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本命の登場

 約一時間ほどで颯希を連れ去ったと思われる人物の足取りを割り出し、位置特定を終えた結社の情報を頼りに俺と魔女、稲美の三人はとある廃ビルに来ていた。

 と、廃ビルに着くやいなや悪臭が鼻腔をつく。これは、悪臭というよりは些か強すぎる匂い。そして、どこかでこんな匂いを嗅いだことがある気がするが、どこだったかは思い出せない。


「ふむ。既に戦闘が終わっているみたいだな」


 魔女がそう断言した。確かに、普通ではない匂いだがどうして戦闘が終わっていると思えるのだろうか?

 試しに問いてみると魔女はほれと言って一箇所の窓を指さした。


「人の下半身だ。上半身は見えぬな……いや、無くなっているのか。どちらにせよ、戦闘の音がないのにあんなものが見えるとすればそれは戦闘が終わっていることを指すだろう?」

「って、よくもまあ、あんなものが平然と見ていられるな……」


 一瞬見ただけでも気持ち悪くて目をそらした俺と違って、魔女と稲美は見慣れているという顔で凝視していた。魔女の仮説が正しいのなら……いや、大部分で正しいと思いたいがもしも戦闘が終えられているのならそれを行ったのはどこの誰なのだろうか?

 やがて、ここにいても無駄だろうと言った魔女の言葉に従って、俺たちはビルに立ち入ろうとする。

 が、やはり、生き残っている忍者風の男たちがいた。そいつらは満身創痍の体でなぜか息を荒い。どうやら、先ほどまで戦闘をしていたみたいだが、逃げ切ったということか。それとも相手を屠ったということか。両選択肢が存在するが、そのどちらも俺には関係のない話だ。

 一応、どけと言ってみる。しかし、案の定男たちは体を動かさない。仕方ないので、早めに片付けようと思って未だに不安定な体から魔力を開放しようとすると、


「いいよ。響木は最後まで力を温存しておいて」


 そう言って、稲美が一歩前に出た。


「でも、いいのかよ。許可もなく力を解放すると義父さんに怒られるんじゃないのか?」

「私はもう、響木の結社の一員だよ? 力の使い方くらい自分で決めるよ」

「知らないぞ? 義父さんは怒るとグチグチうるさいからな?」

「親も親なら子も子だよ。それに、家を更地にされて少しだけ腹が立ってるの。もちろん、この人たちが更地にしたわけじゃないけど、響木を痛めつけるのは無理そうだし、そもそもしたくないから、代わりに盛大な八つ当たりをしたい気分なんだよね」


 よし決めた。今度から稲美を怒らせないようにしよう。昔から怒ると怖いことは知っていたけど、流石にここまで怒らせたのは初めてだ。初めて稲美のオデコにくっきりと青筋が立っているのを見たよ。

 稲美はもう一歩足を進めると、忍者風の男たちに向かって言う。


「一応、聞いておくよ? 退く気はサラサラないんだよね?」

「くっ……やれ!!」


 短気は損気。忍者たちは、自ら命を捨てた。

 一斉に襲いかかる忍者たち。だが、それよりも早く、稲美の能力が発動した。


「こ、これは!?」

迷宮創造の星罪(ラビュリントス・アステリオス)。もう、あなたたちは逃げられない」


 決まった。既に、忍者たちは詰んでいる。稲美の能力が発動した瞬間、忍者たちの敗北は決定事項になった。だが、まだその事に気がつかない忍者たちはそれでも尚、攻めてくる。

 稲美が冷たい視線を向けると、少しだけビクついた忍者たち。いったいこの後どうなるのか、それを考えてしまった。そのせいで死ぬとも知らずに。


「おいで、ミノタウロス」


 瞬間、目の前にいた数十人の忍者の内、複数人の胴体が宙を舞った。それを行ったのは上半身は牛、下半身は人間の異形の生き物。名を神話に連ねる者『星罪人ミノタウロス』。その剛力は俺の万物破壊の鬼熊(カタストロフィ・アルクーザ)を優に超え、手にしている斧で全てを両断する。

 忍者たちは、ミノタウロスのその斧に両断されたのだ。


「な、なんだコイツは!!」

「や、やめっ――――」

「ぎゃぁぁぁぁああああ!!!!」


 絶叫と悲痛の叫び、諦めの言葉が次々と湧き上がる。その断末魔を聞きながら、稲美は死んでいく忍者たちを静かに見つめていた。

 十秒。たったそれだけの時間で、忍者たちは壊滅状態。生き残った忍者たちも戦意を持っているのは数えられるほど。戦意ある忍者たちは、先程よりも息を荒げて問いただす。


「蛇使いといい、お前らといい。今日は何なんだ!! なぜ、超危険指定レベルのやつらばかりがやって来る!!」

「蛇使い? ああ。影丸が来たのか。災難だったな。あいつは怒ると怖いぞ?」


 俺は平然とそう告げた。どうやら、俺らよりもいち早く来ていたのは影丸だったらしい。一度だけ戦ったことがあるが、俺も勝つために何度死んだことか。まあ、あいつも悪気があったわけではなく、蒼穹の魔女が俺を手に入れようとしたことで起こったことだが今ではいい思い出だ。

