王金変化の愚王
俺はこいつを許せそうにない。颯希を連れ去り、俺の嫌いなことをやらせ、俺の主である魔女を痛めつけた。でも、そんなことはどうでもいいんだ。俺にとってはコイツは敵でしかないし、知り合わなければ良かったと思うだけの優しさがある。最も、俺が嫌いなのは、こんな状況になるまで本気になれなかった俺の至らない思い上がりだ。
俺はどこかで目の前で怒りを露わにする男と分かり合えると思っていた。だから、最初から本気というものを出さなかった。分かり合えるなど、そんなことはできないのに。自惚れていたんだ。周りから強いと言われ続けたこの力を過信しすぎたんだ。だから、今日この瞬間を生み出したのは俺の怠惰であり、俺の思い上がりが原因なんだ。
「クソッ! クソッ!! 計算違いだ! こんなに、強いなんて聞いてないぞ!!」
「知ったことか。お前が起こした事件だ。ほかの誰でもない、お前が罪を滅ぼさなくちゃいけないんだよ」
一歩ずつ、俺はゆっくりと少年に近づいていく。少年は、くっと苦虫を噛み潰したような顔で俺を睨むと、右手を床に触れさせ、能力を発動した。瞬間、床が黄金へと変わっていき黄金へと姿を変えた部分から細い針のようなものが飛んでくる。
それを避けようともせず、代わりに眷属が飛んできた攻撃を跳ね返した。その事に舌打ちをする少年。対する俺は少年に来いよと手招きする。
「ふざけやがって――!!」
本気を出した少年が俺に向かって駆ける。放たれた右ストレート、俺はそれを片手でズラすと少年の腹を蹴り上げた。しかし、それを既で回避した少年は僅かなダメージを食らいつつも後方へ逃げた。追いかけようとする俺に違和感が生じる。手が、急に重く感じたのだ。
見れば俺の右手は黄金へと変えられており、質量も相当重くなっている。俺は静かにそれを見つめると、カタストロフィ・アルクーザを呼び寄せて右手を食い千切らせた。
俺の右肘付近から先がなくなり、血もかなりの量が吹き出す。しかし、俺は平然と少年の方へ歩く。どうせ、すぐに元に戻る。こうやって一歩歩いた瞬間に右手はウロボロス・オーフィスの特性で再生。何事もなかったかのように元に戻った。
「ば、化け物が!!」
「おいおい。お前がそれを言うか? 王金変化の愚王。やっと思い出したよ。お前の通り名。SSS級レート第三位、王金変化の愚王。それがお前の名前だ」
世界に五人(正確には六人だが)しか存在しないとされるSSS級レートの一人、第三位の王金変化の愚王。触れたものを全て黄金へと変化させる。それは触れていればなんでも黄金へ変化させられることから、神話の王、ミダス王に由来した能力だと判断された。その影響範囲は触れられるものならば全て。すなわち、地球も適応内である。
能力も触れられれば黄金へ変化可能なので、不可視の能力を有する第二位と第一位以外は全てアウト。暫定で第三位にのし上がった存在だ。
「ずっと考えてたよ。錬金術以外の方法で金を生成するやり方は一体何なのか。能力、もしくは魔術なのはすぐにわかった。でも、それに適当な答えは今の今まで出てこなかった。当たり前だ。SSS級レートが俺に喧嘩を売りに来るとは普通は思わないからな。だからこそ気が付けたとも言える」
「何が言いたい?」
「俺はさ。すべての仮定を考える影丸ほど頭は良くないんだ。かと言って、何も考えられないような阿呆でもないと思っている。だから、可能性が大きくあるものを選定した。その中に、あんたの名前も上がっていたのさ」
俺は自身の頭に指を差し、
「『王様の耳はロバの耳』。どうやら、あんたには無いようだな。ミダス王?」
「くっ……だが、名前を知られた程度で、負けるような俺ではないぞ!!」
ああ、そうかもな。俺がここまで本気で怒っていなければ、負ける要素は何一つなかっただろう。でも、生憎にも今の俺は虫の居所が相当悪い。コイツが行ってきたと思われるすべての行為は俺の堪忍袋をきつく締め上げ、その上での挑発。
いいだろう。ここら辺一帯が消え去っても文句言うんじゃないぞ?
