10-5
(昔と同じやり方をしていては――)
その夜、わたしはパサラからの指示を受けて「インガの裏側」へ行きました。
連日の出撃でしたが、今日のパートナーはわたしの記憶が確かならアキナさんなので、気が楽でした。それに、早めにディアのことも相談しておきたかったので、その辺りも都合がよかったのです。
「よう、ミリカ」
アキナさんは先に着いていたらしく、灰色の建物にもたれていました。
「で、ランとは話せた?」
「ひゃうっ!?」
いきなりそんな話題からか、とわたしはつい変な声を上げてしまいました。アキナさんは「ひゃうっ」ってなんだよ、と笑いつつ続けます。
「今日一緒に帰ってたじゃん」
「えーと……」
なんとまあ。よくご存じで。しかし、ディアと出くわしたことは知らないようでした。
わたしは恐る恐る、言い訳を並べました。ディアが出てきて何だか変な雰囲気になってそれどころではなかったことを、つっかえつっかえ説明しました。
「ふーん、じゃあ仕方ないな」
思ったよりも軽い反応でした。すぐに人の怒った顔を想像してしまう癖があるので、それはそれは恐ろしかったのですが。
「すぐに、ってのはできないよな。そこまで背負わせる気はないよ」
アキナさんに頭をポンとされて、わたしは下を向きました。ここ最近特にうつむいてばかりでしたが、こんなもにょもにょの理由でのうつむきは久しぶりでした。
「にしても、こうなると問題はディアだな……」
赤い顔に冷や水を浴びせられたような気分でした。すぐに現実に戻って、わたしは「そうですね」とうなずきます。
「もしあの人が、オリエ先輩の方についてるなら……」
「かなり面倒くさいことになるな」
あいつ底知れないからな、とアキナさんは言います。わたしも同じ意見でした。この間のツバメ型との戦闘で見せた姿がすべてとは思えないのです。
「なーんか、まだ奥の手があるんじゃないかって思えるんだよ、あいつ」
アキナさんの洞察でも、そう見えるということは。やはり十和田ディアには何かがあるのです。
「だからさ、あたしももっと強くならないと」
アキナさんは自分の手の平を見つめます。両腕にはめたグローブは、戦闘中は星のようなきらめく炎を吹き出します。このグローブを、確かトウコさんは「プロミネンス」などと呼んでいました。
「そういやミリカ、前に言ってたな。『ディストキーパー』の進化型の戦闘形態があるとかなんとか」
平行世界から来た話をした時に、そのことも言った覚えがあります。アキナさんはあの時、知っているかのような反応だったので、こちらの時空でも当然あの「プログレスフォーム」に変身できるものだと思っていました。
「『プログレスフォーム』か……。オリエが似たような変身はしてたんだよな」
オリエ先輩を「計画」を企む敵とみなしてから、アキナさんはあの人を呼び捨てるようになっていました。
「似たような?」
「ああ、変身した後に更に変身したんだよ」
姿が変わり、大きくパワーアップしたように見えた、と付け加えました。
「確かな、『最終深点』とか呼んでた気がする」
「……そっちが、正しい呼び方かもしれません」
「え、どういうこと?」
「トウコさん、オリジナルの名前を武器とかに付けちゃう人だったので……」
「プログレスフォーム」という呼び名はトウコさん命名で、オリエさんの言う「最終深点」が正式な名前なのでしょう。「ディストキーパー」のことに関しては、オリエ先輩の方が正確な知識を持っているはずですし。
「アキナさんは、その、『最終深点』は……」
「なれないんだよな、まだ……」
悔しそうにアキナさんは顔をしかめました。この人の上昇志向は、水島のように醜く映らないのが不思議でした。
「あたしもならないとなあ、『最終深点』」
ディアもなれそうだしな、とアキナさんはため息まじりに言います。確かに、それを奥の手として隠しもっている可能性は高いように思えました。
「どうやったらなれるかって、ミリカ知らない? お前の世界のあたしから、どうやったかとか聞いてない?」
「ごめんなさい、何も……」
