承
みんなが待っているよ――葉山ミリカ。
荒涼とした砂漠には風が行き交うばかりだった。空は抜けるように青いがどこか虚ろで、見上げると呑み込まれるような錯覚に陥る。
空のどこにも太陽の姿はなく、何がこの地に光をもたらしているのかは知れない。
私は、自分のよく知る色彩の失せた世界を思い浮かべた。この世の「裏側」という意味ならば、この地はまさしくそれと同じだった。太陽も、水も木々も気象の変化もなく、闇や時間すらも意味を持たない。
舞い上がった砂や塵が、私の体を叩く。違いはそう、この風だけだ。
ただの風ではない。この地にかつて存在した町を、一晩とかからず砂に溶かし砂漠へと変えた、触れたものを塵に帰す「滅びの風」だ。ともすれば私の体をも塵に帰そうとする、すべてを滅亡の淵へと押し流す終わりの力だ。
何故私が、こんな世の「インガ」から切り離された場所へ来たのか。それは、この砂漠の主に会うためだ。
悪夢のような「滅びの風」を吹かし、砂の底に身を埋めて、思考を停止しうずくまるばかりの、哀れな怪物に。
そうさ、感じただろう?
私がこの切り離された世界へ足を踏み入れたことを。
「空間断層結界」を抜けて、君に会いに来たことを。
そうさ、聞こえているだろう?
私が君の頭の上の、砂漠の砂を踏む音が。
何せ怪物になる少し前までは、あれだけ気配に敏感だったのだから。
返事がなくたって、私は呼び掛けるのを止めはしない。
ねえ、守りに入ってどうするんだい? そうしていても滅びは止みはしないんだ。
ねえ、反撃する機会はほしくないかい? そうして守っているよりも、よほどマシだと知っただろうに。
このまますべてを受け入れたふりをして、こうして膝を抱えているのが、君が一人を消してまで選んだ、世界の末路なのかい?
私の言葉は砂漠に消えた。滅び、かき消されていくようだった。耳を塞いでいるのか、風の勢いも砂の丘も、少しも動じていなかった。
なあ、聞いてくれよ。どれだけ飛んで逃げたって、地下でうずくまってたって、ましてやもう一度願いをかけたとしても、これはなかったことにはしてやれないんだ。
向き合うしかないんだ、ふりじゃなく、知恵と心と勇気をもって。
私の与える新たな現実に。
それを立ちふさがったと感じるか、手を差し伸べてもらえたと感じるか。それだけで全然違うと思わないかい?
そうかい。返事をしないなら勝手に連れていく。勝手にチャンスを与えてやる。
それは君が可哀想だからじゃない。確かにあの時、世界を変えようとした女の呪いになんてかからなければ、怪物になんて変わらなければ、君は笑っていられたはずだ。哀れを感じなくもないが、そんなことを理由にしない。だって、君の宝石袋の石は、あの時もう取り除いてあげたじゃないか。
そうだ、君が不幸だからじゃない。君に力があるからだ。望まないだろうその力も、今の私には必要なんだ。他人も自分すらも、誰一人として受け入れない、許されざるこの砂漠を作り上げた、圧倒的な力――「滅びの風」が。
そしてそれを十全に使えるようになってほしい。だから、苦難を与えるんだ。昔の人は言ったものさ、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むとね。
ああそうさ、機会とは苦難と同義なんだよ。厳しいのは当然さ。だって、何も乗り越えずに得た力なんて、何の役にも立たないのだから。
今の君がどれだけ自分の力が嫌いだろうが、そんなの知ったことじゃない。私の与える「インガ」に、今度は打ち克って見せるんだ。それが君のためで、そして私のためにもなるのだから。
どうだい、身勝手なものだろう。
でも、神ならぬ私だって、重すぎる荷物は背負わせない。苦難の谷を傷つけて、塞いで閉じ込めるような真似はしないよ。それだけは約束しよう、安心してくれ。
さあ、起き上がるんだ。起きて偽らない光の下へ来るんだ。
私がこの荒れ野で叫ぶ時は終わった。道すじはまっすぐでなくとも、ある程度は整えておいた。
「滅びの風」よ、砂漠の怪物よ。君が次に目覚める時は、砂の中ではない。
「臨界突破」の「ディスト」よ、「エメラルド・オズ」よ。かつて在り今は亡き御薗市鱶ヶ渕が、あの慣れ親しんだ街が目覚めの場所だ。
鱶ヶ渕の最後の「ディストキーパー」よ、「守りの風」の「エメラルド」よ。そこでは君の消した両親が、級友が、仲間たちが待っているだろう。
経験した滅びをなかったことにせず、もう一度やり直したまえ。それをやり遂げた時、君は本当の意味で思うままの世界を生きられるようになるのだから。
さあ、目を覚ましたらベッドの上だ。深淵から這い出でて、その身に宿した滅びを使い、二度目の滅びを止めて見せるんだ。
みんなが待っているよ――葉山ミリカ。