「来いよ。負けないんだろ? その意気を見せてくれよ」
カモンと挑発する。ミダス王は額に青筋を立たせて何も考えずに突っ込んでくる。
まず、ミダス王の攻撃範囲は触れている範囲。それも、危険視しなければ手だけだ。あの手さえどうにかできれば俺は無駄な損害を出さずに終わる。
突っ込んできたミダス王の手を俺は自ら掴み取る。それを好機と見たミダス王は案の定、能力を発動して俺の両腕を金に変換した。その瞬間、俺はやれとカタストロフィ・アルクーザとバシラス・レグルスに命令して俺の腕を食い千切らせた。当然、俺から離れた黄金は重力で下へと向かう。ミダス王はまさかそんな方法で両腕を潰しに来るとは思っていなかったのか、重い両腕を必死に持ち上げて後退しようとする。
だが、それよりも早く俺はアマルティア・エイゴケロスに命令してミダス王へ高圧の電撃を放たせた。
「なっ!」
ミダス王の両腕は俺の黄金へと変えられた両腕が封印している。よって、アマルティア・エイゴケロスの放った雷撃は黄金へと変えられない。高圧の雷撃を直に受けたミダス王は絶叫を上げて、煙を上げながらその場に立ち尽くす。
「どうだ? 本物の十万ボルトだぜ?」
「へ、へへっ。まだ、終わらねぇよ」
「当たり前だ」
復活した両腕を広げて、俺は背後に存在する眷属六匹全てに命令する。
「来いよ、お前ら」
短くそう告げると、六匹の眷属たちは次々とフォルムを変えていく。第二形態、眷属武装。カタストロフィ・アルクーザは漆黒のコートへと姿を変えて俺に纏われ、アマルティア・エイゴケロスは白銀の銃へと姿を変えて俺の手に納められる。ディミオーソギア・カプロースは黒くて動きやすいジーンズと獣の毛皮で覆われた靴へと姿を変える。スタブローズ・アロウライオスは熱くない炎が燃え盛る手袋へと姿を変える。ライトニング・イリコースはスパークを出しながら俺の首元に収まり、バシラス・レグルスは獅子の刺繍や肘掛のある王座へと変わる。
漆黒のコート、動きやすジーンズと靴を履き、片手には銃を携えて、俺は王座へと腰掛ける。その姿はさながら全てを支配した王そのもの。俺は圧倒的な魔力を見せつけ、ミダス王に知らしめた。
「なんだ。何なんだよ、お前は!! 一体何者だ!!!!」
「佐久間響木。単なる自由主義者さ」
そっと銃口をミダス王へ向けて、先ほど放った雷撃とは比べ物にならないほどの威力で何気もなく撃った。すると、十万ボルトの熱で黄金が溶けたのか、自由になった右手でミダス王はその雷撃を黄金へと変換した。それでもなお、俺は雷撃を十発ほど撃つ。その後は手袋から紅の炎を吹き出し、ミダス王を黒焦げの炭のように焼こうと放射し続ける。
完全に遊ばれ始めたミダス王はそれでもなお抗おうと右手や左手を振るう。SSS級レート第三位の力は流石というべきか愚かというべきか、長時間の攻撃を何とか耐え凌ぎ、かなりの息の荒れこそあれ生きていた。
でも、もうオシマイだ。人知れず颯希の捜索を頼んでおいた稲美が颯希を連れて屋上へ戻ってきた。颯希は無事みたいだ。よかった。本当に。これで颯希に何かあったら、本当の意味で地殻変動が起こりそうだったからな。
「おしまいだ。お前の計画も、こんな意味の無い戦いもな」
「おし、まい? 俺が、いつ……負けたと、言った?」
「逆に聞くが、俺がいつあんたを殺さないと言った?」
右手を突き出し、最後の眷属を呼び出す。
「緋炎ゲートをノック。緋炎の名において命ずる。これは勅命である。廻り廻れ、零番目の眷属、無限輪廻の覇龍!!」
瞬間、空を覆い尽くす巨龍が召喚される。その規模は世界規模。いいや、宇宙規模だ。今この瞬間、空に明るい場所はどこにもない。この、ウロボロス・オーフィスが埋め尽くした闇の中で人々は困惑する以外ないのだ。
絶対的敗北の中で、ここまでのチートモンスター。流石に打つ手はないとミダス王は頬を引き攣らせる。
「先ほど、妾の眷属の佐久間響木が何者なのかと問いたな。妾の眷属は未だ完成に至っていない。ゆえに、先ほどの答えはあながち間違っていないと言えるだろうな」
いつの間にか復活していた魔女がミダス王に最後の言葉を向ける。
「もう体は大丈夫なのかよ?」
「問題ない。敢えて言うなら、早く帰って風呂に入りたいと思う。流石に、血生臭いからのぅ。お気に入りだったのだが、捨てるしかないかのぅ」
自分の血で汚れてしまったドレスを少しだけ悔やみながらも、そう言う魔女。そんなことを言える口があるなら本当に体は大丈夫だろう。
俺との会話を終えて、魔女は先ほどの話を続けた。
「まあそんなことは置いておいてだ。それでは死にゆく貴様の手向けにもならないだろう。だから、無理矢理だが名を付けてみようと思う。そうだな。ベースは吸血鬼だが、性格や能力は少々違う気がする。ふむ。かなりの時間を有さなければ出ない答えだが、早急に出すとするならば――――」
――――自覚無き吸血鬼、とでもいうものかのぅ?
