8-1
わたしが、わたしの姿をしてそこにいました。
わたしが目を覚ましたのは、暖かく柔らかいそれに違和感を覚えたからでした。
身を起こしてさわってみると、それはとても懐かしいものでした。
お布団だ。わたしはよく知っているけれど、かなり長い間遠ざかっていたそれを撫で回しました。
次いで辺りを見回して、わたしは息を飲みました。
薄い緑のカーテンのかかった窓、教科書やノートの積まれた勉強机、ハンガーで吊り下げられた制服、タンスに本棚、あまり好きではなかった姿見、そして何よりもわたしが今のっかっているベッド。
すべてを、よく知っている。紛れもなく、わたしの部屋でした。
そんな。わたしは手を口元にあてました。人の形をしていました。
慌てて体をまさぐりました。人間の感触でした。
ベッドから滑り降りて、姿見をのぞき込みます。
パジャマを脱ぎ捨て、裸になってわたしは自分の体を撫で回します。
腰の周りのたてがみのような毛も、体を覆うブリキのような鎧も、背中に生えた蝙蝠の翼も、頭にくっついた麦わらの帽子も、どこにもありませんでした。
鏡に映っているのは、たった一人のちっぽけな女の子、うねったくせ毛に淀んだ目の、ずっと見ていると死にたくなってくるような女の子でした。
どう見ても葉山ミリカ――わたしが、わたしの姿をしてそこにいました。
これは夢なのか、現実なのか。わたしは頭を抱えてうずくまります。
有体に言って、夢でしょう。わたしはすべてを滅ぼしてしまったはずです。住んでいた町も、嫌いだった子も、好きだった友達も。
痛いくらいに、髪の毛を握りしめました。目だけを動かしていると、勉強机の上のデジタル時計が目に入ります。
カレンダーのついた電波時計が指し示した時刻は、朝の六時五四分。慣れ親しんだ、学校へ行く日に起きる時間でした。
日付は――わたしがすべてを滅ぼすより前でした。そして、わたしが世界を変えてしまったのよりは、後でした。
灰色の世界を飛び回る、大きな鳥の怪物のことが、つい昨日のことのように頭の中をよぎります。
そうです、いつもと違った三人で、運動公園の上空を飛んでいた大きな鳥を落としたのです。かち合わせはしない、と言われていた組み合わせ、それが起こってしまったのは、あの子が旅行に行ったから。
わたしは立ち上がって、机に近づきました。机の上の小物入れから鍵を取り出して、それで机の一番上の引き出しの鍵を開けます。
恐る恐る、引き出しの中から小さな箱をそろそろと取り出します。
あった、ありました。それはチョコレートの箱でした。六粒入りのマカダミアナッツのチョコレート。あの子の、ハワイ土産です。
わたしはチョコレートを机の中に戻して、大きく大きく息をつきました。これ以上出せないくらいに、肺の中をすっかりカラにするように、深く深く息をつきました。
これは最後の確認でした。わたしは通学鞄を開けます。その内ポケットにわたしは大切な鍵を一つ入れていたのでした。
古風な作りの、お尻に羽箒の生えた、緑の宝石が埋まった鍵――それは確かに、いつもの場所にありました。
手にすると、左の腿の付け根がじんわりと暖かくなりました。わたしはデリケートな場所に近いそこへそっと手を触れました。
鍵山が掌に突き刺さるほど強く、わたしは鍵を、「ホーキー」を握りしめます。
痛みはわたしを現実に引き戻し、お前は取るに足らないグズだといつも教えてくれる友達です。その友達は、こう言っているようでした。
今この部屋にいられることは現実だ、と。
そしてもう一つ、黒雲のように心を覆う、わたしの経験。
鳴り響く雷、巨大な十字架、柔らかい唇の感触と、吹き荒れる風。そして、最後の一人さえも握りつぶして塵と変えたこと。
それもまた現実であるのです。夢なんかではなくて、それらを経験して尚この部屋にいるのです。
タイムスリップ。そんな言葉がわたしの頭の中に浮かびます。
それは、青くて丸いロボットが机の引き出しからやってくるような絵空事です。
けれどわたしは、未来の道具はなくても同じくらいに不思議で非現実的なことの只中にいたのです。だからでしょうか、妙な重たさをもってその言葉は口の中で転がりました。
ふらふらと、わたしの足は窓辺に向きました。そして、裸なのも構わずカーテンと窓を開け放ちます。
久しぶりに見下ろす見慣れた街並みは、かつてわたしが塵に変えたことなんてなかったかのように朝陽の中に輝いて見えました。
原因が何であれ、わたしは帰ってきてしまったようです。
この街――御薗市鱶ヶ渕に。