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深淵少女クリスタル  作者: 雨宮ヤスミ
[十二]二つの「計画」
20/67

12-1

「勇気を持って、自由意志で君の『計画』を止めようとしているのさ」

 

 

 キミヨ達が宇内市駅で異形型と戦った翌日の放課後、漆間アキナは人を探して校内を歩いていた。


 その日の昼休みに、ミリカやキミヨと弁当を食べがてら情報の共有を行った。


 キミヨから、謎の「ディストキーパー」の乱入も含めた昨日のあらましを聞き、アキナは一つの提案をした。


「ディアを問い詰めよう」


 ミリカやランの証言から、ディアがオリエの側にいることは明白に思えた。オリエ本人を問い詰めるのには抵抗があるが、ディアならば切り崩せるかもしれない、というのがアキナの考えだった。


「いや、オリエに比べたらマシってだけだけどさ」


 自信あんの、と心配そうなキミヨの目線に、つい本音が出てしまう。


「それでもさ、スミレはキミヨが押せば何とかなりそうだし、ランはもうオリエのことをうさんくさいと思ってるんだろ? だったら、もうオリエの仲間ってディアしかいないってことじゃん」


 説得してみる、とアキナはいうのである。


「できるの、説得?」

「まあ、多分……」

「拳以外で?」


 痛いところをついてくる。さすがは幼馴染だ。ミリカも青ざめたような顔で見てくるので、とりあえずこう言っておいた。


「まあ、極力使わないようにするよ。あたしもあいつとは付き合い長いんだしさ」


 そんなわけで、アキナは放課後にディアを探して校内を歩き回っている。


 こういう時に相手が目立つ容姿をしているのは助かる。この辺で見たって人がいたんだが、とアキナは三階の屋上へ通じる階段をのぞいた。


 ちょうど屋上の鉄扉の前に、白い髪の少女が立っていた。


「ディア」


 背中から声をかけたが、驚いた様子もなく彼女は振り返った。


「やあ、漆間アキナ。今日も元気そうだね。いっぱいに張った帆のようだ」


 お得意のたとえを持ち出す彼女に、アキナは階段を上がって詰め寄った。


「何だい?」

「話がある」


 時ならぬ雰囲気にも、ディアには怯んだ様子はない。へえ、と肩をすくめた。


「それは興味深いね。君が『話がある』だなんて」


 くつくつと笑って、でも残念だ、と首を横に振った。


「先約があるんだ、この向こうでね」


 屋上へ通じる鉄扉をディアは親指で指す。普段は施錠されいるが、「ホーキー」を用いれば中に入るのはたやすい。


「相手は誰だ? オリエか?」


 おや呼び捨てかい、とディアは目を丸くする。


「ご明察、その通りさ。琥珀の女王さまから呼び出しを受けてね」


 これは、とアキナは考える。踏み込むべきか、引くべきか。


 恐らくは、「計画」のことに関する打ち合わせだろう。もしかしたら、最後の詰めなのかもしれない。


 二人が一緒にいるところを押さえるチャンスとも言えるが、戦闘になった場合を考えると分が悪い。拳は最終手段とは言え、使わないで済むとは考えていなかった。


 どうする? 引くか、進むか。


 考えていたのはほんの一瞬だった。すぐに結論は出る。


 引くなんてこと、あたしにはあり得ない。パサラはアキナの気質を「進む炎」と評した。正にその通り、進み続け燃やしつくす、それがあたしのやり方だろう。


「ちょうどいいな、そいつは」


 アキナは不敵に笑って見せた。


