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深淵少女クリスタル  作者: 雨宮ヤスミ
[十]「インガ」の分岐点
13/67

10-3

「わたしね、キミちゃんのことは、人格的には一番信頼しているのよ」

 

 

 翌日の昼休み、昼食をとった後、浅木キミヨは校内に篠原スミレの姿を探した。


 一緒に行こうか、と言う漆間アキナや、不安そうな葉山ミリカをおいて一人だった。


(あまり大人数で行っても、警戒するでしょ? オリエ先輩に勘づかれるかもしれないし)


 確かにな、とアキナは納得したようだった。


(じゃあ、あたしはミリカがランに声かけられるよう見とくわ)


 な、と肩を叩かれるミリカは、いつも以上に表情が暗く見えた。


 あまり無茶させないでよ、と言ってみて、姉気取りかと自分でも思う。


 弟が二人いるせいか、どうにも周りに世話を焼きすぎてしまうのは、キミヨ自身も自らの悪癖と心得ていた。


(そんな風に手を出して、どれだけ抱え込めるつもりよ)


 一昨日、ミリカが口にした「世直し」に関してアキナを問い詰めた時、彼女に述べた言葉は、そっくりそのまま自分にも当てはまることだった。


 ミリカのことだってそうだ。隣のクラスで孤立する彼女を、どこまで助けてやれるのか。お弁当を食べる相手だって、本当は自分のクラスで見つけてほしい。


 それにしても――とキミヨは、ここ三日ほど、すなわち平行世界から来たと言い出した頃からのミリカを思う。なんだか、ちょっと違うよね。


 上手くは言えないが、違和感があると思う。それこそ上の弟がテストで悪い点を取ってきて、それを隠そうとしている時のような、そんなビクつきが見てとれるのだ。


 元々ビクついてたじゃないか、とこれはアキナの弁だが、それまでとは違う種類の怯えをキミヨは感じていた。


 そしてもう一つ。これはアキナにも言わなかったが――しゃべっていても、ふとした時に「これは本当にミリカなのか」と思うことがある。だからこそ、未来から来たという言葉を、キミヨは「そうなのだろう」とすんなり受け入れられたのだが。


 どうにも、この世のものではないような、そんな感覚がするのだ。


 あるいは「ディスト」に近いような……。




 スミレを探して、まず彼女のクラスである六組をのぞいた。


 教室には十数人の生徒が残っていたが、スミレの姿はない。


 ちょうど顔見知りの生徒がいたので尋ねてみると、「知らない」と言う。


「昼休み、普段どこにいるかとかも、分からない?」

「うん……」


 話題にもしたくない様子だったので、キミヨはすぐに「ありがとう」と切り上げた。


「あの、キミちゃん」


 なに? と振り向くと、六組の生徒は辺りをはばかる様子で声のトーンを落とす。


「篠原さんに、あまり関わらない方がいいよ」

「うん、まあそうだろうね……」


 取り立ててかばうことはしなかった。


「何かあの子、ちょっとおかしいし……」


 よく知ってる、と心中でうなずく。


「逆らいにくいって言うかさ、おかしい子なのに、誰も何も言えないし……」

「美人の先輩が後ろ盾にいるし?」


 オリエのことを挙げると、そうそう、と六組の彼女はうなずく。


「変だよね……。だから、クラスじゃもう誰も話しかけたりしないようにしてる」


 予想の範囲内ではあるが、孤立しているようだ。


 そう考えると、六組の知り合いと別れ、廊下を歩きながらキミヨは思う。あまり話してこなかったけど、スミレってどういう子なんだろう?