今のわたしも怪物にしかなれませんし。そっか、とアキナさんは肩を落とします。
「プログレスフォーム」もとい「最終深点」を見せてくれた後のアキナさんは、何となく話しかけづらいし、そもそもわたしがあんな強い力を得るなんて想像すらしていなかったから、話題にもできなかったのです。
「そういやあの時、オリエはもっと恐ろしい形態が別にあるとか何とか言ってたけど……」
何だったかなあ、とアキナさんは後ろ頭をかきました。
「えーと、そう、『臨界突破』って言ってたっけ」
知らん? と聞かれて、わたしは首を横に振りました。名前だけではどうにも判断が付きにくいのですが。
「何でもさ、『ディストキーパー』が『ディスト』になってしまうこと、らしい……」
オリエ先輩ならば、「『ディスト』も『ディストキーパー』も同じもの」と無遠慮に言いそうではありますが、その時はかなり言葉を選んで説明したのでしょう。説明する必要性やそうする理由なんかは分かりませんが。
ともかく、そういうことなら心当たりはあります。なにせ、わたし自身それと同じ経験をしたのですから。なるほど、今のわたしは「臨界突破」した状態なのでしょう。名前が分かったとてどうしようもないのですが、すっきりはしました。
ただ、アキナさんやキミちゃんの前では知らないふりをしなくてはいけません。隠しごとを、そのまま隠し通すためには。
「そういや、ミリカは前にオリエがスミレを『ディスト』に変えたって言ってたな」
正確には「産ませた」なのですが、「ディストキーパー」の体の仕組みについては説明していなかったので、そういう表現をとらざるを得ませんでした。出産の後に、スミレは死んでしまったようですし、そこはあまり重要に感じなかったためでもあります。
応じようとしてふと、耳の奥がざわつくのを感じました。「ディスト」の気配です。場所は、あの建物の奥――気配からして大きめで、わたしの記憶との齟齬もありません。
「アキナさん、『ディスト』が……」
「マジか、どこだ?」
わたしはビルの奥を指して、「多分、ウシ型です」と伝えました。すると、指差したところへ、白い単眼に二本角を持つ巨大な「ディスト」が姿を見せました。
「予言どんぴしゃ」
お前の世界でもそうだったってこと? と問われてわたしはうなずきました。同時に、右手に風を集め始めます。
「あいつってさ、あたしとディアとミリカ、三人で初めて戦った時のと同じ種族? ってか種類なんだけど……」
覚えてる、と問われて、わたしは「半分以上は」と曖昧な割に具体的な返事をしました。
「どういう意味……って、そうか。ディアじゃないんだな」
「はい、トウコさんだったので……。同じような組み合わせだったんですね」
らしいな、とうなずくアキナさんの足元に風をまとわりつかせます。やってから「まずいかも」と思ったのですが、ちゃんと「滅びの風」でなく「守りの風」の方でした。
「飛ばしてくれ」
「はい。あ、その……」
「あのウシ、首が伸びるから注意しろって?」
特徴も同じのようでした。「はい」と応じると、アキナさんはウシ型の方を向いたまま、わたしに親指を立てて見せました。それを合図にして、わたしはアキナさんを風に乗せて飛ばします。
ここは似て非なる世界。それでも、わたしがやることは変わらない。
そう考えた時、昼間の水島に言ってしまったことが頭をよぎります。
(昔と同じやり方をしていては――)
ああもう。
わたしが誰かに何かを指摘するのが嫌なのは、それがこうしてに全部、自分へ返ってくるからです。
確かにキミちゃんとアキナさんにオリエ先輩の「計画」について伝えました。そもそも、ディアとトウコさんの違いもあります。そして、わたしの中には「滅びの風」がまだあるのです。
それが物事をいい方向に変えているのか、それともより悪くしているのか。
「燃えろ!」
アキナさんがウシ型の鼻先に拳を叩き込み、色の失せた世界に鮮烈な炎の赤が躍ります。
揺れ動くよりも今は。わたしは盾から羽カッターを取り出し、燃え盛るウシ型へ投げつけました。




