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自覚無き吸血鬼の本気

 襲ってくる忍者がいなくなった廃ビルはとても静かだった。その中を俺と稲美と少しだけ眠そうな魔女が上へと上がっていく。


「なんだか、嫌な予感がしてきたよ」

「稲美がそう言うとなると、相手が近いってことでいいのか?」

「そう、かもしれないけど。それにしたって、これって……」


 相当やばそうだ。でも、突き進まなければ何も始まらない。そもそもの話、俺は颯希を奪いに来たのだ。忍者を消し去りに来たわけではない。

 やがて、俺たちは屋上のドアの前で立ち止まる。なんとなくだが、俺も相手の強さが感じ取れてきた。魔力に馴染んだ体が、相手の強さを嫌というほど知らしめてくるのだ。ドアの先に、明らかに強い存在がいる。だからといって退く理由には成り得ないのだが、用心は必要だろう。

 俺は緊張気味に立て付けがあまりよくないドアを開いた。と、そこには廃ビルの隅で腰掛けている少年がふぅっと静かな様子でいた。一歩、空間に入ると、少年は俺たちの存在に最初から気がついていたようにこちらに向き直る。その表情にはやはり見覚えがあった。


「問いただす必要もないけど、お前だよな。俺を襲ったのは」

「正確には正当防衛だよ。殺意をむき出しにしていたのはお前のほうだろう?」


 こいつだ。この口調はあの時俺を殺したやつに間違いない。確信を持った俺は、一回息を吐くと心を落ち着かせる。そして、できればの心持ちで説得を試みた。


「颯希を返してもらいに来た」

「まあ、お前ならそう言うだろうと思っていたよ。なにせ、出会ったばかりの女の子を仲間だと勘違いして、守ろうとさえするんだからな」

「勘違い? ああ、そうかもな。俺は出会ったばかりの颯希を守ろうとしたし、忍者たちを追い返したりしたよ。でも、仕方ないだろ? あんたが送ってきた刺客は俺の家族を襲おうとしたんだぜ?」


 確かに、俺は意図せず颯希を守ったシーンが多々あった。そもそも、俺は空から降ってきた颯希を養う必要はなかったのだ。ただ、状況がそちらに傾いていたというだけで。

 だが、一度決めたのだ。守ると。身勝手な願いだし、思われていないかもしれない要望だ。それでも、颯希を守ると俺が決めた。だから、そうするだけだ。


「一つ聞かせろよ。颯希を連れて行って、どうする気だ?」

「安全なところで、安全な処置をする。なぁに、あの女の子には普通に戻ってもらうだけだよ」

「それで負うかも知れないリスクは?」

「……不自由はない、とは言い切れないだろうな」


 そうか。と俺は短く返した。そして、同時に魔力を放出する。


「おいおい。話し合いはもうおしまいか? もっと話し合うべきことはあるだろうよ?」

「ないな。颯希が不自由になるかもしれないあんたの計画は、俺の本意じゃない」

「あの女の子の本意だとしたら? 普通に戻りたいと願っていたら? お前はそんな女の子微かな願いすら踏みにじる気か?」


 最もな言葉だ。俺がやろうとしているのは俺の我侭だ。颯希が望んだことでも、他の人物が望んだことでもない。単なる我侭なのだ。どこまで行ってもそれは変わらないし、どこまで戻ってもそれが変わることはない。分かっている。わかっているよ、そんなこと。

 それでも止まれるかよ。不自由に身を投じて、不自由に屈服して、不自由に蹂躙される女の子をはいそうですかって見過ごせるかよ。俺は二年前に一度死んだ。焼き焦がされていく家の中で、魔女と出会って死んだのだ。新しい俺は、自由を守る力があって、理不尽に対抗できるだけの権力を持ち合わせたのだ。なら、その権力をいい方に使わねばなるまい。

 そのいい方とは、別に世界的観念から見てではなくてもいいのだ。


「だから? 確かにお前の言うようなことを颯希自身が望んでいたとしても、それは俺には関係ない。颯希を奪いに来た俺には、到底関係ないことだよ」

「なに?」

「そもそも、俺は颯希を助けに来たわけじゃあない。俺のそばに置いておくために、奪い返しに来たんだ。それを否定しようが、肯定しようが砂粒ほどの興味もないんだよ。だってよ、よく考えろよ。俺は助けに来てくれなんて一度だって言われてないんだぜ? 自由主義者の俺から言わせてもらえば、そんな言われてもいない面倒なこと、する訳無いだろ」