「あたしは、どっちにも話があるんだよ」


 そうかい、とディアは透明な宝石のはまった「ホーキー」を用いて、屋上の鉄扉を開いた。


 二人は屋上を歩き、やがてフェンスの端で地上を見下す立花オリエの姿を見つけた。どことなく物憂げな様子の彼女は、二人に気づいて振り返った。


「二人連れとは珍しいわね」


 オリエはその口元に微笑をたたえて続ける。


「援軍でも連れてきたつもりかしら?」

「いいや、違うよ。漆間アキナはわたしと君に用があるそうだ。そして君も、わたしに用があるという」


 あら、そうなの? オリエは小首を傾げてアキナを見た。


「アキナ、少し待ってくれるかしら?」


 わたしの用は簡単なことなの、とオリエはお願いするように手を合わせる。


「席を外せ、ってことか?」


 そいつはできない、とアキナは突っぱねる。


「どうして?」

「お前らの『計画』を、あたしは止めなきゃならない」


 いきなり直球をぶちこんだ。キミヨが傍にいたら「ちょっと!」と止めるところだろうが――あれこれ策を弄するのは性に合わないのだ。


「『計画』、ね……」


 いいわ、とオリエの双眸が鋭さを増す。


「アキナ、そこで聞いていなさい。あなたは大きな勘違いをしているようだから」

「勘違い?」


 アキナの問いに答えず、オリエはディアに向き直った。


「それで、何の用だい? こんなところまで呼び出して」


 傍目には和やかに感じられるが、アキナはディアとオリエの間に横たわる緊張感に気がついた。この雰囲気、まるで敵同士だ。オリエの言う勘違いとは、このことなのか。


「簡単な質問よ」


 オリエは細い人差し指を立てた。


「あなたは何者なの?」


 確かにそれは、この上なく簡単な質問だった。だが、「何者」という問いには、「お前は人間なのか」という意味すらこもっているかのように聞こえる。


「そんなの決まってる」


 やれやれ、と言わんばかりにディアは肩をすくめた。


「わたしはわたしだよ。十和田ディア。クリスタルの名を持つ『ディストキーパー』さ」

「あら、とぼける気?」


 オリエはきゅっと目を細めた。


「二か月前、あなたは急に現れて、さも昔からいたかのような顔で溶け込んでいる」


 そう、あの時。オリエは痛みをこらえるように、一拍の間を置いた。


「成田トウコが死んだ後よ」


 おや、という顔をディアはした。アキナも目を見開く。


 成田トウコ? それは、ミリカの世界にいたという「ディストキーパー」の名だ。こちらの世界では、ミリカの予想通り死んでいたようだ。


 しかし、死んだのは二か月前だって? ならばどうしてあたしはそいつのことを知らないんだ。「インガの改変」でいなかったことになったとしても、「ディストキーパー」の記憶は消えないはずなのに。


「――そうか、気付いてしまったんだね」


 ディアは腕組みして、もったいぶった様子で息を吐いた。


「ええ、わたしとしたことが、時間がかかってしまったわ」

「卑下することはないよ。普通の『ディストキーパー』ならば、決して気付けないから」


 普通の「ディストキーパー」ね。オリエも一つ大きく息を吐いた。


「そう。あなたは明らかに、普通の『ディストキーパー』ではない」


 そして、それはもう一人……と、アキナをオリエは横目で見やる。


「あたし?」

「いいえ。あなたと一緒に何かこそこそやっている子よ」


 アキナはぎくりとする。ミリカのことも、気付いてるのか?


