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自覚無き吸血鬼の自由主義

 颯希奪還から、二日の時間が経った。爆散した家はと言うと、緋炎の結社が総力をあげて二時間で復活。しかも、サービスまで付けてくれる始末だ。

 SSS級レートを倒したから世界中で俺の探りを入れてくるかと思いきや、それからは特に監視されているという感覚もなく、いつも通りの日常が帰ってきた。しかし、嬉しいことにというべきか、帰ってきた日常は少しばかりの変化が見受けられた。

 その最もな変化は、颯希によるものなのだが。


「おにーちゃん! 早く起きてよ!」


 ゆさゆさと俺の体の上に乗っかって揺らす颯希。俺はというと、まだ眠いと言って唸るが、颯希にそんなことが通用するはずもなく揺れは収まらない。それどころか一向に起きようとしない俺に腹が立ったか颯希はとうとう小さい手で俺の胸元を叩く始末である。痛みこそないが、これ以上起きないでいると颯希が泣きそうだったので仕方なく俺は体を起こす。

 急に体を起こしたのでびっくりした颯希の体が落ちそうになる。それを片手で抱えると、俺は意図せず抱き寄せてしまった。颯希は何が起きたのかわからなかったらしくしばらく俺の腕の中でじっとしていたが、俺に抱き寄せられているとわかるといそいそと離れていく。

 なに? 嫌いなの? おにーちゃんのこと嫌いなの? 少しだけグサッと来たんだけど……。

 精神に多大な影響を与えた颯希の行動に俺の目元が光る。そして、何かを思い出したように颯希が朝の挨拶をしてくる。


「おはよー!」

「ああ、おはよ。てか、そんなに拒否らなくてもいいだろ?」

「え? ……何を?」


 おっと。無意識でしたか。無意識で拒否りましたか。そうですか……。

 再びの精神攻撃。おにーちゃん、もうHP残ってないよ……。

 はあ、と溜息をつきつつ、俺は颯希抱っこしてベッドから立ち上がる。抱っこは嫌がらないのが不思議だが、じっとしていてくれるならそれに越したことはない。俺はパジャマのままリビングへ向かうと、エプロン姿の稲美を見つける。どうやら、魔女はいないみたいだが俺の部屋にもいなかったのでトイレにでも行っているのだろう。そう決めつけて、俺は颯希を抱っこしたまま自分の席に座る。

 目の前には義父さんが新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。テンションが低いのは出会った時からで、義父さんがテンションが高いところを見たことがなかったのだが、こないだの戦いの後で稲美が義父さんに許可なく能力を使ったことがバレて怒られるかと思ったら、まさかの心配をされてしまった。

 どうやら許可なく能力を使わなくちゃいけない状況に陥ったのかもしれないと勘違いしたらしく、大いに心配されたがどうってことのないいざこざだと伝えると義父さんはとても安心した声でそうかと素っ気無く言うのだった。その時の心配している義父さんのテンションは凄かった。普段から感情をあまり表に見せないのだが、子供、特に娘のことになる本気で対応するところがまた父親らしいというか、なんというか。

 その時のことを思い出して俺がかすかに笑うと、何で笑っているのかを見破っているのか、義父さんがぎろっと視線をこちらに向けた。


「そ、そういえば、朝飯はなんだ?」


 そんな義父さんの視線から逃れるために稲美に声をかけると、稲美は、ん? と言って調理済みの皿をこちらに向けて、


「ベーコンエッグと食パンだよ。颯希ちゃんがまだ箸に慣れてないからなるべく自分で食べられるように食べやすいものを選んでみたの!」


 と言って、自信作と取れる料理を見せてくる。確かに、朝にもってこいの料理だが、颯希だって箸くらい使おうと思えば使えるぞ? ああ、使えるとも。俺が食べさせてやってるだけで、やれば出来る子だぞ?

