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深淵少女クリスタル  作者: 雨宮ヤスミ
[十]「インガ」の分岐点
12/67

10-2

「自分の心を、しっかり持ってやらなきゃダメだ」

 

 

 翌日の放課後、わたしとキミちゃん、アキナさんはまた空き教室に集まっていました。


 「オリエ先輩対策会議」とアキナさんは言っていましたが、わたしは複雑な気分でした。


 本当に対策をされなければならないのはわたし自身なのですから。


 昨夜から、わたしの体から「破滅の風」が漏れ出していないか、不安でなりませんでした。隣の人や、少しぶつかってしまった人が砂に変わっていないか、ドキドキしました。


 こうなると、小学生の頃、「葉山菌がつく」などと活発な男子に囃されていたことを思い出します。菌どころか、もっと恐ろしいものが体から出ているかもしれないのですが。


 だけど、そんな不安をこの二人に言えるはずがないのです。昨日、鱶ヶ渕が滅ぶのはオリエ先輩のせいだと罪をなすりつけた手前、それを覆して「わたしのせいでした」なんて宣言することはできません。


「昨日ちょっと考えたことがあるんだけど」


 そんなわたしをよそに、キミちゃんは話を進めます。


「オリエ先輩の説得が難しいならさ、ランやスミレをこっちに引き込むってのはどう?」


 さすが、とわたしは感心しました。オリエ先輩の「計画」を止めるというのなら、効果がありそうな気がします。


 水島を引き込んだことや、スミレにあの十字型を産ませたことから考えると、オリエ先輩も仲間がいなくては「計画」を実行するのは難しい、と考えているに違いないからです。


「引き込むねえ……」


 アキナさんは「うーん」とうなります。


「いいとは思うんだけど」

「何?」

「流されやすいランはできるにしてもさ」


 ごく端的に、アキナさんは水島に関する正確な評価を下しました。


「スミレはどうよ? オリエさんにべったりだろ?」

「確かに、スミレは難しいと思う」


 だけど、とキミちゃんは真剣な顔で続けます。


「『計画』抜きにしても、スミレがオリエ先輩と今のままの付き合い方をするのは、よくないと思うのよ」


 正しい、本当に正しい意見でした。キミちゃんは、スミレのことまで考えているのです。そのスミレに殺される「インガ」が、待っていたのだとしても。


「お人好しだな、お前は相変わらず」

「悪い?」

「いや、頼もしいよ」


 アキナさんは笑い、キミちゃんも「何よ」とつられて笑いました。


「しかし、ランはもう誘われてんのかな?」


 どうミリカ、と急に振られてわたしは「ふぇ!?」と間抜けな返事をしてしまいました。


「わ、分かりません……」


 でも、とわたしは珍しく推測を述べることにします。自分がこの街をまた滅ぼしてしまうかもしれないことを考えないように、できるだけ頭を別のことに使いたかったのです。


「多分なんですけど、水島さんが誘われるのは、『計画』の実行が迫ってからじゃないですかね……」


 ほほう、とアキナさんはうなずきます。


「何でそう思う?」

「わたしが、オリエ先輩だったら、水島さんはあまりその、信用できないというか……」


 まったくそれはオリエ先輩の立場に立った意見ではありませんでした。ただの私情です。人の気持ちを推し測って、なりかわった気になってどうこう言えるほどまでには、わたしは厚顔無恥ではいられないのです。


