12-4
「この刺した手応え……まともな『ディストキーパー』じゃないな?」
塀の下で折り重なってぴくりとも動かない二人にちらりと視線を送り、ブラックスターは改めて値踏みするようにわたしを見ます。
「前の二匹は簡単だったが、お前はどうだ?」
怯えたリスみたいに縮こまってるが。言われてわたしは余計にびくりとなりました。
「ちっとはもたせろよ!」
鎌を振り上げてブラックスターが迫ります。わたしは自分を取り巻くように風を起こして、更に盾も前に向けます。
これで勢いが削がれ、受け止められる。そのはずでした。
「……かっ!?」
冷たくて、熱い。わたしの胸を未知の感覚が襲います。
見ると、風も盾すらもすり抜けて鎌の刃がわたしの胸に突き刺さっていました。
どうして……!? まるで透けてしまったかのように、防御がまったく意味をなしていません。初めての経験でした。
「お前……?」
鎌をずぶずぶと刺し入れながら、ブラックスターは首を傾げます。歯を食いしばるわたしの顔に近付き、こう囁くのです。
「この刺した手応え……まともな『ディストキーパー』じゃないな?」
刺されたのと同等の鋭さに、わたしには感じられました。
気付いている? 違和感はあるようですが、正体を図りかねているのでしょう。首をひねっています。
「中で結界も張られてる。刃が貫通しないのはそのせいか……」
まあ何でもいいか、大して強くないし。つぶやくとわたしから鎌を引き抜いて突き飛ばしました。
アスファルトに叩きつけられて、うめき声を漏らしてしまったわたしの背を、ブラックスターは踏みつけます。
刺されるよりかは覚えのある感覚です。言うまでもなく、あそこで一人、へたりこんで震えてる水島ランによく踏まれていましたから。
水島は未だに変身していませんでした。かといって、逃げることもできないようでした。
「そっちのヤツは、戦う腹積もりもできてないのかよ」
笑えるぜ、と言いつつも、ブラックスターは今度は笑っていませんでした。
わたしの背から足をどかすと、その足でお腹を蹴りました。お腹の中のものが全部出てきそうな衝撃でした。
お腹を押さえて転がるわたしをまたぎ越えて、ブラックスターは水島に近付きます。
「お願い、殺さないで!」
水島は声を振り絞るようにして叫びました。
わたしの耳に、それはどこか身勝手に聞こえました。他は殺しても、わたしだけ生かしてくれたらいい。それが滲んでいます。
水島の目には、キミちゃんもスミレも死んだように映っているのでしょう。もしかしたらわたしのことも。
けれど生きています。キミちゃんもスミレも、わたしの感知ではまだ命があるようでした。何の目的があるのか、生かしたまま転がしているのです。
「オレを相手に命乞いかよ」
ブラックスターは首を横に振りました。
「そんなことしたやつで、死んでないのは……」
あいつとあいつと……と言ってみてから指を折り、ブラックスターは肩をすくめました。
「……結構いたわ」
やっぱ今のなし、と取り消します。意外と律儀な性格のようです。
「ま、どの道お前は殺すってことだ」
その「殺す」は、覆しようのない死刑宣告のような重さでした。これから水島が変身しようがしまいが同じことです。このブラックスターには、どうしてだかわたし達の技が通用しないのですから。
悲しみはわいてきません。水島ですし、しょうがないとしか思えませんでした。
でも、わたしの体はまだ動くのです。お腹の痛みも刺された傷も、なくなっていました。キミちゃんやスミレが起き上がれないところを見るに、わたしの傷の治りは早いようです。
だから今、わたしだけが水島を助けることができる唯一の存在でした。割って入って、またあの鎌に刺されてやればいい。
しかし、その後どうすればいいのかは分かりませんでした。全員で逃げられる奇跡のような作戦は到底思い付きませんでしたし。
第一、みんなが戦う中で一人変身してないような水島です。助ける気も失せます。今の命乞いも自分だけ助かろうとしているようでしたし。
それでも。
ブラックスターはいたぶるのを楽しむように、鎌を使わずに水島を殴り付け、蹴り転がしていました。青あざだらけの水島うずくまって泣きわめいています。
今あの水島ランを助けられるのはわたしだけなのは、変わらない事実です。
自分にしかできないことなんて、そんなものは存在しない、ただのまやかしだと思っていました。そういう哲学みたいな意味のことではないのでしょうけれど――。
「そろそろ飽きたぜ」
水島の髪をつかみ上げて、その首筋に鎌の刃を沿わせます。
未来を変えるには、忘れてきた勇気を拾ってみるのは、今がちょうどいい時なのかもしれません。
耳の奥の、ひびの入るような音が強くなってきます。