そう、魔女は答えを出した。俺は肩を竦め、ミダス王は引き攣った表情で笑う。
そして、
「少しは手向けになったかな? では、さようなら。神話の王、ミダス王よ」
その言葉を最後に、俺はウロボロス・オーフィスに命令してミダス王のいる場所を立体的に全て吹き飛ばした。大きな円形の穴を開けて、廃ビルでの戦いはここで決着した。
と言っても、本当の決着はここからなのだが。
俺は稲美に連れてこられた颯希の元に向かい、結構ボロボロな体で颯希の頭を撫でる。
「すまん。奪いに来るの、少しだけ遅れたよ」
「え? ……ううん。いいよ。おにーちゃんは悪くないもん」
いつの間に、こんなに話してくれるようになったのだろうか? いや、これまでが異常だったのか? まあ、どちらでもいいや。
よっと、颯希を抱き抱えると、颯希の温かさを感じた。柔らかさや匂い。その全てが颯希だと言わんばかりに抱き寄せたりして楽しむ。
颯希も俺にギュッと抱きついてきて離れようとしない。きっと、心細かったのだろう。その分、笑顔が輝いて見えた。
「お、っと?」
視界が歪むような感覚に陥り、すぐさま颯希を地面に下ろすと、途端に俺の体から力が抜けていく。そして、眷属武装していたのも解除され消え去る。これは……まさか。
「ど、どうしたの響木!?」
「あー。これはきっと――――」
「それはきっと魔力不足だな。眷属を七匹も出して、尚且つ眷属武装まで行ったんだ、当たり前と言えば当たり前だな」
「は、はは。まさか魔力が底をつくなんてなー。注意不足だったなー」
「もうっ! びっくりさせないでよ、馬鹿!」
そう言って、稲美が身動きできない俺に肩を貸してくれて、何とか立ち上がることができた俺は、へへっと笑うしかなかった。
「だいじょうぶ?」
心配そうに聞いてくる颯希に俺は優しく微笑むと、
「かなり辛い。もう帰ってすぐに寝たい気分だぞ、おい」
「そこは最後までカッコつけて大丈夫だって言いなさいよ。無駄に心配させてどうするの、まったく……」
そうもいかない。だって体がすっげぇダルいんもん。なにこの脱力感。魔力なくなるとこうも死にたくなるの? 魔女はいつもこんな感じになってたの? よし、今度からはもっと労わってやろう。
俺はこれまでの行いが悪いことだとやっとのことで気がつき、主である緋炎の魔女を労わることを決意する。
「さて、帰るか。俺たちの家に」
最後の最後で格好こそつかなかったものの、俺は勝負に勝利した。満身創痍だし、決して仁義ある戦いではなかった。それでも俺は戦った。色々なものを失いそうになりながら、そうであっても抗って、必死に世界とかいう理不尽に抗って俺は今、勝利の余韻を味わっている。
俺に肩を貸してくれている稲美はどこか嬉しそうで、隣を歩いてくれている魔女はどこか晴れ晴れそうに妖艶な笑顔を見せていて、前を歩く颯希は本当に楽しそうだった。
俺は確かに何かを失った。それは、きっと平凡という名の未確定要素。そして、取り返しようのない異形への切符を切ってしまった記憶。ならば、進むしかないだろう。俺が選んだ選択だ。俺が選ばせてもらった選択なのだ。自由主義者なら、この選択肢、間違えるはずがないんだよ。だって。その選択肢はどれもこれもハズレなしなのだから。