 まあ、二日前までは颯希は箸で食べたことがないと言っていて、教えるのにかなりの時間を使ったが。というよりも、颯希自身が俺に食べさせてもらうことを気に入っているらしく、何かについては俺に食べさせてもらおうとしている。俺も俺で、颯希はまだ小さいからやってやろうなどと思っているため、それが箸が慣れない悪循環を巻き起こしているのだが。


「おにーちゃん?」

「ん? どした?」


 なんとなく颯希の頭を撫でていると、颯希が俺に訪ねてくる。


「緋莉ちゃんは?」

「緋莉……ああ、魔女か。そうだな、そういえばどこにいるんだろうな?」


 それとなく稲美に視線を送ってみると、稲美は首を傾げて知らないと返してくる。俺の部屋にもいなかったことは確認済みだ。まったく、こんな朝っぱらから迷子か? 稲美が寝ぼけて家に迷宮創造の星罪(ラビュリントス・アステリオス)を発動したのか?

 そんなことはありえないので、魔女はどこかにいるはずだ。でも、それがわからないということは新手の敵か何かが来たということか?


「そういえば、猫って。死ぬときは主人にわからないようにどこかに行くって言うよね?」

「おい。なんで今この瞬間にそんなありもしない恐ろしいことを言い出す? ホントにそうだったら洒落にならないだろ」

「は、はは……まさか、ね」


 シーンと、空間が静かになる。

 俺は颯希を俺が座っていた椅子に座らせると、すぐさま家中を探し回る。だが、魔女は見つからない。どこを探しても見つからないのだ。トイレにも洗面所にも、風呂場にも廊下にも。まさか、本当に死んでしまったのか。本当に何も言わずに行ってしまったのか。そんな不安が俺の中を過ぎった。

 焦り。そうだ。これは焦り。俺は、魔女がいなくなったことに焦っている。せっかく手に入れた日常を変革されることへの焦りなのだ。

 どこだよ。早く出てこないと、朝飯が冷めちまうぜ?

 そんなどうでもいい言葉が俺の口から出てくるはずもなく、俺は無言で探し続けた。


「どこ、行ったんだよ。俺を置いていくなんて、主様失格だぜ?」


 やっとの思いで出てきたのは、そんな弱々しい言葉だった。

 探している最中。パキッと、何かが折れるような音がした。俺はその音にすべての願いを込めて、その音を探しに行く。靴を履き、外に飛び出して隣の空き地に走った。

 そこには、探していた魔女が立っていた。空き地の中心に静かに佇み、何か辛そうなことを考えているかのように眉をひそめていた。


「こんなところに、いたのかよ」

「おや? どうした? そんな焦ったような顔をして。もしや、妾を必死に探していたのかのぅ?」

「んなわけあるか。ただ、その……朝飯が冷めるぜって言いに来ただけだ」


 俺の必死な言い訳も魔女に通用するわけはない。魔女はすぐに優しそうな目をして、笑った。


「ははっ。お主は本当に嘘が下手だな。昔も、今もそこだけは変わらぬな」

「む、昔なんて関係ないだろ。それに、俺から昔を奪ったのはあんただぜ?」

「そうかもしれぬ。妾にはやることがあった。お主にはやらねばならないことがなかった。妾たちはある意味では同類。何かに囚われ続けた、同じ穴の狢、なのかもしれぬのぅ」


 いまいち、魔女が言っていることがわからなかった。でも、その言葉を否定しなくては魔女がいなくなってしまうようなそんな気がして、俺は急いでその言葉を否定した。


「同じにすんな。俺は俺だし、あんたはあんただ。稲美も稲美だし、颯希だってきっと颯希なんだ。俺たちはほかの誰かになんてなれないんだよ。そんなこと、あんたが一番わかってるだろ?」

「くくっ。そうだ。そうだったな。先ほどの言葉は取り消そう。お主はお主。妾は妾。やることも、生きる理由すらも違う、全くの他人だ」


 ふうっと、魔女が息を吐くと、気のせいか冷たい風が俺の頬を撫でた気がする。

 やがて、空を見上げ始めた魔女は何かを言い出そうか迷った表情になって、口ごもる。俺は次の言葉を待つかのようにじっとその場で立ち続け、あまり待たせても仕方がないと魔女は重い口をゆっくりと開いた。


