16-3
「一人はお前が殺したんだろ?」「四人はあんたじゃんよ」
「何だろ、あたしのお金が浪費されていく気がする……」
タイガーアイはぽつりと夜空に呟いた。
空は既に暗い。「狩り」の時間は差し迫っていた。それまでに会っておかなければならない者がいた。「狩り」の対象にすることも考えたが、タイガーアイ自身、もっと戦わねばならない相手がいたし、それ以上に彼女と戦いたがっている者もいた。
ブラックスターと別れてから、一路彼女の元へ向かった。彼女を狙う人物は、恐らくまだ到着していないだろうし。
そして、その読みは正しかった。彼女は――漆間アキナは、自宅近くの公園に一人でいた。滑り台を背にし、むっつりと不機嫌そうな様子だった。
「やあやあ、気分はどうだい?」
問いかけると、アキナは鼻を鳴らした。
「いいように見えるか? シイナ」
自らの名を呼んだ彼女に、タイガーアイ――山吹シイナはニヤリとする。
「思い出したみたいだね、アッキー」
「ああ……」
「どうよ、寝覚めは?」
「最悪だ」
アキナの背後に、不吉な色の炎が揺らめく。シイナはそれに見覚えがあった。何せ、この紫の炎に殺されかけたのだから。
「まーた暴走ですかい、姉さんや」
努めて冗談めかした口調をシイナは作った。
「やめてよー? 今はオリエさんも、トウコちんもいないんだからに」
「気分の悪い理由の半分は、お前らのせいだけどな……」
そいつは確かにね、とシイナは首を振った。
「シイナ、どうやって生き延びたんだ? お前はあたしが確かに……」
この手で殺したはずだ。みなまで言わず、アキナは手の平を見つめる。あの時、首を折った感触が今も残っているかのように。
「あんまり人には言ってなかったけどね、奥の手があったのさ」
シイナの気質「実りの大地」は、さまざまな効果を持った種を作り出す力だ。
破裂して黒く固い種を撒き散らす「ブドウ弾の種」、相手を拘束する「ツルの種」、相手の体に植え付けてその「インガ」を吸い上げて成長する「花の種」。この三つについては、当時の記憶を取り戻したアキナも知っている。
「そいつのことを、あたしは『リスポーンの種』って呼んでるんだけど、これなっかなか使い時がなくてね」
アキナに、「ルビー・アエーシェマ」に殺されかけた時が初めての使用だった。
「種の中にあたしの『インガ』を詰めて撃ち出して逃げるって仕組みなんだけど」
種は着弾した地点に根付き、それが生長すると木になり、実をつける。その実から新たにシイナが生まれ直すというプロセスを踏むのだが……。
「その生長までの期間、一週間もかかんだよね、参ったよ」
本当ならばすぐにでも戦線復帰するつもりだったが、シイナが目覚めた時には……。
「あんたの手でほぼ全滅してた」
既に後任の地属性の「ディストキーパー」候補がいたことから、シイナは鱶ヶ渕を出ることにした。そして「カオスブリンガー」と合流した、と語った。
アキナは見つめていた手の平を握りしめた。漏れ出そうな嘔吐を、こらえているかのように見えた。
「エリりんやおヒメちんはともかく、サヤサヤやトウコちんまで殺しちまうとはね……。どっちかは生き残ってるもんかと思ったよ」
シイナらは知るよしもないが、かつてミリカのいた時空では、「ルビー・アエーシェマ」との戦いでトウコが生き残った。この時空でも似たような展開になったのだが――。
「トウコは、あたしを救って死んだんだ」
エリイが死に、サヤが追い詰められた時、ミリカの時空ではトウコが駆け付けた。
だが、この時空ではオリエが先に現れたのである。ただし、サヤの命を助けることはできなかったが。
「あたしはオリエに殺されるところだった。殺されてた方がよかったかもしれないが」
自嘲気味にアキナは笑った。目に力がない。
サヤの死体を目にし、激昂したオリエにアキナがとどめを刺される寸前、二人の間に割って入ったものがいた。
それがトウコだった。
「あたしの意識は紫の炎の壁に閉ざされていたが、会話は聞こえてた」
オリエは「サヤがいくら『殺さないで』と言っても、限度というものがある」と主張した。
トウコは「殺さない選択肢があって、それを選ばないならば、ただ私怨を晴らしているのと同じ」と譲らない。
二人が言い争う隙に、「ルビー・アエーシェマ」はその力を回復させていた。
「あたしにも、トウコがかばってくれてるのが分かったんだ。それなのに……!」
アキナの、「ルビー・アエーシェマ」の右腕はトウコを薙ぎ払い、胴を真っ二つに切り裂いていたのだ。
すぐさまオリエの琥珀が飛んできて、アキナは意識を失った。
