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深淵少女クリスタル  作者: 雨宮ヤスミ
[十二]二つの「計画」
21/67

12-2

「覚えておきなさい。わたしとディア、どちらも少なくともあなたの味方ではないわ」

 

 

 ディアが姿をくらましたことで、屋上に残されたアキナとオリエは、共にフェンスにもたれ、言葉をかわした。


 オリエは自ら「計画」のあらましを話した。


 「ディストキーパー」の体のことから説明を始め、「エクサラント」が実際には存在しないこと、この世界が「大多数がいいと思った方」にぼんやりと進んでいること、それに納得できなくなり自らが「インガ」のかじ取りを行おうと考えたこと、そのために他地域の「アンバー」を殺して「インガの輪」を集め「インガの改変」さえ可能になったこと。


「お前の『計画』って、そういう話だったのか……」

「ええ。それで、ディアが連れてきたあの葉山さんは何者なの?」


 珍しく殊勝な態度だ、とアキナは思う。だから、アキナも正直に話した。


 ミリカがここより未来の平行世界から来たこと、オリエの「計画」のために鱶ヶ渕が滅んだこと、そしてその世界ではディアでなく成田トウコという「ディストキーパー」がいたこと。すべてを聞き終えて、オリエは「不思議ね」とため息をついた。


「わたしの『計画』で鱶ヶ渕自体がなくなってしまうようなことは、起こりえないはずなのだけれど。平行世界のあなた達がよほど抵抗したのかしら?」


 あるいは――。オリエはフェンスから体を離し、アキナの正面に立った。


「葉山さんが重要なことを話していないか」

「何だよ、重要なことって?」


 直接それに答えず、不思議なことはもう一つあるのよ、とオリエは人差し指を立てる。


「おかしな話じゃない? あんな葉山さんみたいな子が最後の一人として生き残るなんて。取るに足らない、真っ先に死んでしまいそうな子なのに……」


 あなたも、そう思うでしょう? と振られて、アキナは肯定も否定もできなかった。


「どうせ、今もあの子は積極的に未来を変えようなんて考えや行動を起こせていないのでしょう? みんなあなたやキミちゃんやディアに、頼りきりなんでしょう?」

「ディアはあんたの『計画』の仲間だと、あたし達は思っていた」


 アキナは、ディアが水島ランをオリエの側につかせようとしていたことを話した。


「なあ、ディアって、結局何者なんだ?」


 本当に何も聞いていないらしいわね、とオリエは呆れとも取れるため息をついた。


「アレは、『エクサラント』そのものよ」


 アキナは眉をひそめる。さっきオリエは自分の「計画」を語る中で、「『エクサラント』というものは存在しない」と言っていた。そう指摘すると、オリエは肩をすくめた。


「それは、あのパサラみたいなのが住んでいる毛玉の国なんて存在しない、という意味よ」


 だが、実際に「インガ」のかじ取りを行っている管理者は存在する。それをオリエは便宜上「エクサラント」と呼んでいるのだ、と説明した。


「え、じゃあ、つまり、ディアってのは……」


 わたしも最近まで気付けなかったけれど、とオリエはアキナにうなずいて見せた。


 オリエは今までも「エクサラント」とは違った形の「インガの改変」を多少ならば行うことができた。だがそれは、かつて現れた「闘士型」のようなイレギュラーな「ディスト」を産んでしまう不完全な方法だった。


 別地域の「アンバー」を殺し「インガの輪」を集める中で、「エクサラント」と同じ領域に到ったことで、「インガ」の流れを俯瞰できるようになり、ディアの存在に気づけたのだという。


「それで問い詰めるために、今日呼び出したというわけよ。最悪、排除しようと思っていたのだけれど、まさかあんなことを言い出すなんて……」

「『計画』を進めればいい、か……」

「一体何を考えているのやら」


 オリエはもう一つうなずいて、ため息をついた。


「で、どうするんだ? 『計画』を進めるのか?」

「アキナ、あなたの立場でそれをわたしに聞く?」


 ばつ悪そうに、アキナは後ろ頭をかいた。


「いや、だって……つーか全部聞いちゃったしさ……」

「言ってしまったわたしも悪いということね」


 やれやれ、と頭を横に振ってオリエは天を仰いだ。


「止めにするわ」

「……え?」


 驚いたような声を上げたが、内心そう言うだろうなとアキナは感じていた。「計画」を語るオリエの顔は、誰かが止めてくれるのを待っているかのように見えたから。


「『エクサラント』がわたしの計画に乗じて、何かしようとしている。わたしとしてはね、この『計画』をそんなことに利用される方が、よほど腹が立つのよ」


 ディアに攻撃を仕掛けた時と、同じような目の色をしていた。


「だから、止めにする。そして、『計画』を『エクサラント』から守るわ。殺した72人ほどの『ディストキーパー』には悪いけれどね」


 その口調は、まったく悪びれていなかったが。


「本当にか?」


 アキナはオリエの目を真っ直ぐ見た。逸らさずに見返して、オリエはうなずく。


「本当よ」


 今のところは、だけど。そう言い出してもおかしくないが、とりあえず当面の危機は去ったと考えていいだろう。アキナは深くため息をついた。


「これも、ミリカが来てくれたおかげかな」

「そうか、葉山さんを排斥してしまっても、向こうの企みは……」


 おい、とアキナはオリエをにらむが、「冗談よ」とその視線を流されてしまう。


「さすがに葉山さんを殺すのは忍びないわ。それに『エクサラント』によって、どんな秘密兵器が仕込まれてるか分かったものじゃないし」

「秘密兵器?」


 そんな危ない単語はミリカには似合わない、とアキナは首をかしげた。


「ええ。あの子の体には『空間断層結界』が張られているわ」


 それは「インガ」の流れを遮断する働きがある、「エクサラント」御用達の見えない壁かカーテンのようなものだとオリエは説明した。


「それも一時間ごとに張り直されている。こんな大規模な『改変』を維持するとなると、排出される『インガクズ』の量は半端ではないわ。『ディスト』をたくさん産んでしまう。そんなリスクを負いながら、一体何を結界の内側に眠らせているのかしらね?」