「妾には、既に生きる理由は存在しない。長い間、妾が研究してきた吸血鬼、それをベースとした|超合成多目的高知能魔獣(キメラ)の生成。それが成就した。夢をなくした大人が死ぬように、探求を忘れた魔女は生きる目的がないのだ。そのあとは、わかるな?」

「わからねぇよ。ちゃんと口にしてくれなきゃな」


 本当はわかっていた。魔女が、どうしてこんな場所に来ているのか。どうして、誰にも知らせずに消えようとしたのか。

 ここは、この空き地は、二年前までは俺の家があった場所だ。そこそこの家庭があり、そこそこの家族が住み、そこそこ幸せな人生を送ろうとしていた少年がいた、家があったのだ。

 魔女はふと、こう問いてくる。


「覚えておるか? 二年前の、出会いを」

「忘れるわけないだろ。あんたと出会った、衝撃的な出会いだぜ?」

「ははっ。ふむ。忘れてくれるな。一生とは言わぬ。長い間とも言わぬ。ただ、魂にだけは刻んでおいてくれぬか?」

「なんだよ、その別れの挨拶みたいな言葉は。鳥肌が立つじゃねぇか」

「別れの挨拶だよ。妾は、もう逝く。思い残すことは、ない」


 んだよ。その素っ気ない言葉は。忘れるな? 忘れるわけないだろ。俺の目を魅了して、俺の心を鷲掴みにして、俺の全てを捧げてもいいと思わせたあんたのことを、どうしたら忘れられるんだよ。

 俺は下を向いて、魔女から視線を逸した。どうやったら魔女をここに引き止められるのか。それだけを考えて、俺は頭を回転させる。それでも、どんだけのビジョンを思い描いても魔女が消えていくビジョンしか思いつかない。

 これが嘘だったらどれだけいいか。泣いて懇願してまでも、これを嘘だと言わせたいが、現実を思い知らされるのが怖い。恐怖が俺の背中を引き戻す。

 行かないでくれ。その言葉さえ、呪縛が邪魔をする。


「俺は……」

「と言ったら、どう答えてくれるのだろうな?」

「…………は?」


 ニコッと、幼い体に似合う明るい笑顔でそう言った魔女はそのまま俺に近寄ってくる。

 未だに状況が理解できていない俺はタジタジになり、どういう表情をすればいいのかわからなくなっていた。そんな俺の頬に手で触れて、魔女は妖艶な笑みになった表情でこう言った。


「全てが嘘だよ。妾の研究は確かに終わりを迎えたが、まだ結果が出ていない。お主の限界がこないだのものだとは思えない。だから、妾の今後の生きる理由は追求。お主という吸血鬼を調べ尽くすことだ」


 いいか? と魔女が顔を近づけてくる。そして、唇が触れるだけの軽いキスをすると、魔女は頬を赤らめて、


「妾がこうすることを予想できたか?」


 あの時のお返しだと言わんばかりに魔女が笑った。俺は呆然とその場で膝をついて口をへの字にして魔女を見つめた。

 要するに、あれか。ここの来てシリアス展開にしたのは、俺にこうすることを予想させないためで、同時に俺からの忠誠心の高さを試すためだったと? まさか、そんなことってありかよ……。

 は、ははっと弱々しい笑いを漏らす俺。完全に敗北だ。魔女の策略にはいつまでたっても勝てそうにないな。俺から体を離すと、魔女はスタスタと俺の後ろに立った。そして、


「そろそろ戻ろう。朝の風はまだまだ寒い」

「ああ、そうだな。負けたよ、主様はやっぱりずる賢いや」

「ずる賢いとはなんだ、ずる賢いとは。狡猾と言え。魔女とは本来そういうもので――」

「はいはい。わかってますよ、狡猾な緋炎の魔女様」


 言って、俺は背後に立った魔女を抱っこする。最初は何をされているのか分かっていなかった魔女だが、自分が抱っこされているとわかるとすごい勢いで暴れだす。


「わ、妾を子供扱いするでない!」

「見た目は子供だろ。それに、こうしてたら温かいぜ?」

「そ、そういう問題ではな――い!!」


 やははと笑って、俺は顔を真っ赤にして暴れている緋炎の魔女を自慢の腕力で抑え、抱っこをし続ける。やがて、逃げられないと割り切ったのか魔女は大人しくなる。大人しくなるといっても顔は真っ赤だし、俺を罵倒する言葉ばかり言っているので言葉責めという新しい暴れ方をしてはいるが。