 俺の言葉に少年がたじろいだ。きっと、俺が何を言っているのかわからなかったのだろう。当然だ。相手は俺が颯希を助けに来たと勘違いしていたんだから。俺はそんなにお人好しではない。傲慢で、横暴で、どうしようもなく欲張りな一吸血鬼なのだ。


「な、なら! お前の仁義はどこにある! お前は、何のためにここに来たんだ!!」

「言っただろ? 俺は、誘拐仕返しに来たんだ。俺の、可愛い妹をな」


 この言葉を最後に、俺たちは戦闘態勢に入った。相手は手袋を外し、何やら能力を発動しようとしているが、俺はというとそのまま立ったままだった。

 特に武術を習っているわけではない。喧嘩っ早い、短気の高校生だ。ゆえに、何をどう構えるなどしない。できない。

 その代わりに、俺は魔女に訪ねた。


「なあ、主様」

「なんだ?」

「相手は戦う気満々だ。だからさ、俺も殺っちまっていいよな?」

「好きにせい。これはお主の問題だ。妾には関係ないことだよ」


 そうだよな。と短く告げる。俺は瞬間的に魔力を放出した。そして、静かに少年を見つめて、


「さあ、始めようか」


 そう、告げたのを気に、相手は突っ込んでくる。俺は右手を突き出して、


「緋炎のゲートをノック。緋炎の名において命ずる。これは勅命だ。打ち砕け、一番目の眷属、万物破壊の鬼熊(カタストロフィ・アルクーザ)!!」


 直後、莫大な魔力を消費して巨躯な熊が召喚される。そして、飛んできた少年を軽くあしらうと俺のそばに居座る。


「ふん。魔女の眷属か。お前が持つ力なんて、その程度だよ」


 どうやら物足りないらしい。まあ、これは小手調べだ。物足りないというのなら、


「緋炎のゲートをノック。緋炎の名において命ずる、これは勅命だ。駆け抜けろ、六番目の眷属、絶対王獣の獅子(バシラス・レグルス)!!」


 再び莫大な魔力を消費して、黄金に輝く獅子が召喚される。バシラス・レグルスはひと吠えすると、少年の体を大きく震わせて吹き飛ばす。

 バシラス・レグルスは俺の持ちうる眷属の中でも最も凶悪だ。その姿は人々を恐怖させ、その一歩は全てを跪かせる。それは、時間という概念ですら跪かせ、蹂躙する。

 威嚇するようにバシラス・レグルスが少年を見つめると、少年は吹き飛ばされた先で立ち上がり、塵を落としていく。


「なるほど。前よりは戦えるというわけか。だけど、足りないぞ?」

「はっ。そんなことわかってるよ。こんなのでへばってもらっちゃ困るぜ――――緋炎のゲートをノック。緋炎の名において命ずる。これは勅命だ。燃え裂かれ、四番目の眷属、十字砲火の火鼠(スタブローズ・アロウライオス)!!」


 三度(みたび)、俺の命令を聞いて莫大な魔力を消費しつつ眷属が召喚される。手のひらサイズの火鼠は、瞬間的に大きな火柱を作り上げ、廃ビルを覆い尽くす。煉獄の炎と同じ火力を、少年は手袋を外した右手で触れて、小さく何かを呟いた。すると、火柱は黄金の塵となって消え去る。

 これが少年の能力のようだが、まだまだ底が知れない。用心はしようと、俺は観察をする。


「なかなかいい具合じゃないか。でも、本気じゃないんだろ? どうせなら、本気で来いよ。その上で殺したほうがもっと面白そうだ」


 出し惜しみは、できないよな。俺は一斉に眷属を召喚するために、右手をつき出す。


「緋炎のゲートをノック。緋炎の名において命ずる。これは勅命だ。煌り輝け、二番目の眷属、罪神雷撃の山羊(アマルティア・エイゴケロス)!! 踏み荒らせ、三番目の眷属、大地創造の大猪(ディミオーソギア・カプロース)!! 疾く在れ、五番目の眷属、電光石火の雷獣(ライトニング・イリコース)!!」


