16-2
「ま、やったことないから、やりたいこともあるわな」
タイガーアイの姿が見えなくなると、ブラックスターはわたしを引っ張るようにして、ゲームセンターの中へ入りました。
「タイガーはうちじゃ一番新入りでな。元はここの『ディストキーパー』だったってさ」
ブラックスターは、人一人すれ違うのがやっとなぐらいに狭いクレーンゲームの間を歩きます。自分でもわかるくらいにおどおどした足取りで、わたしはそれについていきました。
「あいつ、変な『最初の改変』しててよ、ゲームする度にどこからか金が振り込まれるらしいぜ」
店の奥、階段を上がっていきます。わたしはためらいながらも、その後を追いました。
「無茶苦茶だろ? 永久機関みたいなもんだ。だからヤツには金運の石の名前をローズが付けたんだ」
二階は一階よりも薄暗く、何だか煙たいようでした。ゲームの音がピンジャラと鳴り、安っぽい色の光がちかちかと点滅しています。
「タイガーは大体のゲームが上手い。特に音ゲーはあいつの独擅場だ。格ゲーなら、オレも自信あったんだけどな。タイガーにゃ十回やって一回勝てたらいい方だわ」
わたしは何も返事できず、胸元のブローチを撫で回していました。どう反応したらいいのか分かりませんでした。ブラックスターはそれに構う様子もなく、楽しそうにしゃべっています。
フロアを見渡して、「お、アレあるじゃねえか」などとお目当てのゲームを見つけたようで、そちらに歩いていきました。
「おい、来いよミリカ」
呼ばれて、わたしはあわててそちらに追い付きました。
「これやろうぜ」
ブラックスターが示したのは、二丁の玩具の拳銃が繋がった箱でした。ガンシューティングゲームというらしいです。
「ほれ」
わたしに銃の片方を握らせて、ブラックスターは尋ねます。
「やったことある?」
わたしはうまく声が出なくて、首を横に振りました。
ちらりとゲームの画面を見ると、頭が欠けたり血を流したりしているグロテスクな人間がうろうろしていて、わたしは蒼くなりました。
ゾンビの出てくる怖いゲームのようでした。「ディスト」の方がマシに見えます。
「何ビビってんだよ」
ゲームだろ? とブラックスターは笑いました。
画面のゾンビを撃つ、弾がなくなったら画面の外を撃つ、生きてる人間っぽいのはあまり撃たない。ブラックスターの説明は大雑把でしたが、分かりやすいものでした。
「大体分かったな」
じゃあ行くぜ、とブラックスターは自分も拳銃を手に取ると、タイガーアイの小銭入れから百円玉をゲーム機に入れました。
ドォーン、とおどろおどろしい音が鳴って、わたしはビクりとなりました。
「ビビりか! 大丈夫だ、これ協力プレイだから」
協力と聞いていっそう怖くなりました。
この言葉といつも一緒に現れるのは、「お前のせいで」という苛立ちでしたから。そのとげとげした矢印は、わたしの鼻先に突きつけられ、ちくちくといたぶるようにわたしを苛んでくるのです。
「お、来たぞ。ミリカ、撃て、撃て!」
急かしつつ、ブラックスターは画面に向けて引き金を引きます。
あわてて銃を構えると、唸り声を上げて茶色い人間の形をしたものが迫ってきているではありませんか。
来ないで! 半ば本気でとって食われるかと思えました。わたしは涙目で銃を乱射します。
「撃ちすぎだ。リロードしろ」
ブラックスターに、画面の外を撃てと言われて、わたしは体をひねって横に銃を向けました。たまたま通りがかった男の人が、怪訝な顔でこちらを見てきます。
「何だその動き!」
背中からブラックスターの大きな笑い声が聞こえました。
「体ごと向く必要ねえから――って、あ……」
ヤベ死んだ、とブラックスターがこぼしたのが聞こえました。
画面の方を見ると、また茶色い人間がいっぱいに映っていました。痛そうな音に合わせるように、赤く画面が点滅しています。
引き金を引こうとしたら、点滅していた赤色が画面を満たして、「you died」の文字に変わりました。
「笑ってる間に死んじまったな」
「あ、はあ……」
何がなんだかよく分からないままでした。ブラックスターが銃をゲームの機械に戻したので、わたしも同じようにしました。
「お前、下手だなあ」
呆れたような、面白がってるような、そんな口ぶりでした。それは言葉ほどきつい意味を持たず、出かかった「ごめんなさい」を消し去って、わたしの中にストンと落ちてきました。