 少し肌寒い春の朝。桜や花たちの開花とともに、新しい日常が形成されていく。その花はなんとも歪な花びらをしていて、とても強い匂いを発しながらも確実にその存在を露わにしていく。


「なあ、魔女」

「なんだ? 妾を下ろす気になったか?」

「いいや。それよか……俺、強くなるよ。これまでよりももっとスマートな戦いできるように」

「当たり前だ。お主はまだまだ強くなれる。いいや、妾の眷属である以上、もっと強くならなくてはいけない。妾の研究結果がこんなものであっていいはずがないのだよ」

「はっ。それもそうだな。俺はあんたの研究結果。超合成多目的高知能魔獣(キメラ)。それが、こんなカッコ悪くちゃいけないよな」


 ふむ、と魔女は頷き、俺に額をくっつける。そして、ダメ押しのように、


「だが、まあ。お主はお主なりに頑張ったよ。二年の間、妾を守り続けたのだからな。だから、少しくらいは褒めてやらねばなるまいよ。よく頑張った。お主は妾の自慢の眷属だ」


 その言葉だけで十分だ。二年前、家族と家と財産を失くした俺にとって、最後の家族とも言える緋炎の魔女に、そこまで言わせられれば俺は十分だ。

 そう、俺と魔女が話をしていると、いそいそと稲美が外に飛び出して、俺たちを見つけると大声で叫んだ。


「響木! 早く帰ってきてよ! 颯希ちゃんが響木がいないって泣き出しちゃったの!」

「は? 少しだけ留守にしただけだろ?」

「馬鹿! 颯希ちゃんは寂しがり屋なの! そういうところもちゃんと見てあげて!」


 そう言って、稲美は急いで中へと戻った。きっと、泣いている颯希をどうにか宥めようと試みるつもりだろう。俺はというと、大きく溜息をついて、


「勘弁してくれ……」


 新たな縛りがついた事に、少しの嫌悪感と必要とされているという喜びが混じりあったような感情が湧き上がる。仕方ないと言って帰ろうとすると、抱っこされている魔女が待てと言った。


「どした?」

「そうだな。言い忘れていたよ。妾には生きる理由は無くなったといったな。あれは本当だ。研究は終了し、結果の観察は残っているがそれも直ぐに終わりそうだ。だから、一つ、妾と契約しよう」

「契約? やだよ、んな面倒そうなこと。契約したきゃ、命令でもしろ」


 俺の言葉に魔女は驚きの表情を見せて、次の瞬間大きく笑った。俺もその魔女を見てかすかに笑うと、魔女は目に溜まった涙をぬぐいつつ、


「そうか。では、佐久間響木。お主に妾の全てを与えよう。妾の権限と妾の権利の全てを。そして、妾、緋炎の魔女の生きる理由となれ。汝、妾の伴侶になれ」


  言っていることは二年前のあの時と同じく、半分以上理解できない。でも、そうだな。


――――それも、面白そうだ。


 俺は緋炎の魔術印が描かれた右手を魔女の方に伸ばし、笑顔でこう言ってやった。


「ああ、いいぜ。お前さんの生きる理由でも、なんでもなってやろうじゃないか」


 こうして、二年の沈黙を経て目覚めた魔女によって、自由主義の俺に新しい風が吹き込んだ。

次章予告

蒼穹の魔女「私はお姉様に宣戦布告します!」

緋炎の魔女「あまり、妾の妹を虐めるな」

佐久間響木「ちょっと待て。お前ら全員少し落ち着け、な? 一度落ち着いてよく考えてみよう。この状況で一番のおかしい奴は俺なのか?」


きっと、こんな感じになる気分! 気分だからこうなるとは言っていない!

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