「信用、ねえ」


 そこまで悪いやつとは思えんけど、とアキナさんは顎を撫でました。


「ミリカは、やっぱ嫌いなん? ランのことをさ」


 前の鳥型の時からそうじゃないかなと思ってたけどさ、とアキナさんはわたしをじっと見つめます。


「何かあったの? 同じクラスだし」


 わたしはどう答えていいか分からず、すがるような目でキミちゃんを見てしまいました。


 キミちゃんは「やれやれ」という感じで笑って、アキナさんに向き直ります。


「いじめられてたからね、ミリカ」


 キミちゃんが代わって説明してくれました。


 ×××××とその取り巻き、そして水島ランの三人組にわたしがいじめられていたこと。


 わたしが「ディストキーパー」となった「最初の改変」で、主犯格だった×××××の存在を消してしまったこと。


 そして水島ランもまた、「最初の改変」で×××××の取り巻きを交通事故に遭わせて殺して「ディストキーパー」となったこと。


 この世界でもわたしは、キミちゃんに深い事情まで打ち明けていたようでした。


「へえー……。あの気に入らない×××××を消したのはミリカだったのか」


 聞き終わって、アキナさんはガシガシと頭の後ろをかきます。消した、と言われてわたしはぎくりとなりました。


「ランがやたらにクラスの権力にこだわるのもそのせい、と……なるほどな」


 つぶやいて、アキナさんはわたしを見据えました。


 この鋭い目を向けられたのは、わたしはこれで三度目でした。


 一度目は、「世直し」のことでキミちゃんとアキナさんが揉めた時。


 二度目は、あの砂漠でアキナさんと最後の戦いを演じた時。


 そう、これから戦いが始まるのかと思うほどに鋭い目線なのでした。わたしはたじろいで、目を逸らしました。


「こういうのは、ちゃんと本人の口から聞きたかったな」


 その一言は、前に二度この目を向けた時、アキナさんが放ったどんな技よりも痛烈にわたしを打ちました。


「話しにくいこともあるじゃん」

「それは分かるよ」


 だけど、とアキナさんは肩をすくめます。


「誰かがそれを話してるのを平気な顔して聞けるんだったら、自分からも話せるはずだ」


 わたしは下を向きました。わたしとアキナさんの膝、そして床ばかりが見えます。


「ミリカさあ」


 わたしは見えている膝を握りました。ぎゅっと身を固くして次の言葉を待ちます。


「これから危険なことがあるって、あたしらに教えてくれたじゃん?」


 あれは何で? 問われても、わたしは答えられませんでした。


 自分一人ではやり直せないから。


 それが答えのはずでしたが、今となってはその「やり直し」すら怪しいのです。


 何せわたしは、未だに失敗したままでいるのですから。


「それってその危険をさ、オリエさんの『計画』を、防ぐためだろ?」


 わたしは一つうなずきました。うつむいたままで、微々たる動きだったけれど、アキナさんには伝わったようでした。


「そうだろ? もしそれを本気でやりたいんだったらさ」


 膝と膝と床の世界に、アキナさんの握り拳が割り込んできました。それはわたしの胸に軽く突きつけられます。


「自分の心を、しっかり持ってやらなきゃダメだ」


 心。昨日、ディアに言われた言葉が蘇ってきます。


「ビクついて、ぐらぐらに揺れっぱなしじゃあ立つこともできやしない。心は土台なんだよ、軸なんだよ。それをしっかりさせないとな」


 顔上げなよ。促されて、わたしは恐る恐るアキナさんを見ました。あの目線は幾分和らいでいて、わたしはすぐに目を逸らさずに済みました。


「滅ぶ未来を変えたいのは、ここが好きだからじゃないの? 好きで、滅んでほしくないから、変えなきゃいけないって思うんじゃないの?」


 答えは、「いいえ」でした。


 わたしのせいで滅んだことになってほしくないから。


 それがわたしの包み隠さない、吹きさらしの気持ちです。


 でも、そうではない正しそうな推測を目の前に出されたら。昨日と同じように、飛びついてしまうのが、わたしの弱さであり、心のぶれたところなのでしょう。


 わたしは、ぐらぐらに揺れっぱなしの心の勢いそのままに、うなずいていました。


「だよな」


 満足げにアキナさんは笑顔になりました。その傍で、キミちゃんが大きな息をつきます。


「何だよ、キミヨ?」

「いや、心をしっかり持ちすぎるあんたが言うと、説得力すごいなあって思って」


 むぐ、とアキナさんはバツの悪そうな顔をしました。


「……もうしないよ、あれは。昨日約束した通りだって」

「ホントに止めてよね、ああいう力の使い方は」


 へいへい、とアキナさんは頭を振りました。


 二人の口ぶりから察するに、「世直し」のことのようでした。どうやら昨日話し合って、アキナさんは社会のゴミ的な人たちを殺して回るのは、止めにするようでした。


 キミちゃんが、ものすごく頑張って説得したんだろうな、と思うと、この優しい同級生に今まで以上の尊敬の念を抱かずにはいられません。


「ま、ともかくさ」


 アキナさんは居ずまいを正して、わたしに向き直りました。


「ランをこっちに引き込むのは、ミリカがやりなよ」

「え……?」


 わたしにとっては、何とも意外すぎる提案でした。しかし、アキナさんとキミちゃんにとっては普通のことのようで、キミちゃんは「それいいね」などと言っています。


「じゃ、スミレはあたしが何とかするわ」

「おう、頼んだ」


 お前なら可能性があるかもな、とアキナさんは笑っています。確かにスミレはキミちゃんならあるいはと考えられますが、水島の方はあるはずの可能性を潰す人選だと思うのです。


「同じクラスなんだしさ、そう難しく考えんなよ」


 アキナさんは「大丈夫、大丈夫」とわたしの肩に手をやります。こういう状況でなければ、もにょもにょなのですが、今はそんなことを考える余裕がありません。


「本気で未来変えたいんだったら、できるって」


 な、と念を押されて、わたしは操られるようにうなずいていました。


 何ということでしょう。頭を抱えて床をごろごろと転がりまわりたい気分です。


 残るのは後悔ばかりで、ただアキナさんの拳が触れた胸の辺りだけが、ほのかに暖かいようでした。

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