「かしらね? って言われてもな」


 アキナには見当がつかない。正直に述べると、オリエも「わたしも見当がつかないわ」と首を横に振った。


「まあ、あなたもディアには注意なさい。それと、このわたしにもね」


 オリエはアキナに背を向けて歩き出す。帰るつもりのようだ。


「お前にもかよ……」


 ふわりとボリュームのある髪を揺らして、オリエはアキナの方に振り向いた。


「覚えておきなさい。わたしとディア、どちらも少なくともあなたの味方ではないわ」


 アキナは正面からオリエの顔を見つめた。本気ともウソともつかない顔をしている。いつものオリエの顔だ、とアキナの思った。


「味方でないあんたに聞くのはどうかと思うけどさ」


 もう一つ教えてくれ。アキナも、フェンスにもたれるのはやめた。


「あら、欲しがるわね」


 からかうような言葉を無視して、アキナは続ける。


「成田トウコって誰なんだ?」


 オリエにほんの一瞬だけ悲しげな色が浮かんだ。アキナの見たこともない表情だった。何かを悼むような、どこかが痛むような、そんな風に見えた。


「成田トウコ、あの子は――」


 言いかけて、今度は驚いたような顔になった。


「オリエ?」


 驚きは、どんどん蒼くなっていた。震えてさえいる。あのオリエが? そんなに成田トウコの話題はまずいのか? 勘繰るアキナを尻目に、オリエは小さくつぶやいた。


「まさか……そんな……」


 そして屋上の東端まで走り、フェンスの向こうの空をにらむ。アキナも慌ててそれを追いかけた。


「おい、どうした!?」

「わたしの感知を逃れて……? 『エクサラント』の差し金とでもいうの? いや、そうか、あいつは隠匿性が高いのだったわね……」


 何のことだ? 事態に頭がついて行かない。だが、何か緊迫した事態が起こっていることだけは分かった。


「アキナ」


 オリエは振り返ると、右手に握った琥珀を手渡す。


「これは……?」


 いつもの見慣れた卵型の琥珀だった。外観は、さっき軽々叩き落としたものと大差ない。けれど、それは何故かアキナの手にはずっしりと重たかった。


「その琥珀は、記憶媒体に『改変』してあるものよ。成田トウコとは誰か。何故、先代の『ディストキーパー』についての記憶があなたにないのか。そこにすべての答えがあるわ」


 本当は「計画」の最中、あなたを足止めするために使おうと思っていたのだけど、と不穏なことを言い添えた。


「だけど『計画』は今、あなたの目の前で中止になった。そしてこの事態……正に『インガ』のめぐり合わせかしらね」

「何だって言うんだ!?」


 さっぱり意味が分からない。だが、別段説明せずにオリエは話を続ける。


「あなたのこと、嫌いだったわ。独りよがりの正義感、その結果が仲間を手にかける暴走だなんて、バカみたいだもの。サヤちゃんがあなたを生かしておけと言わなければ、今すぐこの場で殺してやりたいくらいよ」

「何を言って……!?」


「でも万が一の時、あなたぐらいしかアレに勝てそうなものはいないから……。わたしが死んだら、琥珀を使いなさい」

「は? 死ぬ……?」


 オリエは「ホーキー」を取り出すと、再び自らの舌の上の鍵穴を開き、「ディストキーパー」の姿をとる。


 そして背中の輪から琥珀を取り外し、手の中で握りつぶして空に巻いた。粉々になった琥珀の破片は輪を描きながら屋上の上に落ち、人一人座れるくらいの円盤となった。どことなく、仏像を乗せる蓮台に似ていた。


 オリエがその上に膝立ちで乗ると、蓮台はふわりと浮き上がる。


「おい、何だってんだよ……!?」

「この鱶ヶ渕には長く住んでいるから。こう見えてもね、思い入れがあるのよ」


 だから守って、お願いよ。


 混乱するアキナを置きざりに、オリエは蓮台に乗って飛んで行ってしまった。


 一人残されたアキナは、琥珀を手にオリエの飛んで行った先をしばし見上げた後、手の中のそれに目を落とす。


 すべての答えか……。琥珀の使い方は知っている。だが、死んでから中を見ろとは、一体どういう意味だろうか。


 「あいつ」とか「鱶ヶ渕を守れ」とか、何を言っているのかまったく分からない。分からないが、あの様子はただごとではない。真剣に人に頼みごとをするオリエなんて、初めて見た気がする。


 アキナは琥珀を握りしめる。妙にずっしりと、手の平へ沈み込んでくるようだった。その重みが、不穏な影を呼ぶかのようだった。

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