 一気に三匹の眷属が召喚され、地形が徐々に変わっていく。魔力に地形が耐えられないのだ。廃ビルなど既に崩れ始めている。その中で俺と少年は己の魔力をぶつけ合い、力比べをしていた。


「なるほどなるほど。お前は本当に強いようだ。だけど、精神の方はどうかな?」

「精神?」


 しゅんと、少年の手元から金色に輝く何かが飛んでくる。だが、それは俺に対してではない。俺の後ろ、そこにいる人物に。頬を掠めて飛んでいった場所には、魔女がいた。魔女は、避ける素振りすらなく、その攻撃を受けてしまった。

 俺はその光景を見て、漠然とした。魔女が攻撃された。そこまではわかった。なぜ、魔女があんな単純な攻撃を受けたのかもなんとなく分かっている。大量の血の花を咲かせた魔女はそのまま倒れていく。そのシーンがスローモーションで見えて、俺の頭では感情が処理できなかった。


「ありゃ? まさか当たるとはな。まあ、好都合だけど」


 そういう少年を尻目に、俺は魔女の下へ向かった。


「おい。なんで、ワザと……」

「ふ、む。これは少しばかり、当たり所が良くないな。血を流しすぎた」

「そう淡々と話してんじゃねぇよ! あんたは不老不死だ! 死なないとしても、見ていていいものじゃないんだよ! 何やってんだよ、馬鹿じゃないのか!?」

「そう怒るな。こうでもしなければ、お主はあの男に憎悪を持てぬ、だろう? わかっているよ、こんなことは間違っているという、ことはな。妾を誰と、心得る?」


 魔女の弱々しい息を聞きながら、俺は魔女が冷たくなっていくのを見ているしかなかった。その時、俺の中で何かが弾けて無くなった。


――――また、失うのか?

――――俺は、また繰り返すのか?

――――何度も何度も同じことを繰り返して、失って、手元には何も残らなくなってから叫ぶしかないのか。こんなにも強い力を持っても同じなのかよ。


――――全て奪ってしまえ。思うがままに蹂躙してしまえ。何も失いたくなければ、全てを支配してしまえばいい。簡単な話ではないか。


 そうだ。簡単な話だ。俺はそれを拒んできた。出来もしないことを、ずっとしようとしてきた。全てを丸く収めるなんてこと出来やしないんだよ。結局は人間だ。どれだけ異形になろうとも、俺はどこまで行っても人間であり続けるんだ。そうさ。そうに決まっている。

 俺は一旦の眠りに就いた魔女を冷たい床に寝かせて、カラカラと笑いながら立ち上がる。


「は、ははははは。あははははははは」

「へっ。壊れたか、まあこれで――――」

「黙れ」


 ガンと、大きな音を上げて少年の口が閉ざされる。しかし、何とか話そうとする少年は自身の胸を強く叩いて呪縛を解いた。そして再び叫ぶ。


「だから、お前は何も――――」

「跪け」


 今度はズガンと大きな音を上げて少年が跪く。だが、口を封じていないため、言葉だけがかすかに聞こえてくる。


「なんだ。なんで俺があいつの言う通りに……く、そがぁぁぁあああ!!」


 それでも必死に抗って立ち上がった少年が見たものは、これ以上にない冷たい目をした俺の姿。そして、そんな俺を包み込むように背筋を凍らせるほどの青く燃え盛るような魔力。俺を見た少年は、動けなくなっていた。


「おい、おい。マジかよ。こ、こんなのSSS級レートでもないと……」

「知らなかったのか。なら教えといてやる。俺は世界で六人目のSSS級レートだ。まあ、正確にはその候補だけどな」

「候補? どう考えても、お前のその凶悪な魔力はSSS級レートだろうが!!」


 そう。俺の魔力はSSS級レート並みのものだ。だが、これはつい先ほど手に入れたものなので、計測される前のものである。ちなみに、候補というのは嘘ではない。俺が魔女の魔力を代用して眷属を召喚していた時の俺は確かに候補だった。でも、今は、今の俺は魔女の保有魔力を優に超え、眷属を何匹だそうが尽きやしない魔力量を身に潜めている。

 そして、一匹でも凶悪なSSS級レートの眷属を七匹も保有している。これがどういう意味か。簡単に表すなら、計測不能、だ。


「もう一度言おう。――――さあ、始めようか」

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