わたしは盾から「羽カッター」を――「テンペストスピン」を取り外しました。無計画に投げてはいけない、わたしの唯一の武器。でも、使うべきは今のはずです。
意を決して、こちらに背を向けているブラックスターに投げつけました。
「……!」
水島を突き飛ばし、ブラックスターは身をかわしました。その胸を「テンペストスピン」がかすめます。
「こいつは……!?」
わたしは水島の下まで飛び、背中にかばいました。
「おいおい、何だよ今のは?」
ブラックスターの胸元に薄くですが傷がついています。そこからこぼれ落ちる砂粒を見て、わたしは今のが「滅びの風」であったことを確信しました。
それは同時に「滅びの風」ならば、ブラックスターにも通じるという意味でもありました。
「やっぱりお前、ただ者じゃねえんだな」
面白いじゃねえか。ブラックスターの笑みは牙を剥いた獣のようでした。恐ろしくも、心底楽しそうに見えました。
「……み、ミリカ」
背後から水島が話しかけてきます。わたしは振り向くことはできませんでした。風を集めて、一つだけお願いします。
「水島さん、アキナさんを呼んできて……」
どうせ戦わないのなら、せめて援軍を呼んでほしいものです。
「逃がすかよ」
不意に後ろからブラックスターの声が聞こえます。何という早業でしょう、わたしが水島に話しかけるため一瞬注意を外したその間に、背後へ回り込んでいたのです。
わたしの感知で捉えられないなんて。そこで、この人からは「ディストキーパー」の持っている気配が一切感じられないことに気付きました。スミレの突進やわたしの防御をかき消したように、感知すら通用しないのでしょう。
わたしは振り返りざまに、水島の襟首を引っ張って後退り、背中でかばうように隠します。
「そいつ助けてもしゃーねーだろ」
確かにその通り、とも思いますが、見捨てることもできないのがわたしなのでした。
反論しないわたしに呆れたのか、ブラックスターはため息をついて、自分のお腹を丸く撫でました。
「まあいい、さっきの風で来いよ」
わたしが飛び退いたのは、ブラックスターから離れるためともう一つ、「テンペストスピン」を回収するためでした。
足元のそれを風で浮かせます。もう一度、「滅びの風」を。強く念じる分だけ、さっきよりも多く回転させて、ブラックスターに向かって発射しました。
しかし、身構えるブラックスターへ命中する手前で勢いを失って地に落ちました。
「こいつじゃねえなあ」
出てないようです。わたしは青くなりました。「滅びの風」は気まぐれなのか、それとも強大すぎるのか。吹かせるのも止めるのもわたしの自由にはできないようです。
わたしは密かに集めていた風を解き放ちました。相手を転ばせる突風でしたが、ブラックスターにはそよ風どころか無風も同じようです。
「もっとしゃっきりした攻撃しろよ」
手本を見せてやろうか? ブラックスターは不満そうでした。影が足元から這い上がり、鎌の刃へと集まって行きます。
「こういうふうな、さ!」
振るわれた鎌から、影が刃の形になって飛んできました。
速い。風の防御は間に合いません。鎌で刺された時よりも強い衝撃が、体の前面から駆け巡り、わたしの口からたとえようもない声が漏れました。
「ミリカぁ!」
水島のかれた涙声を背に受けながら、前のめりに倒れました。影の刃はわたしを貫かず、しかし大きく斬り裂いています。砂が体からこぼれ、アスファルトに積もりました。
「やーっぱ出せないのか、さっきの風は?」
砂漠の砂が体から落ちても、もう風を集める力がありません。わたしは地面に伏しながら、ブラックスターを見上げました。
「使いこなせねえのかよ、しょうもねえ」
そう吐き捨てたブラックスターの瞳は、今わたしを切り裂いた影の刃よりもひりひりと迫る色をしていました。
それはわたしのよく知っている色、あの砂漠で垣間見た昏さでした。
「なら、終わらせるか……」
ブラックスターは、今度はツインテールに影を集め始めました。細くまとめられた二房の髪は一気に太くなり、丸太のような腕に変わりました。
それが振り上げられた時、わたしの目の端に光が躍りました。
五十はあったでしょうか。わたし達とブラックスターの間に割って入ったそれらは、よく知っているものでした。何せ、このお腹にたくさん注がれたのですから。
「こいつは……」
卵型をした琥珀がきらめいて、一斉に光線をブラックスターに放ちました。光の帯はブラックスターの体をかばった闇色の腕に襲い掛かり、霧散しました。
「おいでなすったな……」
あの人は、空からやってきました。丸い円盤からわたし達の目の前に降り立ちます。
「わたしの街で勝手に暴れないでくれるかしら?」
オリエ先輩はブラックスターをにらみつけました。




