えると、今のスミレに効果があるのはこの透明化の種と、あと一種類ぐらいか。シイナは左右のハンドキャノンに別々の種を用意した。
シイナは距離を取ってスミレの背後へ回り込み、右のハンドキャノンを向ける。
装填した種は、シイナが「エナジー・ブリット」と呼ぶものだ。
砲身の中で種を圧縮されていく。種そのものを打ち出すのではなく、種の中の生命力を抽出し、エネルギー弾にして放つ。これは炎と化したインカローズも防げなかった。理論上は、雷化したスミレにも通じるだろう。
最大のネックは、撃てる状態になるまで最速で十秒はかかること。この致命的とも言える隙を、シイナはいつも透明化の種でカバーしていた。厳密には、隙をなくすために身に付けたのが、透明化の種なのだが。
七、六、五……とカウントダウンの最中、腰に何かが触れているのに気付く。
「これって……!」
確かめて、シイナは目を見開いた。
それは一枚の細い布の端だった。見覚えがある、これはスミレの体を取り巻いていた――。
シイナは顔を上げ、布の繋がる先を見やる。透明になっているはずの彼女へ、スミレの構える槍の切っ先がまっすぐに迫ってきていた。
スミレのまとう雷の帯は、落雷の方向を誘導するはたらきがあった。帯の先は一度雷を撃ち込んだ相手に繋がり、スミレが対象を見失っていても自動的にそちらへ落ちる。
最初に撃ち込んだ雷の矢、あれをタイガーアイが受けた時点で帯は繋がっていた。以降の攻撃はタイガーアイがうまく避けていたため、また雷化中のスミレは自在に方向転換できないために命中することはなかったが、立ち止まった相手にならば当てることは容易い。
「ぐう……!?」
咄嗟の判断か、胸の正中を狙った槍の穂先をタイガーアイは体をひねってかわす。だが、完全には避けられない。チャージ中の右腕がスミレの体にかする。それだけで、肘から下が吹き飛んだ。
「クソ……ッッ!」
残った左腕から放たれた種を、スミレは上空へ跳んでかわす。
「これで、終わりだ!」
スミレの体は武器の槍と入り混じり、一条の雷撃となってタイガーアイの体を撃った。激しい雷鳴が辺りを闇夜を照らし、轟音が辺りを包み込む。
光と音が止んだ後、タイガーアイの姿はなかった。ただ、アスファルトに槍を突き立てたスミレの姿があるばかりであった。雷によって焼き尽くされ、完全に消滅したようだ。
「ふう……」
大きく息をついて、スミレは槍を抜き放ち、穂先を払う。
仇は討てた、のかな? 何となくスッキリしたような気もあるが、あまり実感がない。死体がなくなったせいだろうか。
やっぱり、黒いのを倒さなきゃいけないかな。探しに行こう、と思った時、不意に背筋が寒くなった。
何だろう? ボクも「ディスト」の気配が分かるようになったのかな? そこで、ほとんど反射的に、自分が駅の方を向いているのに気が付いた。
あっちに何かある? 考えるよりも早く、スミレはその身を雷に変えると、駅へ向かって飛んで行った。




