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神仏滅殺の神狼

 全てが一応落ち着きを得た今、聞かねばならないのはどうしてこういう状況になったか。そして、それを知っているのは空から降ってきたいかにも怪しい幼女だ。

 幼女、サツキはあれほどの騒動があったにも関わらず起きたてのぼーっとした表情で、威圧的に質問した俺の方を見ていた。しかし、返事は帰ってこない。見ているのだろうが、きっと俺の言っていることがわかっていないようだ。

 念のため、もう一度、今度は優しめに尋ねてみる。


「お前さん。どうして空から降ってきたんだ?」

「空、から? どうして?」

「すまん、俺がそれを聞いてるんだけど……」


 ダメだ。会話になってない。というか、コイツ本当に記憶喪失じゃないのか? さっきは、魔女がそうじゃないって首を振ってたけど……。

 俺は魔女の存在を思い出し、すぐさまこの状況の説明を求めた。


「おい、魔女。あんたならこの状況がわかってるんじゃないのか?」

「さあ? 妾は何も知らぬよ」

「じゃあ、戦う前になんて言おうとしたんだよ! 何か知ってそうな雰囲気だけ醸し出しといて何もなかったかとか言ったら主様でもはっ倒すぞ!?」

「まあ、待て。落ち着け、佐久間響木。妾はこの状況に身に覚えは全くない。だが、この少女の置かれている状況だけは少しだけ理解したというだけであってだな――」

「じゃあ、それを早く話してくれ。俺は学校があるんだよ。早く行かないと確実に遅刻なんだが」


 ふむ、と魔女が息を吐く。そして、魔女は近くの椅子に座るとゆっくりと話しだした。


「先ほど、お主たちが他愛も無いことを話している時、少しばかり少女の中身を調べた。そうしたら、すごいものが見えてのぅ。この少女、体の中に神話の化け物を住まわせておるわ。名は神仏滅殺の神狼(ヴァナルガンド・フェンリル)。神を食い殺し、糧とする化け物をこの少女はこの小さな身に押し留めている」

「……理解できないんだが、それは俺の頭が悪いのか? それとも魔女の説明が下手なのか?」

「まあ、要するにこの子の中には見過ごせない化け物が居るってこと。さっきの人たちがこの子を目的としてきていたってことは、この子は彼らから逃げてきたってことなのかな?」


 さっきの突拍子もない話を理解したらしい稲美はそう質問すると、魔女は再び考える。そして、ゆっくりと首を横に振って、


「そうではないだろう。まず、武器を持っているあやつらから逃げるは容易ではない。それに、この少女は自らの力をわかっていない兆しがあった。多分だが、この少女は何も知らされずにどこかしらで誘拐されかけた。そして、何かがあってここまで吹っ飛んできた。そういうことだろうかのぅ」

「結局何も分からずじまいか。ったく」


 俺は長くなりそうな話に対応するため椅子に座ると、テーブルの上にあったウインナーを手づかみして噛じる。戦闘で魔力を消費したために小腹がすいて、ついついそうしてしまったのを稲美に見られ再び説教を受けた。

 そんな俺をじっとサツキが見つめる。銀色の髪をなびかせ、銀色の目を見開いて、俺の手元、もっと言えば俺が掴んでいるウインナーを見つめている。

 恐る恐る近づけると、スンスンと匂いを嗅ぐサツキ。匂いは大丈夫だと判断したがまじまじとウインナーを見るサツキに俺は、


「た、食べるか?」

「ん? これ、食べられるの?」

「ああ、ほらこうやって食うんだ」


 手本としてもう一口俺が噛じると、サツキはおーっと輝かしい目になる。そして、興味を持ったかと思うとジャンプして俺の膝に飛び乗り、俺が先ほどやったようにウインナーを噛じる。よほど美味しかったのか身を震わせて、パクパクと俺が握っているウインナーを噛じる。