 よく考えてみると、何も知らない。好きなこと、嫌いなこと、家族構成、そして昼休みにいそうな場所も。


 どこにいるのよ、とキミヨは廊下の窓から下を見下ろす。校舎の裏にいるなんて考えたわけではなかったのだが……。


「……あれ?」


 いた。思わず声に出ていた。あの見覚えのあるサイドポニー、間違いなくスミレだ。


 キミヨは急いで階段を下りた。


 外履きに履き替え、こっそりと校舎の裏に回る。忍ぶような行動は、スミレが一人ではなかったためだ。


「今回はわたし一人で行くわ。だから、スミレはいい子で待っていてね」


 幼稚園児に言って聞かせるかのような、噛んで含める物言い。そう、オリエが一緒にいるのだ。警戒して、キミヨは柱の陰から様子をうかがうことにした。


 だが、こんな人目を避けるような場所で何を? キミヨは「もしかして」と思い当たる。


 「計画」のことを話しているのかもしれない。ならば、もっと近付いて……。


 そう思った瞬間、オリエがこちらを向いた。


「あら? 誰かいるようね……」


 鋭すぎる。キミヨは背中に冷や汗をかく。実際は見つかってはおらず、カマかけかもしれないが……。


「あ、どうもオリエ先輩……」


 何気ない風を装って、キミヨは物陰から出ることを選択した。


 立ち聞きを咎められるかと思ったが、意外やオリエは笑顔をこちらに向ける。


「あら、キミちゃん」


 何これ、逆に怖い。そう思うのは、「計画」について知ってしまったからだろうか。


「ちょうどよかったわ」


 そこからどう繋がるのか見当もつかない。もはや一挙一投足に身構えるようにしながら「何ですか?」と尋ね返す。


「スミレのこと、少し頼めないかしら?」


 その口ぶりは、まるで子どもを親戚に預ける母親のそれだった。


「……スミレを?」


 少し頼むって、何を? キミヨはスミレを見やる。こちらも何だか迷子のような顔をしていた。


「オリエ、行っちゃうの?」


 本当にどういう関係よ、と間に立たされた格好のキミヨは思う。


「少しの間だけよ。そうね、今日の夜には戻るから」


 ね、と言い聞かせる様は一つ違いの女子中学生同士にはとても見えない。親子ほど歳が離れているように見える。


 しかし、行っちゃうとはどういうことだろうか。まだ昼休みだというのに。オリエが授業をサボるなんて意外だ。


「行くって、今からどこか行くんですか?」

「そうね」

「午後の授業は?」


 口を挟んだキミヨに、オリエは悪びれた様子もなく笑う。


「人生には学校よりも大切なことがあるわ」


 やっぱり、とキミヨは思い当たる。「計画」がらみだろう。だけどどう問いかけていいものやら。


「あなたの家族旅行も、似たようなものでしょう?」

「あー、ええ、まあ……」


 痛いところをついてくる。間に三連休があったとは言え、キミヨもついこの前、旅行で学校も「ディストキーパー」の仕事も一日さぼっているのだった。


「あのー、スミレを引き受けるにしても」

「あら、預かってくれるのね?」


 こっちにとっても都合がいいしね、とキミヨは内心つぶやく。


「せめてどこへ行くかとか、そういうこと教えておいてほしいんですけど」

「あらあら、さすがにしっかりしてるわね」


 感心とも皮肉とも取れる口調だった。厄介な子、という舌打ちも透けて見える気がした。


 オリエが挙げたのは、キミヨの知らない地名だった。聞いてみると、隣の県だそうだ。


「そんなとこまで何しに行くんですか?」

「他地域の『ディストキーパー』との交流かしらね」


 そうそうパサラには内緒にね、とオリエは人差し指を立て口元に添えた。


「『エクサラント』は自分たちの息のかかった互助会を通してではない、『ディストキーパー』同士の地域をまたいだ交流は望んでいないから」

「互助会なんてあるんですか?」


 そんな話は初耳だ。というか想像だにしていなかった。自分の住んでいる地域だけで、完結しているものだと思い込んでいた。


「ええ。『ホーリー・グローリー・ソロリティ』といってね。鱶ヶ渕は加入していないのだけれど」


 もしかの時は、その互助会にでも駆け込もうか。いや、加入していないなら門前払いかもしれない。その手の一団は融通がきかないのが世の常だ。


 加入していないのは、「計画」に支障をきたすからだろうか。キミヨはそんな推測をする。


「『ディストキーパー』にも、いろいろあるんですね」

「そうね。他にも『ノマド』と呼ばれる地域に縛られない『ディストキーパー』の集団もいるのよ」


 まったくやり手だわね、「エクサラント」というのも。ため息をつくオリエの言葉には、どこかトゲがあるように感じる。


「ともかく、スミレのこと、よろしくね」


 オリエは、大人しく話を聞いていたスミレの頭をぽんと撫でる。


「とんでもない嫌なヤツに、気を付けてね」


 ええ、とオリエは笑ってキミヨに目線を移す。


「わたしね、キミちゃんのことは、人格的には一番信頼しているのよ」


 だからお願いね。「人格的に」という部分が引っ掛かる。だがそれを尋ねる間もなく、オリエはふわりと塀を越えて、校地の外へ出て行ってしまった。


「ばいばーい」


 その背に向かって手を振るスミレは、どこか寂しそうに見えた。振り止めて、「はあ……」などとため息をついているし。


 保育園に預けられた初日の幼児のようだ、とキミヨは思う。期せずして任されたあたしは、新人保育士というわけか。


 よし、ここは少しお姉さんぶろう。ここでせずにいつするんだ。


「ねえ」


 何の話題を出せばいいのか。少し迷ってキミヨはこう続ける。


「スミレって兄弟いるの?」


 スミレは不思議そうな顔でこちらを向いた。


「いないよ。そんなの」


 そっか、と言いかけて、続く言葉に口を塞がれた。


「ボク、家族なんていないんだ」


 いじけた少女の戯言ではない。どういう事情かは知らないが、家庭の事情が複雑だ、とそんな話もおぼろげに聞いたことがある。「親なしのボク女」。前にそんな強烈な陰口を耳にしたこともあったっけ。あれはやはりスミレのことだったのか。


「ごめん、なんか……」

「いいよ、いないものはいない」


 まるで生まれた時からそうだった、と言わんばかりの口調だった。


 亡くなったの? と聞きかけて止めた。アキナなら突っ込んでいくだろうが、そんな蛮勇は持ち合わせていなかった。


「いいんだ。ボクにはオリエがいてくれるしね。だから早く帰ってきてくれないかな……」


 オリエの越えていった塀の向こうを、見つめるスミレにキミヨは空恐ろしくなる。


 もはや、友人や先輩後輩の関係じゃない。スミレはオリエに母を見ている。どうやってオリエは、この子の心へ入り込んだのだろう。やはり、寂しさにつけこんだのだろうか。


 ミリカの話では、オリエの「計画」に加担したスミレは、最後はイケニエのように「ディスト」に変えられてしまうという。


 人をどうやって「ディスト」に変えるのかは知らないが。この子もオリエの身勝手な「計画」の被害者となる未来なのだろう。


 だからこそ、気遣ってやらないと。たとえ将来、あたしを殺すのかもしれなくても。


「ねえ、スミレ」


 小首をかしげる彼女に、キミヨは笑いかける。


「今日、一緒に帰ろうか」


 少し不思議そうな顔をしてから、スミレはうなずいた。


 そうだ、できることからやるのだ、少しずつでも未来を変えるために。

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