「ならば問おう、立花オリエ」


 腕組みを止め、ディアはオーケストラの指揮者のように両腕を広げた。


「君はわたしのこと、何だと思っている?」


 その素振りに、オリエはほんの一瞬だが珍しく苛立ったような表情を見せた。


「そうね、自分勝手に『インガ』を弄り回す神さま気取り、といったところかしら」

「自分勝手に、だなんて、砂糖まみれの甘い見解だよ」


 そこまで自在に操れはしないんだよ、とどこか自嘲気味にディアは笑う。


「現に、君はいつも誤魔化せない」

「いつも?」


 オリエは眉を寄せた。


「どういう意味? まさか、あなた何度も――」

「だけどさ」


 遮るように、ディアは声を張った。


「そう正にいつものように、だ。気にせず『計画』を実行してくれればいいんだよ」


 オリエは横目でアキナを見やる。


「なるほど、『計画』のことを把握している割に、えらく迂遠な方法をとっているのは、何かしら別の狙いがあるようね……」

「何だよ……」


 じっとアキナはオリエの視線を見返した。オリエは簡単に目線を外した。というよりも、用はないとばかりにディアの方へ戻した。


「ああ、把握しているとも。それこそ、胸ポケットの中に入ってるぐらいに」


 ディアは胸を叩いて見せた。


「葉山ミリカを手駒にして、一体何を企んでいるの?」

「手駒か。その表現は半分正解で、半分間違いと言えるね」


 ディアは人差し指を振った。


「確かに、葉山ミリカをこの世界線に連れてきたのはわたしだ」


 世界線という言葉で、アキナはキミヨが説明した平行世界のことを思い出す。ノートに引かれた二本の線、本当にミリカは平行世界から来たらしいが、それはこのディアが企んだことだった――?


「だけど、彼女は手駒じゃない」

「ならば、何?」

Mut(ムート)、勇気を持って、自由意志で君の『計画』を止めようとしているのさ」


 今度こそ、大きな嘲笑をオリエは上げた。


「とんだ皮肉ね。あんな『何となくの化身』のような子に、勇気や自由意志だなんて」

「えらく彼女に厳しいじゃないか。あるいは、君と葉山ミリカの結末は、偶然のように見えてその実、必然だったのかもしれないな」


 ともかくだ、とディアは何が楽しいのかにっこりと笑う。


「立花オリエ、君は気にせず『計画』を進め給え。わたしはそれをぶち壊したりはしない。少々邪魔立てはさせてもらうがね」


「あら、とんだ上から目線ね」


 口の形は笑みに歪んでいたが、オリエの目は鋭くディアを射抜くようだった。


「わたしを攻撃するのかい?」

「……やめておくわ。無駄なことはしない主義なの」

「さすがに、賢明だね」


 腕を下したオリエに、ディアは背を向けた。そのまま歩き去ろうとしたディアを、アキナは呼び止めようとした。だが、そこでオリエから発せられた殺気に気付く。


「でもね、憂さを晴らしたいと思うこともあるの」

「後ろだ!」


 振り向いたディアの眼前で、琥珀が炸裂する。もろに爆発を食らって、ディアの右半身が吹き飛んだ。


「ぐあ……」


 地面に転がり、体から煙を上げて痛みに声を漏らすディアを見下し、オリエは琥珀のはまった「ホーキー」を取り出すと、それを自らの舌の上に浮かんだ「コーザリティ・サークル」に差し入れて変身した。


「シュ、マ……む、無茶苦茶するなあ……」

「あなたを殺しても、どうせ『本体』は痛くもかゆくもないのでしょうけど」


 個人的に鬱陶しいから殺しておくわ。息も絶え絶えのディアに、オリエは背中の巨大な輪から琥珀を飛ばす。


「やめろ!」


 アキナは急いで変身し、ディアをかばうように飛び出すと、琥珀を蹴り落とした。


「……退きなさい!」


 普段からは考えられないぐらいに感情をむき出しにして、オリエは追撃の琥珀を飛ばす。ランダムな軌道を描くそれらの動きを見切り、アキナはすべて叩き落とした。


「邪魔する気? 今のあなたでは、逆立ちしたってわたしに勝てないというのに」

「何かよく分かんないんだけどよ……」


 本当に分からないことだらけだった。だけど、今ここでディアを殺させてはならない。それだけは分かるような気がする。


「お前とディアは、同じ『計画』を進める仲間じゃないのかよ?」


 はあ? とオリエは眉をしかめる。


「あなた、さっきまでの会話を聞いていたの? ディアはわたしの『計画』を止めようとして、葉山ミリカを使ってあなた達をけしかけて……」


 ん? ともう一度オリエは首をひねる。


「ちょっと待ちなさい」


 オリエは大きく息をつくと同時に、変身を解いた。


「一旦、状況を整理しましょう」


 自分から攻撃を仕掛けてきたくせに、落ち着けというような手つきをする。


「一度、あなたとわたし、二人だけで話した方がいいわ」

「二人?」


 後ろを見ると、その背にかばっていたはずのディアの姿はなくなっていた。


「あいつ、いつの間に……」

「そういうものなのよ、アレはね」


 何だか毒気が抜かれたようになって、アキナも変身を解いた。

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