「何か得意なやつとかないのか?」
フロアを見回すブラックスターにつられるように、周囲のゲームに目をやりました。
よく知られているように、わたしの辞書には「得意」という言葉は載っていません。第一、ゲームなんてしたことが……。
ふと、あるゲームが目に留まりました。隅の方に追いやられているそれに、わたしは見覚えがありました。
昔やってみたかった、あのゲームでした。もちろん、やったことはないので、得意でも何でもないのですが……。
「お、アレか?」
伏し目がちなわたしの視線の先を、ブラックスターは見つけたようでした。
「懐かしいな、もぐらたたき。これが得意なのか?」
「と、得意とかは、ない……ですけど……」
ふーん、とブラックスターは鼻を鳴らして「ま、いいか」とわたしの手を引っ張りました。
「わ、わ……」
いきなり手を握られて驚くのと一緒に、もにょもにょとした気分が沸き上がってきました。
何故でしょう。怖い人だと思っているし、ついさっき痛め付けられたのに、恐ろしさ以外のどきどきを感じていました。手を握られたから、だけじゃなくて、もっと別の……。
「入れるぞ、ハンマー持て」
ハンマー? 機械の周りをきょろきょろ見回すわたしに、ブラックスターは呆れたように「ほら」とそれを手渡してくれました。
「お前、やったことないな?」
「あう……」
「ま、やったことないから、やりたいこともあるわな」
ブラックスターはコインを入れました。じゃらじゃらとにぎやかな音楽が流れ、正面の電光掲示板が点滅します。
よーい、スタート! くぐもった音声が鳴って、親指みたいなもぐらがぽこぽこと顔を出します。
わたしは必死にそれを追いかけて、ハンマーを振るいました。
たたけたり、たたけなかったり。いえ、たたけないことの方が多いのですが。ともかく、その時わたしは全部を忘れてもぐらを殴ろうとしていました。
ディアのこと、「狩り」のこと、わたしが滅ぼした街のことすらも。
「どんどんたたいてけよ」
ただ、隣にいるこの人の声と、目の前のもぐらだけがわたしの意識を包んでいました。この一角だけが、切り取られたかのように。
ピピーッと笛の音が鳴って、もぐらが全部引っ込みました。
「全然たたけてねえ」
29点。表示を見てブラックスターはまた笑いました。この人は、わたしを見てずっと笑っているような気がします。
「ゲームってしないんだな、お前」
わたしはためらいながらうなずきました。
「だったらまあ……こっちかな」
階段の方へ歩き出したブラックスターの後を、わたしは追いました。
プリクラでも撮るのでしょうか。一階には、四角いその機械があった気がします。どっちにしろ、それだってわたしは撮ったことはないのですが。
「どれがいい?」
ブラックスターがぐるりと見渡したのは、フロアの半分に並んだクレーンゲームでした。
「何でもいいぜ、どうせタイガーの金だしな」
捕れるまでやるしよ、とネコの小銭入れをじゃらじゃら鳴らします。
どれがいい、と言われても。決めることが苦手なのがわたしです。
それに、もにょもにょしたりして忘れそうでしたが、わたしはこの後、この人と命のやり取りをしないといけないのです。
だからなんだと言うの?
胸の奥からそんな声が聞こえた気がしました。
敵だから、なんだと言うの? ブラックスターはあなたのことを、しっかりと見ているわ。
「おい、そんな真剣に悩むなよ」
少なくとも、両親よりはそうじゃない? あなたの目線の先に何があったのか、それを察していたじゃない。
「そんな迷うもんなん?」
わたしに興味を持っているの。それは確かでしょう。だってこうして――
「おーい、ミリカ」
肩をつかまれ、揺さぶられて。わたしは我に返りました。ブラックスターは、わたしの顔を見下ろし、のぞきこんでいました。
「決められない性質なんだな、お前」
よく生き残れたもんだ、とブラックスターは感心とも呆れともつかない口ぶりでした。
「あ、あの……」
「決めた?」
わたしが選んだのは、背の高い機械でした。中に敷き詰められたビニールのボールの上に、大きなぬいぐるみが寝転んでいます。
「お、いいねえ」
よし任せろ、とブラックスターは、犬のぬいぐるみが入ったその機械に硬貨を入れました。