「その時に、夢を見たんだ」
アキナは真っ黒い空間の中に一人で座り込んでいた。辺りを照らすのは、周囲を檻のように取り囲む、紫の炎だけだった。
トウコは、その炎の中にいた。アキナは立ち上がれず、それを見ているしかなかった。足の先から灰へと変わりながら、トウコは口を開く。
「自分を燃やし尽くして、この炎は消える。そう言ったんだ」
夢から覚めた時、アキナはその記憶を失っていた。取り戻した今にして思えば、気絶している間にオリエが記憶を奪ったのだろう。
「トウコに生かしてもらったのに、あたしは何にも知らずに……」
アキナは胸を押さえた。その中の、灰と化したトウコを取り出すかのように。
「にゃるほどね」
シイナは場違いなほど軽くうなずいた。
その様子に、アキナはきつい視線を向ける。
「それで何をしに来た? まさかそんな話をしにきたわけじゃないだろ」
「あー、ね」
怯む様子もなく、シイナの調子は変わらない。
「最後かもしれないからね、ちょっと話しておきたくてさ」
浮かべていた笑いをふとしまいこんで、シイナは尋ねる。
「で、どう? 一人ぐらいは生きててホッとした?」
アキナは答えず、瞑目して長い息を吐いた。
「あの時の連中はもう、あんたとあたし、二人しか残っちゃいない」
「一人はお前が殺したんだろ?」
片目だけ開いて、アキナは鋭い口調で言い放った。
「四人はあんたじゃんよ」
皮肉な調子でシイナは投げ返す。
「そうだ、だから裁かれなきゃならない」
「インガ」は応報しなきゃいけない。狂った「インガ」で、いちゃいけない。アキナは自分に言い聞かせるように、その言葉を抱え込むように拳を強く握った。
「そのために、あたしは世界を歪めたのに――お前らみたいなのが出てくる」
そして、あたし自身も。背に揺らめく紫の炎が、一層強くなったように見えた。両目を見開き、殺意と変わらない気配を向けられても、シイナに動じた様子はなかった。
「そうだよね」
同意を示した彼女に、アキナは意外そうな顔をした。
「あたしもそう思ってるからさ。だから今回、アッキーとは戦わないんだよ」
「どういう意味だ?」
「もっと戦わなきゃいけない子がね、いるんだ」
ケジメってやつかね。シイナは三つ編みを揺らした。
「戦わなきゃって、誰とやり合うって言うんだ?」
「オリエさんを殺されて、一番怒ってる子だよ」
スミレか、と問われてシイナは「そんな名前だっけか」と、とぼけてみせた。
「仇討ち、したいと思うんだよね。あたしはオリエさんの『計画』の仲間だったし、元同志ってこともあるから、適任だゆ」
「だゆ、ってお前……殺されてやるつもりか?」
まさか、とシイナ薄く笑った。
「今の暮らしは気に入ってるんだ、死ぬ気はないね」
「『狩り』なんてことをするのが、か?」
そうだよ、とシイナは薄い笑いを深く引き伸ばした。
「『狩り』ってのはね、自分自身の『インガ』をぶつけあうゲームなんだよ」
「そのために、誰かを殺してもか? 自分が死んでもか?」
「当たり前じゃん。命をベットしてるから、面白いゲームなんじゃないかい」
アキナは深い息をついた。
「お前は変わったよ……」
「アッキー程じゃないさ」
アキナは反論しなかった。そうかもしれない。四人も仲間を手にかけたのだ、何にしたって同じではいられない。
「でもね、アッキー。一個だけ言っておくよ」
シイナは人差し指を立てた。
「ここにいるってことは、誰にはばかることじゃない。どんな自分であったって、存在することを誰かに否定されるいわれはないんだよ」
まあ、ブラッさんの受け売りだけどね。シイナは照れたようにメガネを直した。
「あいつ意外といいこと言うんだな」
「うん、意外っしょ? あんなんなのにね」
おかしくて仕方ないかのような表情をシイナは浮かべた。
「あの人はね、真面目なんだよ。悪人であることに」
あんたが正義の味方であることに真面目だったようにね。アキナは、荊の棘で心臓を巻かれたような感覚だった。
「そろそろ時間だね。あたしはもう行くよ」
シイナはアキナに一度背を向けてから、思い出したかのように振り返った。
「そうそう、アッキーのとこには、因縁のある子が来るよ」
「お前以上に、因縁?」
因縁がある、と言われてもシイナ以外の「カオスブリンガー」は初対面のはずだ。確かにさっき、因縁を「つけてきたヤツ」ならいたが……。
「あれ、ペリちんのことは思い出してないの?」
「あの緑のヤツか?」
そうそうペリドット、とシイナはうなずく。
「正直、記憶を戻しても、まったく思い出せないんだが」
頭をかくアキナに、シイナは苦笑った。