 やがて、全て食べ終わって、サツキは物欲しそうな目で俺を見つめ、訴える。


「もっと、ちょーだぁい」

「グッハッ……」


 危うく吐血するところだった。普通にいても可愛いサツキが上目遣いで俺に強請るその姿は強烈で、ロリコンでない俺ですらこの可愛さに殺られるところだった。

 俺は言われるがまま、もう一本ウインナーを手に取ってサツキに食べさせる。嬉しそうなサツキを見て、俺はのほほんとニヤつきながら、魔女の話などそっちのけで餌を与え続ける。

 これが行けなかった。背後で怒りを滾らす、稲美と魔女の気配に気がついた俺はゾッとして背後を見る。すると、表情だけは笑っているが、明らかにキレている二人が俺の肩に手を置いた。


「お姉ちゃんに内緒で、イチャイチャしないで、ね?」

「そうだ。妾にもしろ、な?」

「……あい」


 イエス以外の選択肢以外なかった。イエスと言わなければ殺されていた。それほど緊迫した空気の中で、サツキだけは嬉しそうに俺が握ったウインナーを食べていた。

 その後、俺が何をされたか、詳しく話さなくてもいいだろう。いいや、やはり話しておこう。なによりも、現実逃避を開始しそうな自分のために。

 まず、殺されるかと思ったのだが、そんなことはなかった。残っている三本のウインナーを争って、結局一本ずつと決まり、まず最初に稲美にウインナーを食べさせる羽目になった。


「あんっ。響木のウインナーが私のお口の中に。んっ、肉々しくて、美味しいよぉ」


 こ、これはウインナーですよね!? 俺が食べさせているは販売されているウインナーですよね!?

 非常にスローペースで食べ終わった稲美の次は魔女だった。魔女は、空いている左膝に乗っかると、あーんと口を開けている。はあっと俺は仕方なくウインナーを口に持っていくと、年齢は俺よりはるかに上のはずなのに、明らかに幼児化しているような食べ方で、久々の食事に魔女は非常に嬉しかったのだろうか、子供っぽい笑顔がとても可愛らしいです、はい。


「ふむ。これは中々に美味だな。もっと欲しいところだが、一本だけでは仕方あるまい」


 そう言って、俺の膝から降りると、最後の一本を待ってましたと言わんばかりにサツキが口を開けている。これが最後だ。これが最後なんだ。そういうつぶやくように俺は最後のウインナーを食べさせてやる。果たして、全ての仕事が終わった俺は、時計を見て愕然とした。

 現在時刻九時。義父さんは機会を見計らって仕事に出て行ったらしくて、完全にこの状況を止めてくれる人がいなくなっていた。そのせいで、俺はもれなく遅刻だ。

 もっと欲しいと強請るが、さすが学校に行かねばならないと思って、サツキを説得しようとするが、


「緋炎の魔女さんも起きたばかりで現代に慣れていないはずだよ。そんな人のところにこの子を任せておいたら大変なことになるかもしれないから、今日は学校休もう?」

「……本気か? 俺をこの地獄にいつまで居座らせる気だ? 死ぬぞ? いや、いっそ生き地獄だぞ?」

「私といるの、そんなに嫌?」

「ああ、面倒だからな」


 シュンっと、俺の頬のあたりに包丁が横切る。見れば、稲美は笑顔で俺の方を見てもう一刀の包丁をちらつかせていた。

 それだけで、稲美が何を言いたいのかわかったが、稲美はお優しいことにそれを言葉にしてくれた。


「次同じこと言ったら、ちょっと手元が狂っちゃうかもだからね?」

「……さいですか」


 理不尽だと思いながらも、稲美はこう言う奴だと心のどこかでそう思っていたため、あまり気にしない。それよりも、問題はこれからどうなるかだ。学校は休むのは避けられない。だとしても、サツキを守る必要性が俺たちにあるのか。それを見極めなくてはならないだろう。