 と、そんな思い出に浸っている時間はない。早急に相手を突破せねばならない。そのことを稲美も理解していたので早々にミノタウロスを暴れさせる。

 ブンブンと凶悪な斧を振り回して、残りの忍者たちを蹴散らしていく。それでも必死に抗っている忍者もいるが、殺されるのは時間の問題だろう。

 しかし、忍者たちもバカじゃない。ミノタウロスと戦っても勝てるはずがない。ゆえに、召喚者である稲美を打ちに来た。もちろん、稲美もそんな忍者に殺されるほど阿呆ではない。にしてもだ。流石に、忍者といえど俺の幼馴染に、家族に手を出させるはずもない。

 すぐに稲美の前に立ちふさがって、俺は向かってくる忍者を呆然と見つめていた。


「そこをどけ!!」

「黙れ」


 一言、そう言うと男は怖気付いたようにその場に止まる。きっと、男の目には俺が異形に見えているだろう。当然だ。ただでさえ扱ったことのない体に流れる魔力を全開に引き出して、命令口調で放っているのだから。

 魔力は、その人の感情によって姿を変える。昔は眠っている魔女の魔力を借りていたため物静かな比較的扱いやすい魔力だった。それに加えて魔術印から直接魔力を眷属に食わせていたため体に流れていないのでかき集めるという意思も必要なかった。だから、こう言った自分の中を流れる魔力を扱うのはとても難しい。


「あ、ありえない……ぞ。なんだ、その魔力量は!!」

「なるほど、命令といっても一瞬だけの効果か。まあ、試すにはちょうどいい人材だったよ。じゃあな、おっさん」


 俺は立ち向かってきたおっさんに別れの挨拶をする。忘れているようだが、おっさんが戦っていたのは稲美の眷属、ミノタウロスだ。そして、ミノタウロスをどうにかするためにこちらに来ていたのに足を一瞬とは言え止めたのは命取りだ。なぜなら、巨躯な体をしているミノタウロスだが、その速さは光速。迷宮に迷い込んできた人間を逃がさないために、または素早く殺すために、ミノタウロスは素早さと強力な力を持ち合わせているのだ。

 素っ頓狂な声を上げているおっさんの後ろには巨大な斧を振り上げているミノタウロス。おっさんが気が付く間もなく、ミノタウロスの斧によって縦に両断された。

 その際におっさんの血が俺の服に付いたらしく、禍々しく赤いシミが出来上がる。稲美は俺に駆け寄ってくると、


「大丈夫? 今、キレイにするね」


 そう言って、魔術で俺の服についたシミを消し去っていく。まるで、服についたゴミを取るというような感覚だが、稲美にとってはそういう考えなのだ。俺に攻撃をしてきた。それは、稲美にとっては冒涜的行為。稲美は、なぜか俺にご執心だ。俺を傷つけようとする奴はゴミ以下で、死んでも仕方ないという考えだ。世間ではそういうのをヤンデレみたいに言うそうだが、稲美はそれを超えている。私だけを見て、ではなく、私の男に触れないで、という考えなのだ。


「お、思い出した……あの女、どこかで見たことがあると思ったら、SSS級レートの教戒破りの復讐者(クラディウス・アヴェンジャー)だ!!」


 とうとう、稲美の通り名を割り当てたられた。だからといって戦況がどうなるかと言われれば変わらないが、稲美はその名前が特に好きではなかった。大人に勝手に付けられた名前より、稲美という義父さんが付けてくれた名前の方が気に入っているからだ。

 世界に五人しかいないSSS級レート第五位、教戒破りの復讐者(クラディウス・アヴェンジャー)の笛吹稲美。それが稲美の本当の姿である。

 稲美の本質は地殻変動。主に地形変化が能力である。忍者たちを閉じ込めたように、地形を変化させて迷宮を作り上げる。その中には己の眷属であるミノタウロスが周回し、ミノタウロスに見つかった敵は生きて帰ることはできない。倒す方法は稲美の無力化のみ。ただし、稲美自身が強いため利口な考えではない。ゆえに、稲美を倒せる者はSSS級レートを除けば皆無。一度でも迷宮に捕まれば、稲美の餌になる他ないのだ。

 稲美は俺から離れると、右手を上げた。


「その名前を口にしたな? 私、その名前って嫌いなんだよね」


 怒っている。最初とは違う意味で、稲美が激怒している。

 ゴクリと、俺は生唾を飲んだ。ここまで怒った姿を見るのは初めてだし、何より、俺を傷つけようとして、尚且つ通り名を言われた稲美の怒りがここまで膨れ上がるのかという驚きも存在した。稲美の周りにはオレンジに輝く魔力が巻き付いている。それは炎のようにまとわりつき、稲美の怒りを忠実に再現している。

 俺はゆっくりと後ろに下がって被害を弱めようとするが、


「消えろ。私の視界から、塵も残さずに消え去れ」


 ただ、そんな言葉を口にしただけだ。それなのに、忍者の一人が稲美の魔力飲まれて細胞レベルで爆発した。本当に塵も残さずに死滅したのだ。

 まるで風船が割れるように消え去った仲間を見て、絶望状態の精神はとうとう異常を来たし、忍者たちは漠然とその場に座り込んだ。現実逃避を始めたのだ。

 そんな忍者たちに襲いかかるのは稲美の燃え盛るような魔力。触れるだけでキレイに消えていく忍者たち。無残に殺される状態が地獄絵図ならば、ここは違う意味での天国なのかもしれない。魔力に触れた者は最初からいなかったかのように消えていくのだから、恐怖を感じざるを得ないだろう。

 ものの数分ですべての忍者がいなくなり、それを見た稲美は笑顔で俺の方へ向いて、


「さ、早く颯希ちゃんを助けに行こ?」


 と、元気よく言うのだった。

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