 そのために、少しでも話を聞いておきたかったのだが……。


「おい、大丈夫か?」


 俺の膝に座っているサツキの頭がこくんこくんと船を漕いでいる。さっき起きたばかりなのにまだ眠いのだろうか。しかし、寝かせてやるわけには行かない。問題解決は早いほうがいいからだ。

 どうにかして起こそうとしていると、稲美が俺の肩をもって、首を振った。そして、少しだけ苦笑いをすると、こう言った。


「響木の言いたいこともわかるけど、この子に害はないと思うよ? 根拠も理由も存在しないけど、多分大丈夫。私の勘を信じて?」

「……俺は不確かなことが嫌いなんだ。よく知ってるだろ?」

「こんな小さな女の子が響木が考えるほど凶暴に見える?」

「そうは……言ってないだろ。俺はただ――」

「話はやめだ。佐久間響木、少し妾に付き合え」

「おい、魔女。俺の話は――」

「完全に眠った女子の睡眠を邪魔するのか? 流石にそれは看過し難いと思うがのぅ?」


 魔女が言った通り、サツキは俺の腕の中で眠ってしまっていた。小さく丸まっているので多分肌寒いのだろう。風を引かれても困るので、俺はすぐに自室に連れて行き、ベッドに寝かせてやる。どうして、自室なのかというと、この家には俺の部屋以外に使える布団が存在しない。俺の部屋ならば、魔女が使っていた敷布団も存在するし、俺の寝床の心配をする必要性がなくて済むだろう。

 ということで、俺のベッドで眠ってしまったサツキは俺たちの保護対象になったわけだが、これからどうすればいいんだ? そもそも、サツキを狙ってきた奴らはどんなやつに雇われた?

 まずはそこから固めるかと、捕まえた兵士たちの下へ向かう。が、その途中、魔女に腕を引っ張られて、俺は中庭に連れ出された。


「んだよ。俺は兵士たちに話を聞こうと――」

「金で雇われた傭兵が、簡単に雇い主を言うとは思えぬがな。それでも聞く気か?」

「時間の無駄だと? じゃあ、どうすればいい? サツキのことも、あの兵士たちのことも、全部俺の管轄外だぜ?」

「そうでもなかろう? お主は妾の力を持っておる。それだけで、お主が事件に関わる理由になり得る。少しは自覚したらどうだ、我が眷属よ。お主は、既に普通ではなくなってしまったのだよ」


 知ってるよ。それくらい。あんたが俺に何を考えてこの力を渡したかなんて、今更どうでもいい話だ。この力のせいで、面倒事に巻き込まれたことも既に昔の話だ。それでも、今からの面倒は回避できるんじゃないのか? 俺が、全てを背負う必要はないんじゃないのか?

 俺が鋭く視線を向けると、魔女は微かに笑って、


「まあ、そう焦るな。お主、妾の質問に吸血鬼と答えたな? それは間違いじゃない。いいや、それも答えなのだ。妾は、お主を何かに変化させた。永遠の命を与え、魔術に関わらせ、七つの眷属を与えて、お主を何かに変化させたのだ。しかしな、何か、に明確な記述や考えは存在しない。何か、に名前を付けるとすれば、それはお主だったのだよ。そして、お主は自らを吸血鬼と謳った。それで、全てが完成した」

「全てが完成した? どういうことだ?」

「忘れ去られた名を持つ妾が、お主を世界で最後の吸血鬼にしたということだ。お主の意思でな」

「最後の吸血鬼? おい、魔女。あんた何言って――」

「まあ、話はここまでにしよう。なぁに、いざとなったら、お主が眷属を使って蹂躙すればいい。なにせ、お主は最強なのだからのぅ」


 何が最強だ。何が吸血鬼だ。傍面倒くさいことを押し付けやがって。

 俺は混乱する頭をかき乱しつつ、深い深いため息を吐いたのだった。

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